第22話 「行方の果て」
「もう三時間経つかなぁ、真秋が出て…」
セヴァは背もたれに深く寄りかかりながら不規則に点滅する蛍光灯を眺めている。それと同時にチラリチラリと鍋の方にも目を配っている。
「お腹すいたなぁ、早く帰ってこないかなぁ」
セヴァがぼやいた丁度その時、玄関の戸が開く音がした。数秒後に部屋の中に入ってきた真秋はかなり疲れてぐったりしている。と言うよりも憑かれてげっそりしてるようにも見える。
「真秋…?千夏は…」
すると真秋は何も言わず、青色のストラップの着いた小さな鍵をセヴァの前にの机につき出した。
セヴァは少し錆び付いたその鍵をじっと見つめたが、意味も意図もよくわからない。セヴァのそんな心情を悟ったのか、真秋は重く小さく口を開いた。
「千夏の自転車の鍵… 道に自転車ごと落ちてた…」
「え?それって…」
セヴァも少し黙って考え込んだが、またすぐに笑顔に戻った。ただ、その笑顔が不安と空気を壊すための無理な笑顔だと言うことは言うまでもない。
「いやいやいや、それはないって。千夏だって能力者だよ?ましてやあの子の能力ならそう簡単に━━━」
「能力者だから?能力者だって、普段から周りに能力張ってるわけじゃない。油断してれば普通に……」
会話に感じた違和感には触れないことにした。
その日は結局誰も鍋には手をつけなかったし、言うまでもなく千夏は帰ってこなかった。
セヴァが帰る時に見送りに出た真秋からは底知れぬ哀愁を感じた。
翌日、正確に言うと真秋が帰ってきた時には午前0時をまわっていたのでその日の昼、真秋とセヴァは警察署の待合室で椅子に座って待っていた。
千夏は1日帰ってこなかった。もしものことを考えて警察に捜査の依頼をしに来た。
真秋が椅子に座って目を泳がせながらソワソワしていると待合室の扉が開き、白髪の混じった頭の中年の男が頬をボリボリ掻きながら部屋の中に入ってきた。
「弥生さん、そちらのお嬢さんは?」
男がセヴァの方に手を向けてそう聞いた。すると真秋が口を開こうとする前にバッとセヴァが立ちあがり、中二病とかがやりそうな左手を右肘に添え右手で片目を隠しながら斜め45度の角度で男の方を睨むように見つめた。
「そう!我こそは妖月の使徒、天下無類の必殺淑女、セヴァと呼ばれ続け早4年、本名不詳の英雄売━━━」
二人の冷たい視線に気付き、言葉を止め、背筋を伸ばしてバタリと椅子に座り込んだ。そして再びニコッと笑顔を作って二人に見せた。
「ともかく、セヴァって呼んでください」
冷たい空気を振り払うようにセヴァはゴホッと咳き込むような仕草を見せた。
「青地さん、こういう頭の病気なのでスルーしてください」
「そうですか。それにしても弥生さん、貴女今度映画に出演するそうではないですか。おめでとうございます」
祝福の声にも真秋は無反応だ。無反応と言うより表情がだんだんと暗くなっていく。
「今はそんなことどうでもいいです。今日はここに世間話しに来たわけではないので」
「そうですか。もしかして、妹さんのことで何か?」
真秋は無言でコクりと頷いた。横のセヴァも真剣な顔つきになっているような気がする。
「千夏が昨日の夜から家に帰ってきていません。それで警察に捜査の依頼を」
「ほう、妹さんがねぇ。それで、その時の情況を詳しく説明してくれませんか」
「はい、昨日の夜━━━」
察しの通りこの男、青地 英一退は刑事。能力者を差別しない数少ない人間。一年前、引っ越して来た時に出会った。
真秋は千夏その後、千夏がいなくなった時の情況を事細かく説明した。説明してる間にいつの間にかセヴァが居眠りしてて真秋は内心イラついている。
「それで捜査の件についてですが、捜査するにあたって妹さんの当時の服装や特徴を書類に提出する必要があるのですが、察しの通り特徴を記載する際、金髪、目が青いなどと記載すれば当然能力者だということが知られます。能力者だということが知られれば捜査が手薄に、最悪捜査がされないという可能性も」
その言葉を聞いて真秋はうつ向いて親指の爪を噛んで小刻みに震えている。
「そうですよね… やっぱり能力者ってことはバレちゃ… いけない…」
それは捜査がされないかもと言う理由でもあるがそうでない別の理由のようにも思えた。
その後真秋は捜査に関する書類を書いて提出した。
帰り際、セヴァと青地が二人になった時にセヴァが青地にに向かって言った言葉。
「青地さん、出身はどこですか?」
「出身ですか?出身は山口県です。そう言う貴女は━━━」
それを聞いた瞬間セヴァは口元に手を当ててフフッと笑った。
