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サイコヘイトの能力者  作者:
序章
9/42

第8話 「雨音の使者」

滝のような雨の音で目を覚ました。

横になったまま背中を振り返ると、いつも一緒に寝てるルツの姿がない。

上半身を起こし、周りを見回すと鉛色の空を写し出す窓の前で窓の向こうの雨音を眺めながらルツは立っている。



「今日は…走れないね…」



振り返ってそう言うルツの顔は少し残念そうだ。

イヴがルツの家に住み始めて1年ほど経つ。

この1年間もイヴはほぼ毎日体力付けに走っているが、ルツもそれに付いて毎日一緒に走っている。



「うん、そうだね。寝よ」



イヴは体をバタリと倒し、布団を被った。



「え!!?ちょっと!!?」



再び体を倒したイヴを見て、ルツは横になったイヴの横に駆け寄り、イヴの横に座った。



「どしたよ?」


「イヴ…その…今日が何の日だか…覚えてる?」



ルツは前髪に付けてある青い花の形のヘアピンに手をあてると、顔を赤くして両手の指を絡ませながらイヴの方をチラリチラリと見ている。

腕を組んで明後日の方向を眺め、イヴはうーんと首をかしげた。



「わかんない。なんの日だっけ?」


「ううん…何でもない」



残念そうな表情を無理やり笑顔で隠し、ルツは立ち上がるとイヴに笑みを見せて部屋から出ていった。

ルツが部屋から出るのを見届けると、イヴは体を伸ばして大きな欠伸をした。



「覚えてるよ…今日、誕生日でしょ」



再び布団の中に潜り込み、目を閉じて二度寝態勢に入った。



「イヴ、ちょっと話があるんだが。」



部屋の扉が開き、ルツの父親がイヴに声をかけた。



「んぁ…お父さん…もう寝るんだからぁ」


「まぁそう言うな。それに料理係が二度寝したら一体誰が朝食を作るんだ?」


「んあぁ、むふふ…そんなにイヴの料理が食べたいんだ?」



ニヤニヤしながらゆらゆらと立ち上がったイヴはおぼつかない足取りでフラフラしながら扉に向かって歩いた。







イヴがルツの家に住み始めて1年ほど経つ。

この1年間、イヴは農作業を手伝ったり、あらゆる家事をこなしたり、年下ながらルツに勉強を教えたりと家庭内に貢献している。

特にイヴの作る料理は家庭内での評判がいい。

なんせ、イヴの最も得意とするものは家事で、その中でも特に料理の腕は凄まじい。

生活が厳しい中での安い食材で光熱費を気にしながらでも高級レストラン顔負けの料理を作り出す。流石にレストランほどおしゃれではないが、味は確かだ。


今もイヴは昼食を作るために台所で腕を動かしている。

朝は寝起きで少しウトウトしていて、塩と砂糖を間違えてしまった。それでもなんとか工夫して一応美味しく仕上がったのだが。

そんなこともあり、今回は気を引き締めて間違えないよう張り切っている。


そんな折、家の外の激しい雨音に混じり、誰かの足音がイヴの耳に入ってきた。



「誰か来た」


「え?」



リビングの床にしゃがみこんで参考書を右手に持ってはいるものの、まったくそれに目を向けていないルツはイヴの言葉を聞き、静かに耳を澄ましてみた。



「だめ、雨の音しか聞こえない」



首を横に降ったルツは参考書を床に起いて立ちあがり、イヴのもとへ駆け寄った。



「ねぇ、今日のお昼は?」


「キャラメル飯」



その時、雨音に混じって玄関からコンコンとノックする音が聞こえた。



「ほら、誰か来た」


「ほんとだ。イヴすごいね」


「この家インターホンないの?」


「ない」



イヴとルツが話していると、椅子に腰掛けていたルツの父親が立ちあがり、何も言わずに玄関の方に向かった。



「今まで誰も来たことなかったのに。誰だろ」


「ルツが僕の寝込みを襲うから通報しちゃった」


「っっ!!?」



そんな会話が雨音に混じって聞こえてくる玄関の扉の前でルツの父親は玄関の扉に手を掛けた。

妙な胸騒ぎがするような気もしたが、構わずに扉を開けると、そこには黒いレインコートのフードを被った17歳くらいの男が自分を見上げている。



「貴方が、ボアズさんですね。」



男は無機質な声でそう言うと、ボアズの返答を待たずに更に言葉を続けた。



「私はスキアドラム・レイダ。バベル・イエフ王の使いで参りました。エデン・イヴを渡して下さい。」


「エデン…イヴだと?」



バベル王が前王家の子を、しかも隠されていた長男を探している理由なんてだいたい想像がつく。

ここでイヴをこの男に渡せば確実に前王家の子として殺される。



「エデン・イヴ?そんな子は知らないな」



ボアズのその言葉を聞いてレイダはハァとため息をついて頭を押さえた。



「なんで子供だとわかったんですか?」


「っ!!」



痛い所をつかれて思わず息が漏れた。

レイダはフードを外し、突き刺すような視線でボアズを睨んだ。



「調べはついてます。それに、エデン・イヴを匿った奴は殺せと命が下ってます。ですが、今ここでエデン・イヴを差し出すならお咎めは無しです。」


「だから、知らないと言ってるだろ」


「直接差し出すのが嫌ならそこを退いてもらうだけでも構いません。それすら嫌なら今この場で殺します。」


「何度も言うが、私は知らない」



言い訳も思いつかないのでただただ否定することしかできない。

レイダはまたハァとため息をつくと、感情のこもってない眼差しでボアズを見上げた。



「いい加減にしてください。こっちもあまり人は殺したくないんですが。」


「………」


「あと144秒待つので、それまでにエデ━━━」


「イヴは私の息子だ!!息子を売り渡す親がどこにいる!!?」



雨音に勝るボアズの言葉を聞き、レイダは一瞬フフっと笑った。



「そっか…エデン・イヴ…実の父親の思いも知らずに別の父親にくら替えしたか…でも、それでよかったのかもな…」



しかし、笑ったすぐ後に今までの中で特に重いため息をついたと思えば、レイダは少し後ろに下がると、ボアズにひざまづき頭を下げた。



「ボアズさん、貴方には感謝します。短い間とはいえ、エデン・イヴを育てて頂き。しかし私にも使命があります。どうか安らかに。」



レイダのあまりの態度の豹変ぶりにボアズは困惑した。



「君はいっ━━━」



ひざまづくレイダに歩み寄ろうとした瞬間、ボアズは左胸と口から大量に吐血し、地面に倒れこみ、動かなくなった。


ボアズが倒れた音を聞き、レイダは下げている頭を上げ、両目から滴る血の涙を腕で拭いた。

立ちあがり、倒れているボアズの死体を避け、家の中に土足で侵入した。

玄関から奥へ伸びる廊下を歩き、奥のリビングに入った。

キャラメルの香ばしい匂いがする。どうやらさっきまで料理をしていたみたいだ。

リビングに人はいないし、家の中に生き物の気配はあるものの人の気配はない。



「もう逃げたか…」



足元を見ると、自分が歩いてきた跡が濡れている。

他人の家を土足で上りこんだことに少し申し訳なさを感じた。

レイダは再びレインコートのフードを被ると、台所の裏口から轟音の雨音の響く雨の中に飛び出して行った。

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