第27話 「赤公」
外もすっかり暗くなって、街灯の灯りに照らされながら家路につく。
家路と言ってもすぐ近くだ。1分くらいでつく。
さっき街灯という言葉が出たが、実際には街灯があるのかないのかよくわからないくらいの暗さだ。人気もない。
その誰もいない寒い道を歩いていると気付いた、道の先に誰か立ってる。
黒っぽいフードを被って、顔は見えないがかなり怪しい。隠すように背中に回す左手に何を持っているのか考えるよりも、とっとと通りすぎた方が早い。
できるだけ近付かないように道の端に寄って早足で通り過ぎようとすると、多分その人物の声であろうか、中年男性のような太い声がハルの足を止める。
「この辺りに、アヅチ・ハルと言う者が住んでいるらしいが、知らないかね?」
そりゃ当然、全く知らないであろう人間から自分の名前が出てくれば反応せざるをえない。
ただ、ハルが足を止めた理由はそれだけではない。この男の喋った言葉、言語が母星ブイヴァルの言語だったこと。
「安土春は僕ですが?」
ハルは問いかけに対して日本語で答えた。答えないで無視するという選択肢もないことはなかったが、こんな星のこんな国にまで来て日本語を知らないわけがない。見ず知らずの人にいきなり意味不明な言語で話しかけるわけがない。つまりこいつは自分がアヅチ・ハルであることを知りながらわざとこのようなことをして様子を見ている。逃げるだけ無駄だ。
こいつが何者なのか目的は何なのかはわからない、こちらも相手から情報を聞き出す必要があるので逃げるわけにはいかない。
そもそも、星を渡る技術なんてレイダ達しか持ってないはずなのになんだってこんな……
「そうかい?おっかしいなぁ、アヅチ・ハルは男だって聞いていたんだが?」
そういえば、レイダが前に言っていたことがある。レイダの古郷の星ファータは秘密裏に、あらゆる生命星に調査班を派遣しているという噂があって、ファータ滅亡後、それぞれの班は帰る星を無くし、それぞれの派遣先に技術を売って食いしのいでる可能性もある。実際、レイダ達も似たようなものだ。
つまり、他の国が技術を手にし、星を渡って妨害工作をしてきたっておかしくない。
もしこの男がそうだとしたらやることは1つ、できるだけ情報を引き出した後に始末する。
そんなことを頭では考えていたのだが、次のある言葉でハルは思考停止して真っ先に男の喉元に食らいつく。
「本名は、エデン・イヴって言うんだってな」
男は音もなく地面に倒れこみ、その上でハルはくりぬいた眼球を噛み潰し、左脇腹に刺さったナイフを躊躇なく抜く。
男は悶える様子もなく地面に倒れたままでいる。
どういうことだ。エデン・イヴの存在を知ってる者、ましてやそれが男だと知ってる者なんてお父様とお母様、レイダとセヴァ、ルツとお父さんしかいないはずだ。
ハルは倒れた男の胸ぐらをつかんみ、さっき抜いたナイフを男の腹に突き刺しゆっくりと肉を引き裂きながら男に問う。
「あなたは何者?目的は?なんでそのことを知ってる?」
男は答えない。それどころか、腹を引き裂かれながらも抵抗し、ハルの腹を蹴飛ばして体勢を建て直す。
外れたフード。赤い髪と赤い無精髭、塞がった傷口と血の涙でも流れたかのような頬に再生した眼球。これらからわかるようにこの男は能力者だ。
もちろんハルには最初からわかっていた。わかった上で眼球くりぬいたり肉を引き裂いたりしてた。流石にこんな道の真ん中で普通の人間にそんなことしてたら大問題だ。
「どうせ、ガキだと思って油断してるんでしょ」
「いんや、お前さんがその辺のガキとは違うことはよくわかってるって。あの人が言ってたとおりなら」
「あの人?どの人?」
男の余裕な笑みから、答えが返ってこないのは明らか。
ハルはもう一度力ずくで聞き出すことにした。今度は本気で。
「おじさん、今度は本気でいいかな?」
ハルが右手を広げると、台風の前兆のように風が吹き荒れる。
さっきまで余裕ぶってた男の顔も少し余裕がなさそうだ。それを誤魔化すように男の口が動く。
「お前さんの情報は調べてる。風の能力者、あと能力視。本名はエデン・イヴ。エデン王家の長男として生まれたが、能力者であるためそれを隠蔽された。王家の襲撃の際は、バベルの人間をけっこう殺ったらしいな。その後、農家を営むボアズとかいう男の家に引き取られた。そんで…なんだっけ…? 今はスキアドラム・レイダの下で、国の裏仕事をする組織で働いてる」
「ふっ、よく調べてるね。ストーカーが増えるのはお断りだよ。それに、僕が知りたいのはそれをあなたに吹き込んだ……吹き込んだ…?」
ハルは振り上げた右手を降ろし、下唇に指を当てて考える。
よくよく考えれば、自分の情報ならともかく、レイダが自身の情報が流れるようなミスをするだろうか。
ハルが考えてる間、男は頭をかきながら爪先で地面をつっついてる。
「おーい、そろそろいいかい?」
男の声にハルが顔を上げ、口を開こうとしたとき、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ、ハルちゃんまだいたの?」
道の角から顔を出した真秋は小振りに手を振りながらハルの方に歩いてくる。
流石の真秋も外に出るときは服を着るようだ。
そうやって、ハルの気が一瞬男から逸れたときだ。突然の胸の圧迫感と腹部の痛み、出血。ハルの懐に入り込んでナイフを腹に刺しながら男は囁くやうにこう言う。
「だめじゃねぇか、気をそらしちゃぁ」
男は腹から左胸にかけて引摺りながらナイフを引き抜く。ハルは胸を押さえて膝から地面に座り込んだ。赤子がヨダレを垂らすように口から血を垂れ流しながらもハルは立ち上がろうとするがしばらくしないまま力尽きて地面に倒れた。
男はハルが倒れたのを見届けると、視線を棒立ちで硬直してる真秋に向ける。
「君は?アヅチ・ハルのお友達かな?」
「え…? え…?」
真秋はわけのわからないまま無意識に一歩ずつ後ずさる。視線はずっとハルの死体に向けられている。
すると男は、敵意はないとでも言うようにナイフを地面に置き、両手を上げてみせた。
「お嬢ちゃん、聞きたいことがあるんだが」
「…なに……え?これ……は…?」
しかし真秋に男の声は届いていないのか、ずっと口元で状況を飲み込もうとしている。
男はハルの死体をチラ見した。
両手を降ろし、一歩踏み出した瞬間だ。
「真秋!!逃げて!!」
その声と同時にハルは飛びかかって男を地面に伏させる。
ハルの声を聞いても真秋は後ずさるだけでその場から離れない。
ハルは小さく舌打ちするともう一度真秋に向かって叫ぶ。
「いいから早く!!逃げて!!」
ようやく真秋はハッとなって、背を向けて走り出した。
真秋の姿が見えなくなると、ハルは男の胸ぐらをつかんで頬を殴り付ける。
「エサウ!!」
男は殴られた頬を舐めると、胸ぐらを掴むハルの腕を掴んでゆっくりと立ち上がる。
「やっと俺の名前、わかったか」
口に溜まった血を吐き捨てたハルは睨みをきかせた眼差しを男の髭に突き刺す。
「とりあえず、僕の家に行きましょうか」




