第40話「隠匿者」
世の中には能力者と呼ばれる存在がいる。私もその一人。
それが普通だった。
私は人じゃない化物で、人は化物を忌み嫌う。
父は優しかった。化物に服を与え、食事を与え、寝床を与えた。
古い服だけど、それでいい。冷たい食事だけど、それでもいい。汚い寝床だけど、それでいい…
それでいい。
いいんだ。
いいはずなんだ。
私は化物だから。私の居場所は、この家だけ。私の理解者は、父だけ。
何でもした。父が私を求めるなら。痛いことも、苦しいことも。
ある日見つけた。私と同じ、化物の男の子。
そして気付いた。本当の理解者は彼だ。
父は私を、捌け口としてしか使っていない。
知らなければよかった。
苦痛になった。父と接することが。父に求められることが。
また見つけた。私と同じ女の子。もう一人の理解者。
見つける程に、苦しくなる。
いつものように、父は私を殴った。何度も。
いつものように、起きて私は包丁を手に取り、洗面台へ向かった。
鏡に映る私は酷く醜い。顔や身体に青い痣がくっきり浮かんでいる。これを消さないと。
包丁を両手で垂直に持ち、左目に突き刺す。これで再生と同時に痣も消える。
しかし痣どころか、刺した傷の再生すらしない。
そのままリビングまで戻った。父は私から包丁を奪い、私の右腕に突き立てた。
もう無理だ。
右腕に刺さった包丁を抜いて、父親の胸に突き刺した。
ルツは淡々と語るエレンの手を握りしめながら額を重ね合わせている。
エレンの話が終わるとその体勢のまま耳元で呟く。
「ごめん、気付いてあげられなくて」
エレンは特に何か反応するわけでもなく、目だけをこちらに向けている。
しばらくそんな状態が続いた後、エレンは口を開く。
「悪くないよね」
「え?」
「私、悪くないよね」
その言葉の反応に困っていると、エレンはルツを押し退けて立ち上がった。
「私は悪くないよ!! ずっと辛かったのに、誰も助けてくれないし、誰も気付いてくれない!! だから自分の手で終わらせた。それだけなのに。なのに私が悪いみたいに言って、私を捕まえようとするの。だからそいつらも殺しちゃった。だから私は悪くないよね」
「…」
エレンの言うそいつらとは、そこに転がっている警官の死体のことだろうか。
そうこうしてると、今度はエレンは能力で生み出したであろう白い柱状の物体を手にしている。
「私は悪くない。全部、父親のせいなんだ。全部私のお腹の中にいる父親の子供のせいだ。こんな子供、いらない。私の―――」
「待って―――」
自らの腹を突刺そうとするエレンを止めた。エレンはそれを振払おうとするが、ルツは微動だにせず、手を放そうとはしない。
「今そんなことしたら、エレンだって死んじゃうよ。妊娠中には再生能力が働かないし、妊娠中に負った傷は二度と再生しない」
「は…じゃこの目もずっと見えないまま?父親は私から全部奪っていくんだ?」
エレンはその刃物を地面に突き刺して再び地面に座り込む。ルツは少し周囲を見回してから腰の高さをエレンに合わせる。
「さっき言ってたことだけど、エレンは悪いよ。人を殺すのはとっても悪いことだから」
ルツのその発言に対して、エレンは黙ったままで耳を傾けるのみ。ルツは続ける。
「でもエレンの気持ちはわかるよ。ずっと辛かったのに、誰にも言えなくて、誰にも気付いてもらえなくて、辛かったよね。本当は出頭するべきだけど、死にに行くようなもんだよね。友達にそんなことは言えない」
ルツはエレンの手を取って共に立ち上がった。
ルツは家に帰るとまず風呂場に向かった。エレンは何も言わないまま引っ張られている。
風呂の電気は着いていて、開けるとセヴァがシャワーを浴びていたが、そんなことはお構い無しにセヴァを追い出し、エレンの服を脱がせる。
「身体洗うの?やめとけやめとけ」