「嘘つかないでくださいよ。さっき言いましたけど、私は妖月の使徒。あなたは…」
青地は何も言わずに無言でセヴァを静かに見つめている。そして何かに気付いたように目を見開いた。
「すごい観察力だ。いや、観察した程度でわかるものでもない。どうしてそれを…」
「フフっ、あなたこそ今の言葉でよくわかりましたね。なぁにあれですよ、なんとなくわかっちゃうんです」
ニヤニヤしながらセヴァは下から青地を見上げている。青地も真剣な目差でセヴァを見下ろしている。
「なんで貴女みたいな子供がこんな所にいるのか気になりますが、面倒ごとに巻き込まれるのも御免なので聞かないことにしますよ」
「それは好都合ですけど、面倒ごとが嫌いな人がなんで警察なんて仕事してるんですかね」
青地に背中を向け、手渡手を振りながらセヴァは署の出口から外に出て行った。
外で待ってる真秋と合流した。何の話をしてたのかと聞かれたがそこはてきとうに誤魔化した。
それから一年経った。
セヴァが国に帰る前日、セヴァが東京の真秋の家に訪問した時のこと。
セヴァが玄関のインターホンを鳴らすと数秒後、だらしない下着姿の真秋が扉から出てきた。
「真秋、久しぶり。半年ぶりくらいだったかな」
真秋はセヴァの言葉を聞きながら暫く無言でいたが、なんだか重い空気を察してゆっくりと口を開いた。
「セヴァ、明日帰るんだったね… セヴァには色々世話になったのに何のお礼もできなくてごめん…」
真秋の目にはなんだか光がこもってない。千夏がいなくなってから段々、日が経つにつれてどんどん暗くなっている。
「はは… 真秋なんだか暗いねぇ、今はいいけど仕事には出しちゃだめだよ」
真秋の表情に比例するように場の空気も暗くなっていく。
セヴァもだんだん重い空気に堪えられなくなり、その場にしゃがみこみ、膝と頭を地面に擦り付けた。
「ごめん!!私があのとき、千夏におつかい行くよう勧めなければ!!私のせいで… 私のせいだ…」
セヴァは涙を地面に垂れ流しながら頭を地面に叩き付けるほどに謝罪している。そんなセヴァを見て真秋はセヴァと同じ高さに腰を下ろすと優しく笑いかけた。
「セヴァのせいじゃないよ。それに最期なのに泣きながらお別れなんてないよ。いつもみたいに笑って」
「うっ… 真秋…」
セヴァは顔を上げると涙まみれのぎこちない笑顔を真秋に見せた。
物やゴミが散乱した足の踏み場もない部屋、電気もついてない薄暗い中雄一の光源であるテレビの光は弥生真秋のハリウッドデビューを報道している。
散乱したゴミの中、下着姿で埋もれてる真秋はその報道を見てため息をつくとテレビの電源を切った。
台所に置いてある大量に買溜めしたメロンパンのうち賞味期限ギリギリのものを手に取り、袋を破って一口噛み千切った。
千夏がいなくなってから2年と半年。結局未だに千夏は見つかっていない。
真秋は女優業で成果をあげ、今はハリウッドデビューするほどになったがその心は満たされない。空っぽのままだ。雄一の家族である、家族と認めてる千夏がいなくなって真秋は心の支えを失った。それでも千夏が戻ってくることを信じ、千夏が戻って来た時のために中卒で女優業に専念してお金を貯めている。大量にメロンパンを買溜めしてるのも千夏が帰ってきた時のためだ。
メロンパン2つを平らげた真秋は洗面台の鏡の前で長い髪をといている。このあとロケ地に行くためにすぐに出ないとならないので少し急いでいる。いつもならメロンパン4つ食べる。
部屋に戻るとハンガーに掛けてある上着のポケットから携帯電話の着信音が鳴っているのに気付いた。携帯の画面の表示を見ると青地からだった。
「青地さん!?もしかして!?」
電話に出た瞬間とっさに叫んだ。青地から電話がくるのはいつぶりかだ。いつぶりかの電話なのでもしかしてと思った。
「ええ、妹さんが見つかりました」
電話があってからすぐ、真秋は仕事もすっぽかして島根に向かった。2年半、ずっと待ち望んでた時だ。大量に買溜めしたメロンパンを詰めた袋を片手に病院の中に駆け込んだ。
病院に入り込むと周りの人の視線が降り注いだ。無理もない、今有名な女優が化粧もせずにいきなり飛び込んで来たんだ。だが、いつもなら人目を気にする真秋も今はそんなことはどうでもいい。受け付けに事情を説明して病室へと通してもらった。
病室の戸を開くとそこにはベッドの上にあお向けで置いてある千夏と、ベッドの横で椅子に座って付き添う青地の姿だった。
「弥生さん、やっと来ましたか」
少しやつれた声でそう言う青地の目の下にはうっすらクマができている。
ゆっくりとベッドの方へ歩み寄る真秋に続けて口を開いた。
