第38話「自己解釈」
まずいことになった。
レーヌとかいう変態ストーカー能力者。変体だけど能力の質は異常。任務の支障になりかねない。
それも問題だが、目先の問題としてはエレンだ。エリに電話で呼ばれ、急いで戻ってみると、エレンの家のまわりに警察が集まっている。
「えぇっと、これは…?」
物陰からその様子を見ていると、後ろにいるエリに気付く。
「えっと、エリ? どういう状況?エレンはどこ?」
「お前こそどういう状況だ?服破れて血まみれだぞ?」
「いや、これは大丈夫だから。それよりこの状況は?」
「いや、それが。まあ、見た通りなんだが」
エリは頭を押さえながら話しだした。
「お前が誰かを追って出て行った後、誰か訪ねて来たんだ。多分エレンの親父の知合いか何かだ。見つかったらまずいと思って、俺とエレンは窓から外に逃げた。でもその後エレンもどっか行っちまって…」
「…そうなの。まずいね…」
「あぁ。ところでお前が追った人間はどうだった?」
「あれは…やばい人だったけど、ルツのお父さんを殺した犯人ではなさそう」
ルツは服を軽く叩くと、再び物陰からエレンの家の方を覗きこむ。
エレンの家にはエレンの血液が残っている。今の英国で血液から能力者と判定できるかはわからないが、もしかしたら血液からエレンが能力者だと割れる可能性がある。
もし割れれば…
「…だめだ」
昔の記憶がよみがえる。ハルと出会う前の学校での記憶。能力者というだけで…
いや今はそんなこと考えてる場合じゃない。エレンと、エレンの父親を殺した犯人を見つけださないと。でも手掛かりが無さすぎる。
「とりあえず、私は一旦家に帰るね。服も着替えないといけないし。エリはどうする?」
「俺は…エレンを探す。正直言うと、あいつの言ってることも何か引っ掛かる。だから早く見つけて、もう一度話を聞く」
「エリもそう思った? 私もすぐにエレンを探すから。気を付けてね」
「わかってるよ」
人間とはいかに愚かで成長しない動物なのか、ハルはこのとき改めて思い知った。
それは夜明けの少し前、まだ布団の中で眠っているときだ。
「ハル…ねぇ…起きて…」
身体を揺さぶられて目を覚ます。
まだ眠い。あと2時間は寝ないと多分今日1日活動できない。
目を覚ましたものの、身体を起こすことなく再び目を閉じた。
しかしすぐに違和感に気付く。ふとももの辺りから生暖かい、湿った感触がする。そしてすぐに飛び起きた。
ハルが飛び起きた布団には、千夏が顔を伏せて座っている。
「ハル…漏れた…」
「は…? え?」
この肥満児はいったい何を言っているんだ。もう14歳だろ?
でも黄色く湿った布団と千夏の寝巻を見るに間違いなさそうだ。ついでにハルの寝巻も少し湿ってる。
「ごめん…」
「はぁ…ホント千夏は…とりあえず、シャワー浴びて着替えてよ。僕の服貸すから」
「…! うん…!!」
千夏は嬉しそうに立ち上がると、小走りで風呂場に向かって行った。
服を貸すと言ってから急に嬉しそうになった気がする。
「わざとじゃないよね?」
「…違う…!!」
小声で呟いたつもりが風呂場から返事が帰ってきた。
耳の良い奴だ。それより布団を処理しないと。
まったく、なんでこんな幼児の世話みたいなことを。千夏に身体を切り刻まれて、家に連れ帰ったあの日からもう一ヶ月ほど経つけど、あれからずっと家に住み着かれて一応迷惑している。タダ飯を食いまくるし、飲料は溢すし、布団に潜り込んでくるし。挙げ句の果てにおねしょするし。
でも、会話も意思表示すらできなかった頃と比べれば良くなった方だ。あの日以来、言葉の受け答えも、必要最低限の意思表示もできるようになった。何を考えてるのかよく分からないのは相変わらずだけど。
「あ、こんな朝早くに電話ぁ?」
ハルは自分のスマホの着信音に気付いた。枕元に置いてあるそれを取って画面を確認する。
「ルツから? えっと、今午前5時だから、向こうは午後8時くらいかな。こっちの時間も考えて欲しいよ」
ハルはそんな文句を垂れながらも着信に応答する。
「どうもぉ。ハルだけど? こっちの時間も考えてほしいもんだよぉ」
「ごめん、でも、相談があって…」
ルツは妙に深刻そうだ。初めて会ったときと同じくらい。
「僕に相談? 何? 聞いたげる」
「友達のお父さんが殺されたの」
「ふーん。それで、犯人の目星はついてるんでしょ?」
「え…うん、よくわかったね」
「そりゃ優秀なルツのことだからぁ。それで相談ってのは、その犯人に制裁を加えるべきか迷ってるんでしょ?」
「いや、違うけど」
「え?」
ハルは舌を噛んだように急に黙りこんだ。
「ちょっと、ハル? どうしたの?」
「……」
ハルはずっと黙ったままだ。予測が外れたのが恥ずかしかったようだ。
「ハル…?」
「……」
「あの、聞いてる?」
「…盗聴されてる」
「え?」
ハルはそう言って大きなため息をつく。
「気にしないで。でも、僕と通話するときは常に盗聴されてるって思っててねぇ」
「いや、気にするよ。いったい誰に?」
「んー、大したことない人だから。そんで?相談の内容は?」
「……」
ルツは何か口に出すのを惜しんでいるようだ。少し考えてから話を続ける。
「ハル、昔言ったよね? 弱い立場にあるから弱くあろうとする。そうやって自分を卑下する能力者がいるから、能力者差別が進んだって」
「ほえ?」
「私もそうだと思う。でも結局、私は弱い人間だから、流れに流されて、迎合してしまう」
「…そうだね。確かにルツは弱くて、最終的には流される。そういう人間だよ」
「うん、わかってる。だから━━━」
「でも僕は知ってる。例え流されても、ルツは最後まで流れに逆らおうとしてた。足掻いていた。ルツの乗り越えた流れは意外と多いよ。少なくとも、それで僕の流れは変わったからね」
すると電話の向こうのルツからフフッと笑い声が聞こえた。そしてそのまま無言で通話は切られた。
通話の切れたスマホをポケットに入れ後ろを向く。
「盗聴は良くないよ千夏」
「…」
後ろで千夏はタオル1枚だけ身体に巻いて立っている。
千夏の能力は音を発する音源力と、感覚を強化する感覚化。それも、能力の質はけっこう高い。音を発する分聞き取るのにも長け、更に聴覚も強化できるから電話の盗み聞きなんてわけない。
千夏はまばたきもせずじっとハルの方を見ながら口を開く。
「女の人…誰…?」
「別に。ただの知合い」
「本当…?」
「…本当だよ」
千夏はまだ不満げな表情を浮かべているが、諦めてタンスの方に向かい服をまさぐりはじめる。千夏が取り出した青いジャージを見たハルは、頭を押さえてため息を漏らす。
「なんでわざわざそれ選ぶの…?」
「ん…?」
千夏はハルの言葉を気にせずにそのジャージに着替える。
そのジャージの肩にある縫い目を見たハルは、少し笑みを浮かべた。
「布団の処理、手伝ってね?」