セヴァは傷だらけで血だらけのエレンに一切疑問を抱いてる様子もなく、淡々とそう告げる。
「今は血が固まって止まってるけど、お湯で血行が良くなればまた出血するかもよ」
「ならどうすれば?」
「さぁ? 私は医者じゃないからわかんないよ。とりあえず水で軽く流すとか?」
ルツは言われた通りに水でエレンの体を洗った。
所々赤色が残っているが、傷口以外の大体の血は洗い落ちた。
エレンに自分の服を着せて風呂場から出ると、部屋ではセヴァが割と本格的な医療道具を床の上に敷いた青いシートの上に広げていた。
「患者をここに」
セヴァはそう言いながら自分の座る目の前の床を叩いている。このとき初めてエレンがルツに手を引かれることなく自ら歩いて、セヴァの目の前の床に座った。
「本当は病院に行くのが一番なんだけどねー」
そうぼやきながらセヴァはエレンの傷口の処理を開始した。
セヴァの集中を乱さないため、また処理自体を見たくないのでルツは部屋を出て、自分の部屋のベッドの上に座った。
無計画にエレンを連れてきたものの、この先の計画は何も思いつかない。
このままでは自分も罪に問われることになる。今ならまだ間に合うが。
そんな邪念を振り払い必死に考える。
「お待たせー」
そんな声と共に部屋の扉が開いた。何時間ほど考えていたが、何も思いつかない。
部屋に入ってきたセヴァとエレン。エレンの目と腕の傷は生々しく縫合されていて、金色に染めていた髪の色を落としてその銀色の髪が姿を見せている。
「それで、いったいこの子をどうするのかしら」
セヴァの表情は真面目なように見えて、どことなく楽しんでいるようにも感じ、少し苛立ちを覚えた。
「その前にセヴァ、この状況の説明は求めないの?」
「まぁ昨日のエレンちゃんの感じと今の状況からして何となくの経緯は察してるよ。聞いてもいいけどあんまり話したくないでしょ?」
「セヴァはエスパーか何かですか」
「エスパー博士だよー」
セヴァが本当に状況を理解しているのかはわからないが、今は頼れそうな人間がこれしかいないのだから仕方ない。
「それで、エレンちゃんはどうしたいのかな?」
「別に…なんかもう、めんどくさい…」
「そう」
セヴァはその反応を聞くと、携帯を取り出して何処かに連絡しようとしているようだ。指の動きを見てみると、それは999、警察に電話しようとしている。
「ちょっと!?」
「だってどうでもいいって言うから。望まれてもないのに犯罪の片棒担ぐなんて嫌よ」
「だったら私が望む。誰が何と思おうとエレンを助ける。だから協力しろ」
「無計画でそれが言えるなら大したものだけど?」
「計画ならある」
「どんな?」
「それはもう、えと、国外逃亡よ。パスポートの偽造とかできる?」
「はっ、アホか」
するとセヴァは立ち上がってルツに目で合図を送ると部屋から出ていく。ルツもすぐに立ち上がって、エレンを置いて部屋から出る。
ルツの部屋から最も離れたリビングの端の方でセヴァは立っていて、ルツが近づくと腕を組んで壁にもたれる。
「パスポートの偽造はできなくもないけど、そんなこと普通の人ならまずできない。それでエレンがこっちに疑いの目を持ったらどうする?」
「そうなっても、普通は私達が宇宙人なんて発想には至らない」
「私達が怪しい人間だと疑われたらその時点でアウトだよ。そうなれば、せっかく助けたエレンちゃんは口封じ。たかが出会って数週間の友達のために、何年も一緒だった家族のハルにも危険が及ぶよ」
「…何年前にも殺人者を匿った。今更一人も二人も変わらないよ。いいからとっとと黙って私の友達を助けろ」
その言葉を聞いてセヴァはルツに近付き、通り過ぎさまに頭を軽く叩いて、一言言い放ってから部屋を後にした。
「パスポート作ってきまーすぅ」




