第21話 「多分、イヴと出会うために」
世の中には能力者と呼ばれる存在がいる。私の妹もその一人。
能力者とはその名の通り特別な能力を持った人間のこと。
2012年12月中旬、広島県広島市、とあるアパートの一室、白いおき電話の受話器に耳を当てる少女が一人。少し青がかった瞳と金色の短い髪、太めの眉毛に子供らしい少しふくよかな体型。
「そう、じゃぁ明日にはこっちに着くんじゃね」
その頃、東京都渋谷区、これもとあるアパートの一室、長い黒髪を纏った女が下着姿で布団に寝転びながら携帯電話を耳に当てている。
「うん、明日には帰れるよ。それより、大丈夫なの?ご飯ちゃんと食べてる?お金は足りてる?それに、いじめられたりとか………」
「ねぇちゃんは本当心配性じゃねぇ。大丈夫やって。お金は余るくらい足りてるし、たまにセヴァも来て料理作ってくれるし、誰もうちのこと恐くていじめられんって」
そう元気な声で前向きなことを言う少女だが、電話の向こうでは瞳の色を落として部屋の隅にしゃがみこんでいる。
「そう、ならよかった。じゃあ、また明日」
「うん、明日な」
二人が電話を切ったのはほぼ同時だった。
金髪の少女の名前、弥生千夏、11歳、小5、広島在住。もちろん日本人だが金髪で瞳の青い理由、それはもちろん能力者だから。能力者であっても、瞳の色が異なるのはかなり珍しいケースである。
黒髪の長髪の女の名前、弥生真秋、14歳、中2、女優、東京在住。千夏の実の姉。女優として仕事をし、稼いだお金を毎月千夏に送っている。
二人は一年前、能力者である千夏に暴力をふるうようになった親と縁を切り、今千夏が住んでるアパートに住みはじめた。当初はお金が足りなかったりして生活が困難だったが、旅行に来ていたどっかの事務所のプロデューサーに真秋がスカウトされ、生活は安定した。それから真秋は仕事の都合で東京に移り住み、千夏は広島に残った。
その日もまた、いつもと同じように始まった。
前日、東京から広島の千夏のアパートに帰省した真秋は朝御飯の支度の真っ最中だった。フライパンで卵が焼ける音を纏いながら包丁でキャベツを千切りにしていると、左手の指から注射で射されたような痛みと共に赤い血が球を作っている。どうやら包丁で切ってしまったらしい。真秋はその瞬間全ての動きを止め、その小さな鮮血を見つめだした。傷口の上に乗った血の球は次第に大きくなっていく。
「ねえちゃん……おはよ…」
その声を聞いたとたん、真秋はビクッと背筋を伸ばし、左手の指の傷を背中に隠した。それと同時に、さっきまで音量の小さくなっていた卵が焼ける音がハッキリと聞こえだした。
今起きたところなのだろうか、千夏の短い金髪は寝癖で大分乱れている。右手で目を擦りながら今にも倒れるのではないかというほどヨロヨロよろめいている。
「お、おはよう。ご飯、すぐできるから待ってて」
真秋がそう言うと、千夏は返事をしたのかしてないのか口を少しだけ開いて、よろめきなのか頷きなのかよくわからない首の動きを見せるとヨロヨロ椅子まで歩いていった。
数分後、真秋が両手に皿を持ち、料理を机に運んできた。分割された皿に目玉焼きと主に刻んだキャベツのサラダ、焼いたウインナー、ベーコン、その他。あと茶碗に盛った白米。
真秋が料理を盛った皿を机に置いた時、千夏は首をコクコクと揺らしながら目を瞑ってる。
「千夏、千夏、起きて」
そう言って真秋が肩を揺らすと千夏は開いたのか開いてないのかよくわからないくらい目を薄く開いて、あぁとうめき声みたいな音を発した。
「千夏、顔洗ってきたら?目、冷めるよ」
千夏はゆっくり立ち上がると、ゆっくりヨロヨロ何度も壁に激突しながら洗面所の方まで歩いていった。
真秋は千夏が行った後、椅子に座るとさっき隠した左手をもう一度まじまじと見つめた。さっきまで傷口に乗っていた赤い球は擦れて薄く伸びている。傷口からはまた赤い血の球が出てきている。
「おはよう!!千夏は復活じゃぁ!!」
叫びながら戻ってきた千夏にまた別の意味でビクッとしたが、今度は手の傷は隠さなかった。
真秋の左手の傷に気付いた千夏はピョンピョンと真秋のもとに歩み寄り、両手で真秋の左手を掴んだ。
「大丈夫だって。こんなんつばつけとけゃ治る」
千夏はそう言うと傷口をぺろぺろ舐めはじめた。
くすぐったくて少し笑みをこぼした真秋は右手で千夏の頬をつまんだ。
「フフッ、ありがとう。もう大丈夫だから。早く食べよ」
「おう!!」
千夏は真秋の向かいの椅子に座るとすぐさま料理をバクバク食べだした。
「もぉ、千夏、いただきますは?」
「ん…?いただきまぁす」
口の中に食べ物をつめ込みながら喋る千夏が変にいとおしく見えた。頬を膨らませ、口元にご飯粒を付け、不格好だが何故か今、この子が、自分の妹が、いとおしく、遠く見える。
「ねえちゃん、今度映画の出演決まったらしいじゃん。よかったじゃん」
「ええ、確か主演の娘役…だったっけ」
「いいなぁねえちゃんは、女優じゃもんね。もってもてじゃもんね。向こうの学校でもモテてるんでしょ?」
「いや、まぁそれは…否定はしないけど」