「ひどいものですよ。妹さんが見つかったのは広島県内ですが、どこの病院も能力者は受け付けてないと。結局、無理言って知り合いが院長やってるこの島根の病院にするしかありませんでした」
真秋はベッドの上で死んでいるように眠っている千夏をただ呆然と見つめている。死んだようにと言うのは静かだという意味の他にその風貌もあってだ。千夏は2年半前とはすっかり変わり果て、ボサボサになった髪の毛は延び果て、千夏の悩みでもあったふくよかな体はすっかり痩せ衰えている。
「今は眠っています。体の傷は特に残ってません。まぁ、能力者ですし。きちんと栄養を摂取していけば体も元に戻るでしょう。ただ、問題なのは精神の面です。起きているときに話しかけても何も反応を示さないし食事もとらないような状況━━━」
「千夏に… 千夏になにがあったんですか!?」
真秋の目からはポツポツ涙が溢れ、枯れ果てた千夏の肌を潤している。
「簡単に言えば誘拐ですね。まぁ詳しいことは内密ですし、そうでなくても話さない方がいいでしょう。ともかく、ひどい状況で精神面のダメージが大きかったのでしょう」
「ひどい… 状況…」
真秋は小さく呟きながら眠っている千夏の頬を優しく撫でた。真秋が大好きだった千夏の頬の柔らかい感触はもうその跡すらも残していない。昔はよく千夏の頬を触っては胸より柔らかいと言って千夏を怒らせていたものだ。
「ごめん千夏… 私が腑甲斐ないばっかりに…」
真秋が声をかけると千夏はそれに応えるようにゆっくりとまぶたをひらいた。薄くひらいた千夏の瞳は荒んで光がこもってない。それでも真秋は千夏が目覚めたことが嬉しくて千夏を力強く抱き締めた。しかし千夏からは何も返ってこない。だが、今まで虚ろだった千夏の顔が少しだけ変わったような気がした。
真秋は袋の中からメロンパンを取り出すと、袋を破りメロンパンを一口大に手でちぎるとそれを千夏の口元まで運んだ。
「千夏、メロンパン好きでしょ。ねぇ、食べて」
それでもやはり千夏からの返事はないしメロンパンを食べようともしない。それでも真秋は諦めずにメロンパンを無理やり千夏の口の中に詰め込もうとした。あまりにも無理やりなので青地がそれを制止しようとするといきなり声をあげた。
「あ、食べた」
青地はまさかと思った。と同時に無理やり口に詰め込んだだけだとも思ったが確かに千夏はゆっくりと口をもぐもぐ動かしている。ゴクンと千夏が飲み込んだのを確認した真秋がまた一口大に千切ったメロンパンを千夏の口元に運ぶと今度は自分からメロンパンをくわえた。
「千夏… やっぱりメロンパン… 好きだね…」
それから真秋はメロンパンを千切っては千夏に食べさせていたが、満腹になったのか千夏は半分くらい食べたところでメロンパンを口に入れなくなった。
メロンパンを食べた後でも千夏の顔も目は相変わらず虚ろで死んでいる。当然、何かを喋りそうにもない。
それから真秋は千夏に話しかけたりしてみたが千夏からは一切の反応がない。喋ろうとも動こうともしない。それなのに医者の方は姉に会ったことで精神が安定しだした、ここにいるより姉と暮らした方がいいだろうと言う。厄介者の能力者を追い出したいのは明白である。それで結局ほとんど植物状態の千夏を家に連れ帰ることになった。
連れ帰ると言うより、広島の千夏が住んでたアパートに戻る感じだ。真秋が東京に住むことが決まったとき、何故か千夏は広島に残ると言った。理由は頑として答えなかったが多分そこに何か残りたい理由があるのだろう。だから東京なんかにいるより広島にいた方が千夏にとっていいのだろう。
千夏が戻って来てから半年ほど経った。この半年で千夏の様態にも大分変化があった。自分で食事ができるようになったし一番の問題だった便も自分から行けるくらいには回復した。つまりもうほとんど普通の生活はできる。ただ、この半年間一度も千夏の声を聞いてないし千夏の目と顔からは相変わらず光を感じ取れない。
ただ、この最近変化があった。昔の千夏の部屋を整理していると千夏が使っていたランドセルが出てきた。千夏がこれを見た次の日、それを背負って学校に行こうとした。もしかしたら千夏は学校に行きたくて、そうしたら何か変化があると思った。こんな状態の千夏を学校に通わせるのには不安しかなかった。それでも千夏を学校に通わせようと思ったのはこんな状態の千夏を見続けるのは忍びなかった。こんな状態と言ってもはたから見ればただ喋らないだけだが、昔の元気な千夏と比べれば天変地異にも匹敵する。
それで結局千夏を学校に通わせることにした。この判断が正解だったのか否か、そんなことは言うまでもない。




