第25話 「野良」
男子トイレで血に汚れた服を着替えたハルは休み時間もすぐ終わるのに弥生を探しに校舎の外に出た。
探索してしばらくしないうちに、頭隠して尻隠さず状態で茂みの中に潜ってごそごそしてる弥生を見つける。その様子から何か探しているみたいだ。
ハルは声をかけようとしたが、しばらく様子を見ることにした。弥生が動く理由を知りたかった、今まで弥生が動いたことと言えば給食のときのこととトイレくらいだ。
休み時間の終わりのチャイムが鳴るころ、弥生はようやく後ろで見てるハルに気付いたらしい。弥生は立ち上り葉っぱと土だらけの顔をハルに向けると、ゆっくりハルの方に歩いてくる。
「弥生さん、何してたの?昼休み終わっちゃったよ」
すると弥生は何かを握った右手をハルに差し出す。その手には金色の花形のヘアピンが握られていた。さっき東野に窓から投げられたヘアピン。
「これ…さっきの…」
ハルはそれを受けとるふりをしながら弥生が背中に隠してる左手をチラ見する。
「ありがとね。でもおかしいなぁ、もう1つ赤いのがあったはずなんだけど」
その言葉を聞いて弥生が僅に反応したのをハルは見逃さなかった。
弥生が背中に隠してる左手を引っ張り出すと案の定赤い花形のヘアピンが握られてる。
ハルはフフっと笑うと人さし指と親指で見せつけるようにそれをつまみ上げる。
「なに?ほしいの?」
すると弥生はかすかに首を縦に振った。ように見える。
ハルは少しだけ考えると、そっとそのヘアピンで弥生の前髪をとめる。
「大事な物だから、絶対なくさないでよ?」
弥生がこれを欲しがる理由はわからないが、これを受け取った弥生は心なしか喜んでるように見える。
余韻でフワフワしてる弥生を置いてハルは背を向けて校舎に戻る。手招きすると弥生はその後ろにトボトボ着いてきた。
教室の後ろ側の扉から中に入った。もう授業中だ、すると先生からの言葉が飛ぶ。
「安ぁ土さぁん、どぉこ行ってたんだぁもう授業中だぁ」
「すみません、弥生さんを探してたので」
「あぁそぉれでぇ、肝心の弥ぁ生さんはえぇどぉこにいるのぉかね」
「HA!?」
振り向くとさっきまでついてきてたはずの弥生がいない。廊下に出てキョロキョロ見回すも弥生の姿はない。
おっかしいなぁ、さっきまでいたはずなのに…
もう一度探しに行こうとも思ったがそこまでしてかまう必要もないとハルは席に戻った。
数学の授業、正直退屈だ。一次関数だのなんだの、まだ王城でお父様と一緒にいた頃から会得してた。復習にもならない。
上の空で窓の外を眺めてると見つけた、弥生千夏を。ただ、どうも様子がおかしい。右手にカッターナイフをもって悦楽に浸ったような顔で体育館裏にトボトボ歩いて行った。
とりあえず、悪い予感がしたのでハルは授業中にも関わらずすぐさま2階の窓から飛び降りて弥生の向かった方へ向かう。
少し湿っぽい体育館の裏、ハルは物陰から弥生を覗きこむ。すると体育館裏に座り込んだ弥生は制服を脱いで裸になり始めた。
それでもハルは躊躇うこともなく陰から覗き続ける。
「あ、小さい」
今まで関わった女がルツとセヴァくらいしかいなかったので大きいのが当たり前だとおもってたのでむしろ小さいことに興味津々だ。
こういう絵を聞いたことがあるような気がする。ルツから聞いた話では物陰から裸を覗いた後、その人は銃を構えて…
━━━グシャ
嫌な音が聞こえた。
正確に言うと、普通の人からすれば嫌な音なのだろうが、ハルにとっては刺激的で快感を誘う音。
気付くと弥生の土手腹にカッターナイフが突き刺さっており、それを握ってる弥生は今までに見たことないような快感に満ちた顔をしている。さらにはそれをゆっくりと胸の方にずらしていく。弥生の腕が動くたびに腹が開き、おびただしいほどの血が流れる。