千夏はマヨネーズの赤いキャップを外し、白い流動体を目玉焼きの上に大量にかけはじめた。
「いいなぁ、うちにも素敵な王子様が現れないかなぁ。強くて、優しくて、背の高い感じの………」
「ううん、千夏には家事ができて、特に料理がうまい頭のいい髪の長い女の子が似合うと思うけどなぁ」
「それもいいかもねぇ、毎日メロンパン焼いてくれて……って、何で女の子なの!!?」
千夏はバンと机を叩いて立ち上がった。立ち上がった反動で千夏の椅子がバタリと倒れた。
「だって千夏って女の子っぽくないじゃん。女子力が低い。男の子っぽい。髪短いし、眉毛は太いし、五月蠅いし、料理は劇物だし、胸はないし」
「む、胸がないって言うな!!!毎日牛乳いっぱい飲んでるのに… 背は伸びないし胸も膨らまないし…」
千夏は倒れた椅子を立て直すとそこに再び腰掛け、再びご飯を口に運んだ。
そんな会話をしていると突然、玄関のチャイムの音が鳴り響いた。その音を聞いて千夏があっと声をあげてまた椅子を倒しながら立ち上がると、倒れた椅子を飛び越え、玄関まで走っていった。
裸足のまま玄関に下り、扉を開くとそこには茶髪で長身の女が茶色い紙袋片手に立っていた。
「Hi.ちなつ、また来ちゃったよ」
女がそう言いながら右手に持ってる茶色い紙袋を差し出すと千夏はそれを奪い取るように受け取った。
「あ、これはもしや、最近できた駅前のパン屋さんの数量限定メロンパン!!?」
「そうだよ。ちなつ、メロンパン好きでしょ」
「うん!!ありがと!!」
千夏が喜びに耽っていると、その後ろから真秋が扉の外の女に顔を覗かせた。
「セヴァ、いつも悪いね。ありがと」
「いいっていいって。こんな可愛い子がいたらそりゃ甘やかしたくもなるって」
彼女は日本に滞在している外国人。セヴァと呼ばれている。半年ほど前に出会った。この能力者差別の世の中で能力者を差別しない、むしろ能力者大好きの変り者。真秋がいないとき、よく千夏の面倒を見ている。
その後、セヴァは暇人なのか家に上りこんで夕暮れ時になっても居座りつづけた。
そしてその夜のこと、真秋とセヴァが夕飯の支度をしている時のことだった。その日の夜はすき焼き。食欲魔人の千夏が待ち望んでいたメニューだったが、千夏が冷蔵庫を開けたときあることに気付いた。
「ねえちゃん、豆腐としらたきがないけど?」
「え、嘘」
真秋が手に持っていた包丁をまな板の上に置いて冷蔵庫の中を確認しに行くと、確かに冷蔵庫の中には豆腐としらたきがない。
真秋が悩んでいると、千夏がパッと声をあげた。
「ねえちゃん、うち買いに行ってくる。豆腐が入ってないすき焼きなんてねぇ」
「え、でも待って」
真秋が裏口の戸から外を確認すると、外はもう道にまばらに散らばる街灯以外暗くて何も見えない。
「でももう暗いし、出ない方が━━━」
「いいじゃん、行かせてあげれば」
そう言ったのはセヴァだった。セヴァは千夏の頭に手を置くとわしゃわしゃと頭を撫でた。
「千夏だってもう五年だし、少々暗くたってお使いくらいできないと」
千夏は慢心な顔でうんうんと頷いている。真秋は少しううんと考えると、少し心配そうな表情を見せた。
「なら千夏、お願いするね」
「うん!!ついでにお菓子買ってくるから!!」
千夏は財布とエコバッグを手に持つと白色のキャップ、髪の色を隠すためだが殆どもろバレなキャップを被ると一言「行ってきます!!」と叫ぶと漆黒の闇の中へと駆け出して行った。
それから一時間ほどたったか、まだ千夏は帰ってこない。スーパーには自転車で10分もしないうちに着く、もうとっくに帰ってきてる時間なのに。
「千夏遅いねぇ、先に食べちゃおっかぁ?すき焼きぃ」
セヴァは椅子の背もたれに頬杖をつきながら足を遊ばせながらそう言った。
「ダメ、千夏が楽しみにしてたんだから。千夏が帰ってくるまで食べちゃダメ」
そう言ってる真秋も机に頬を擦り付けて足を遊ばせている。
切れかけた蛍光灯がカチカチと不規則に点滅するのを眺めながら更に10分、20分と時間は過ぎていったが、未だにすき焼きに手を伸ばす者はいない。机に突っ伏し、たまに立ち上がってはうろちょろどこへ向かうわけでもなく歩きまわっていた真秋やがようやく口を開いた。
「やっぱり遅すぎる。セヴァ、私探しに行ってくる」
「うん、それなら私も」
セヴァが立ち上がろうとする素振りを見せると真秋はううん首を横に振った。
「セヴァは残って。入れ違いになったらいけないし」
「そう、わかった。真秋も気をつけてよ」
真秋はコクリと頷くと防寒用の上着を着て、顔を隠すためのマスクとだて眼鏡を着用した。これでも割と有名な女優なので。サングラスをかけるのは謎の抵抗がある。
椅子に座ってぐったりしているセヴァを後に真秋は玄関の扉を開いた。
外は真っ暗な闇に染まっている。真秋自身もまだ中学生だ、当然こんな時間に一人で外に出るのは危険だし、真秋は暗い所が苦手だ。しかし暗い所を躊躇う気持ちよりも千夏が心配だという気持ちが圧倒的に勝り、真秋は何の躊躇いもなく闇の中へと走りだした。




