第23話 「アヅチ・ハル」
2015年11月、広島県広島市、肌寒い朝日の下、民家の並ぶ一角の少し新しいアパートの前にハルはたどり着いた。レイダに教えてもらった住所、アパート名はここで間違いないらしい。“チーズフォンデュ”なんてアパート名ここ以外ないだろう。ハルは内心、チーズフォンデュよりチョコレートフォンデュの方が甘くて美味しそうだと思っている。
203号室、ハルはその扉の前に立ち止まった。今日からここがハルの住む所だ。
さっきから近所の視線が気になる。その視線はハルの青髪、能力者に向けられる視線。星が違うのにこの悪習には反吐が出る。ハルはその視線を振り払うように玄関の扉を勢いよくバタンと閉めた。
照明のスイッチを入れると現れたのはダンボールの山。一応、必要なものは既に用意してあるが配置はしてないらしい。とりあえず今日は家具の配置で終わりそうだ。
ハルは一番手前にある小さな薄い箱を開いた。中には中学校の制服が入っている。転入は一週間後、今さら学校に行ったところで習うことはないが、ここで“普通の生活”を送らないといけないので仕方ない。ちなみにこれから通う学校には同学年に能力者がいるらしい。わざわざ広島なんかに来たのもそのためだ。
大きな欠伸をしたハルはとりあえずダンボールの山の中からあるものを探した。
「あ、あった」
ハルは周りを見回してその冷蔵庫を置く場所を探した。キッチンのそばの空間に狙いを定め、冷蔵庫を持ち上げたら思ったより軽かった。軽量化が進んでて技術の差を痛感する。とりあえず冷蔵庫を運んでコンセントを入れた。最初に冷蔵庫を配置したのはもちろん中に食材を入れたいから。とは言っても今は何も持ってない、今から買いに行く。ハルが一番行きたかった所、日本のスーパー。良質な食材が揃ってるらしい。ハルは買い物袋を手に取り、近場のスーパーに向かうために部屋を出ていった。
スーパーに向かう道中のこと、ポケットのスマホが鳴りだした。このスマホはレイダが地球産のものと似せて作ったらしい。基本はこっちのものと同じだが他にも技能があるらしい、細かい説明はまた他の機会とする。
「もしもしハル?もうそろそろ家に着いたころ?」
「バカ、母国語で喋らないで」
電話の相手はルツだ。母国語で喋ってたので日本語でそれを指摘した。
「ごめんごめん、えーとそれで、もう家着いたのかな?」
「何しに電話してきたの?」
日本語と英語の奇妙な会話だ。そして会話が全く噛み合ってない。
「ちょっと声が聞きたくてね、ハハ」
「気持ち悪いね、ハハ」
ハルはそう言うと一方的に電話を切った。しかし、暫くしないうちにまた電話がかかってきた。
「なに?用がないならもう━━━」
「ううん、用ならあるよ。さっきセヴァから連絡があって」
「セヴァから?ルツにはきたのに何で僕にはこないの?」
「ハルには内密にっていわれたんだけどね、でもハルに言っとかないとって思って」
数分後
「それで?そんなこと聞かされてどうしろと?」
ハルの問いかけにもルツは無反応だ。
「そんな情報を簡単にもらすなんてやっぱりルツ・アトランタは信用ならないね」
「簡単なんかじゃない、私だって言うべきかどうか迷った。でも、やっぱり言わないとって」
ハルはハァとため息をつく。前髪を指に巻き付けながら話を続ける。
「僕は何もしらないよ。僕は何も聞かなかった、何が起ころうと僕の知ったことじゃないね」
「え、でも━━━」
ハルは有無を言わずに通話を終了する。
スマホをポケットにしまい、気付くと通話してる間にもうスーパーに着いてる。
店に入ってしばらくうろちょろしてると、目に入ったのは室内なのにサングラスと帽子を被った変な人、まるで顔を隠してるようだ。それにカゴの中に大量のメロンパンが入ってる。どこかで見たことあるような雰囲気だが思い出せない。
すると向こうもこっちに気付いたのか、表情が変わったような気がする。しかも、他の人が向けるような差別的視線ではなくもっと違う視線。サングラスでよくわからないが。
て言うか、そんなことしてる場合でもない。早く部屋を片付けないと。ハルは商品を敷き詰めたカゴを持ってレジの方へ走って行く。
一週間後、ハルの転入当日。
午前5時半、冬が近付きまだ暗い中、息を切らし汗だくの手でハルは自室の扉を開いく。
恒例の朝のランング。だが今日はランングと言うよりフルダッシュだった、息を切らしてるのもそのせい。
どうやらハルは転入に少し緊張しているようだ。それを誤魔化すためにフルダッシュした。よくよく考えれば学校どころか集団の中にすら入ったことがない。
「大丈夫、落ち着いて」
ハルは口元に滴る汗を腕で拭き取ると脱衣所で服を脱いでシャワーを浴びにいく。
転入するにあたってハルが一番不満なのが制服。用意されてた制服が男子用だった。当然と言えばそうだが、今まで女キャラ重視でやってた(自称)し実際ネカマなので男の格好はあまりしたくない。
そんなことを考えながらハルは渋々男子用の制服を着る。鏡の中を覗いてみたがやはりしっくりこない。
「やぁん、胸がきつい、発注ミスかな」