ハルは訳がわからずしばらくボーッと見ていたが、止めとかないと流石にヤバイと思ったのですぐに走って止めに入る。すると向こうも気付いたらしく、瞬時に腹に刺したカッターナイフを抜いてハルに向けて振りかざした。
ハルの頬に刺さったナイフから血がドクドクと流れ出る。
「ふへへ、何をしてたのかは知らないけど、一回刺したナイフを他の人に刺すのは感心しないなぁ、感染症の危険性があるよ」
左頬に刺さったナイフを握る弥生の右手を握りながら不適な笑みを浮かべる。切開した弥生の腹から薫る血の匂いがハルの本能と野心と好奇心をくすぐる。今すぐにここで殺して血を浴びたいという慾望を抑えながら、ナイフを抜こうとする弥生の腕を押さえる。
そしてさらに喉元に飛んできたカッターナイフを左手で押さえた。どうやらもうひとつ隠し持っていたようだ。
ハルの手を振り払おうと力を込める弥生の腕をハルは更に強く握りしめる。逃がさないためではない、弥生の理解不能で狂気じみた行動、血の匂い、ほのかな頬の痛みがハルの中の何かを刺激し、自然と手に力がこもる。
「ねぇ…弥生さん…何をしてたの… ねぇ…それ、楽しかったりするの…?ねぇ…ねぇ…ねぇ、ねぇねぇ」
結局ハルは色々涌き出てくる慾望と本能から息を荒くしながら弥生に言い寄る。これが男の娘じゃなかったら確実に襲ってる絵面だ。女だったとしてもかなり危ない。
ハルが落着きを取り戻したのは数秒後、弥生の腹の傷が閉じて鉄の匂いが消えたとき。
ハルはフゥと深く息を吐くと、弥生が喉元に飛ばしてきたカッターと、頬に刺さり刀身の消えたカッターを奪い取りポケットにしまった。
「本当、貴女ってよくわからないね」
弥生は胸元で両手を握って少し寂しそうな目でハルを見つめている。ような気がする。ちょっと可愛いと思ったのは否めない。
ハルが弥生が脱いだ服を拾って弥生に渡すと、弥生は奪うようにそれをかすめとる。
「なん…… 相変わらず無愛想で」
それでもハルがその場を去ろうとすると弥生は後ろからとぼとぼついてきた。
放課後、他の生徒は部活動へ向かう中、ハルは早急に帰りたいのでとっとと校門へ向かう。途中から足音が二重になってるのにはすぐに気付いた。
「ついてくるの、アトランタさんとおんなじだね」
ハルが振り返りもせずそう言うともうひとつの足音はピタリと止んだ。ハルの後ろで弥生は相変わらず無表情で立っている。
ハルはチラ見して弥生に答えが返ってこないとわかっていながらも声をかけてみる。
「弥生さん、学校に来てなかった2年半、何があったの?」
しかし弥生は相変わらず答えようともしないし表情も真っ平らだ。
「弥生さんが不登校になった3年前、ちょうどそのころ僕もいろいろあったんだよね」
そうだ、3年前、王城が襲撃されて、お父様が殺されて、ルツと出会って、暮らすようになって… 今思えばあれが人生の転機だったのかもしれない。
王家が代わらなければ、レイダの下について、地球に来ることもなかっただろうし、ルツと出会わなければ、人とこんなにも接せれるようにはならなかったのかもしれない。
思い出に耽っていると、何故か弥生が急に心配になってきた。3年前という時間は自分にとっては好機だったが多分弥生にとっては危機だ。多分それは今気付いただけで、ずっと前から無意識に思っていたのだろう。
「あぶなっかそうだし、家まで送ろうか?」
ハルがそう言うと心なしか弥生の顔が明るくなった気がする。
弥生は急に早足になって、ハルがその後ろをついていく形で二人は校門を出た。




