第36話「覗き眼」
「つまり、夜な夜な目が覚めたら突然、知らない男にナイフで襲われた。そして父親も殺されていた。更に言うと、その時の傷は半日以上経った今でも再生しない。エレン、そういうこと?」
「え、うん…」
血に染まった部屋の真ん中で、ルツとエリはエレンに聞いている。
エレンが学校に来ないから様子を見に来たらまさかこんなことになっているとは。
「と、とりあえず警察に━━━」
「ダメ!!」
エリが警察に連絡しようとするとエレンが急に叫びだした。
「何で?」
「け、警察に捜査なんてされたら私が能力者だってバレる。そうなったら能力者の私が犯人だって決めつけられるかも。最悪、死刑だって…」
「え、そんなこと…」
そんなことないとはエリも言い切れない。
この国では死刑制度を廃止していると聞いたが。
「なんにせよ、犯人を捜さないと。何か手懸りがあるかもだし、家の中を調べてみよう」
「え、ルツ、ちょっと待っ……」
「エレン? どうしたの?」
「え、いや、何でもない…」
エレンは何か少し焦ったような様子を見せた。突然のことで混乱してるのはわかるが、それでも何か違和感を感じる。
「ルツ、これ」
「何、エリ?どうしたの?」
違う部屋からエリの声が聞こえたので、ルツはエレンを残したまま声の方へ向かう。
エリは洗面所にいた。相変わらず洗面所もゴミやものが散乱していて汚いが、それ以上に目に入るものがある。
「うわ、ここも…?」
洗面所の流しや床には、エレンのいたリビングと同じく多量の血痕がある。
「これはエレンのか? 寝てる時に襲われたんなら違うか。なら、犯人の?」
「それよりエリ、能力で犯人探ったりできないの?」
「いや、犯人の残り香は無い。半日も経てば残り香も無くなるが、こうもきれいさっぱり無いってのはおかしいな」
「…そうなの? あ、ちょっとここで待ってて」
ルツはエリをおいて洗面所から出ると、エレンのいるリビングに戻る。
エレンは相変わらず床に座ってソファにもたれている。そんなエレンに歩み寄ると、耳元で小さな声で話す。
「エレン、能力者は傷を再生できるって知ってるよね?でも再生できてない。多分、エレンは妊娠してる」
「…え?」
「心当たりはある?」
「……ない」
エレンがばっさりと言い切るものだから逆に違和感を感じる。
「…ないってことはないんじゃ」
「ないものはないの!!」
今まで怯えてたエレンの様子が一変して叫んだ。よくわからないが、これ以上踏み込まない方がよさそう━━━
「誰だ!!?」
今度はルツが急に叫ぶと立ち上り、背後の窓を開けるとそのまま外へ飛び出した。
二階の窓から背後の建物との間に降りた。
エレンと話してるとき、背後の窓から人の気配のようなものがした。案の定、辺りを見回すと走って逃げる男の背中が見えた。
「あっ、待て!!」
ルツはすぐさま男を追いかける。
しかしいくら走れど追い付けない。能力者の脚力を持ってしても。真っ先に考え付く可能性は1つ。
「この人、能力者?」
気付くと更に人気の無い廃墟まで追いかけていた。日も沈みかけて辺りは暗闇に包まれかけている。見失った。
「…くっ、どこだ!!? 出てこい!!」
そう叫ぶと数秒の沈黙の後、背後から物音がした。振り向くと、男はそこに立っている。
「誰だ。エレンのお父さんを殺した犯人か?」
「はは、俺がか? お前がそう思うなら、そうなのかもな」
男はフードを被っていて顔はよく見えないが、その不適な笑みだけは見える。
「はぐらかさないで。犯人なの?違うの?」
「はっ、そんなことよりお嬢ちゃん、今更になって気付くなんて間抜けだねぇ。ずっと見てたのに」
「…なに?私達がエレンの家に入ったときから見てたの?」
すると男は唐突にフードを脱ぎ素顔を見せた。
鋭い紅い目つきと額の傷、伸びきった無精ひげ、青色の長い後髪と前髪を後頭部の一点でまとめて結んでいる。
そして男はニヤリと嗤う。
「お前が引っ越してからずっとずっと、見守ってたんだぜぇ!!?」