ハルはヘアゴムで長い髪をひとつ結びにまとめる。長い髪は結ばないといけない校則らしい。ついでに髪の毛は染めてはならないらしい。まぁ、そんな校則がなくとも髪は染めないが。日本の能力者差別の現状を身をもって調べるのも調査のひとつだ。
時計を見ると少し早いがもう出ても良さそうな時間だ。ハルは一昨々日から準備してた荷物を持ち、玄関の外に出た。
学校に向かう道中にもいろいろあったがそれは省略する。
ハルは今、クラスの担任と思われる森久保という男の後ろについて学校の廊下を歩いている。
先程まで校長室にいた。校長はハルを見るなり嫌なものを見たように顔をしかめて目を逸らした。そりゃそうだ、厄介者が二人に増えるんだ。さらに担任の反応から察するにこの学校の能力者ってのは同じクラスのようだ。
2―2と表札のある教室の前で立ち止まる。担任が扉を開いて中に入ると続いてハルも中に入る。扉を開いた時点でクラス全員の視線は一ヶ所に集まっていた。転入生が来るということは知っていたのか、最初は好奇心や興味の眼差しだったが、ハルの姿を見た瞬間それはすぐに刺さるような冷たい眼差しに変わった。
「えぇ、それじゃっ自己ぉ紹介してっ」
担任にそう言われたのでハルは「ハイ」と返事をして黒板の前に立つ。真っ白いチョークを手にし、黒板に名前を書く。
「安土春です、よろしくお願いします」
クラスの皆の方を見て笑顔でそう言ったが、皆全くもって無反応だ。
「それじゃぁ、安土さんのぉ席はっそこの一番後ろぉねっ」
「はーい」
ハルは指指された席、窓側の一番後ろの席に向かう。
その前の席には金髪の女が座ってる。ハルの能力で視ると能力者だ、能力核は左目。
その女の机には“デブ”“キモイ”“死ね”などの罵詈雑言や落書きが油性インクで書き乱されている。ハルは小さく舌打ちする。これが能力者だからこうなら本当にこの悪習には反吐が出る。
ハルは席に座るとその女に声をかけてみる。
「よろしくね」
女からはなんの返事も反応もない。
と言うか最初見たときから気付いてはいた、その女はさっきから全く生きている感じがしない、目からは光が感じとれないし呼吸してるのかもよくわからない。
「えぇ、それではっ、朝のホームルームを始めぇますっ」
森久保は教卓に立つと号令をかけた。
ホームルームが終わった最初の授業との間の時間、ハルが次の授業の準備をしてるときのこと、いきなり机がガタンと揺れた。机を蹴られたのか、気付くとハルの机のまわりに男子が3人ほど集まっている。
「お前、何で男子の制服来てるんだ?」
そう言ったのは眼鏡をかけたいかにも優等生みたいな人。名札には西村と書いてある。
「僕、こう見えても男なんだよ。性格に言うとオカマ?男の娘?」
ハルは笑顔で対応する。
西村は何故かだいぶ不機嫌なようだ。
「じゃぁオカマ、お前さ━━━」
「やだなぁオカマなんて。ちゃんと安土って読んでほしいなぁ。あ、下の名前でハルでもいいよ?僕達もう、友達でしょ?」
するといきなり西村がハルの胸ぐらを掴んで窓に叩き付ける。
それでもハルはまだ笑顔でいる。
「お前、何が友達だよ?周り見てみろ、クラス全員お前のこと見て気持ち悪がってるぞ」
「全員?違うでしょ?少なくとも二人はそう思ってないみたいよ? そこの弥生さんだっけ? それと、あなた」
「は?俺が?んなわけないだろ」
するとハルはフフっと笑みをこぼす。
「ごめん、そうだよね。でもあなたは何でそんなに私にあたるのかな?」
その瞬間、ハルは眼前から飛んできた拳を片手で受け止める。
拳を捕まれた西村の顔はだいぶ気が立ってるようだ。
「西村くん、力強いね。教えてあげる、あんまり知られてないけど能力者ってのは身体能力も筋力も格段に高いんだよ」
西村は舌打ちをすると掴んでた胸ぐらを放しその場を去っていく。
フゥと息を吐き、授業の準備を再開しようとしたときだ、今度は前方からガタンと大きな音が聞こえる。見てみるとすぐ前で金髪の女、弥生の椅子が倒れてて本人は壁にすがってぐったりしてる。その周りを囲んでるさっきの3人から察するに椅子を蹴飛ばされて壁に叩き付けられたのだろう。
ハルはハァとため息をつき、その方に向かう。
「西村くん、いい加減にしなよ」
そう言うとハルは3人の間に割って入り、弥生に手を差しのべる。
「弥生さん、大丈夫?」
しかし相変わらず弥生からの反応はない。ただ、少しだけ顔を逸らされたような気がする。
ハルはふと弥生の机のことを思い出した。
「ねぇ西村くん、この落書き、あなたがやったの?」
西村はハルが指指してる机の方を見る。
「は?知らねぇよこんなもん」
「そう、まぁともかく、これ以上弥生さんをいじめないでくれないかな?」
西村はまた舌打ちをし、ハルに向けて拳をふったが、またもや片手であしらわれる。するとハルは一歩踏み出し耳元で囁く。
「お願い」
それを聞いた瞬間背筋がゾッとする。たった一言、たったの一言だがそれには狂気と凶気と恐怖が濃縮されている。
西村は何歩か後ずさるとまたそのまま去って行った。
ハルはハハっと笑うともう一度弥生に手を差しのべる。
「大丈夫?」
すると弥生はハルの手を掴んで立ち上がる。相変わらず目は死んでるが交流ができてハルは少し嬉しかった。




