第16話 「思い出の品」
エデン・イヴという人間は死んだ。
その少年アヅチ・ハルは旧王城の屋上から飛び降り、西の森のを駆けていった。
森に入り、一度も止まることなく疾走し、ただただまっすぐに走っていた。
レイダは森を抜ければ迎えがいると言っていた。迎えってことはやっぱり…
木々の隙間から差し込む光が見えた。森を抜ける。
木々のひしめく森を抜けると広い草原が広がっている。
その草原にある一本の道、そこに止めてある黒い車の横で手を振る人影がひとつ。
その人影を見つけたハルは少し速足でその人影へと向かっていった。
ハルがその人影へ近付いていくとその人影も走ってこちらに向かってきた。
「イヴぅ!!久しぶりぃ」
手を振りながら走ってきたセヴァは腰を低くしてハルに抱きついた。
ハルは少しの間無言で抱かれたままだったがすぐに抱きつくセヴァを引き剥がした。
「ちょ、やめてよ近付かないで」
「えぇ、ひっどいなぁ」
身構えて後ずさるハルに向かってセヴァは頬を膨らませてみせた。
「いい?絶対近付かないでよ?」
ハルは念押しするとセヴァを避けるように遠回りして道に止めてある車の後部座席に乗り込んだ。
今でも覚えてる。セヴァは昔から僕に変なことをする。
巨乳化計画とか宣って毎日胸揉まれたり、美人化計画とか宣って顔パックを無理やり着けさせられたり、髪型いろいろいじられたり。だから苦手だ。それでいて僕より強いからたちが悪い。能力者でもないのに僕より強い理由は今でもわからない。
「ほんとイヴはひどいんだから。2年ぶりの再開なのに」
セヴァがぐじぐじ文句を言いながら運転席に乗り込んできた。
車の扉をバタンと閉め、フゥと肩を下ろしたセヴァはチラリと首だけをハルの方に向けた。
「それで名前、なんて言うの?」
「あ、アヅチ・ハル。変な名前でしょ」
セヴァは顎に手を当ててうーんと考えこんでぶつぶつと何か言っている。
「それだと日本行きは確定なのかな」
セヴァが何を言ってるのかはよくわからないが、とりあえず今は着替えたい。服が血まみれでベトベトする。
でもそんなこと言ったら間違いなく遊ばれる。だから今は我慢する。
「それで、行き先は決まってるんでしょ?」
セヴァは喋りながらシートベルトをしめた。
ハルはコクリと頷くとニコッと笑った。
「うん、決まってる」
「りょーかーい」
行き先がわかっているのかセヴァは行き先も聞かずにエンジンをかけ、車を発進させた。
夕暮れ時、現王城から西に2キロメートルほど離れた場所に建つ四角い白い建物、その建物の庭の門の前にルツは立っている。
雨はもう止んでいるのにまだ朱色のレインコートを着ているのは髪の色を人に見られないためだ。
ルツはまわりをキョロキョロ見回すと、塀に掛けてある表札を確認した。表札には何も文字は書いてないが、赤と金と白のストライプが描かれている。
「ここ…か…」
どうやらここが家らしい。
ルツはまわりをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると門を開き、庭から玄関へと向かった。
玄関の金属の扉の前でルツは朱色のレインコートのポケットからセヴァにもらった鍵を取り出すと、それを玄関の扉の鍵穴にさして回した。
「え…?指紋?」
扉についてる液晶画面に指紋を認証しますと表示されている。
指紋なんて採った覚えはないけどルツは右手の人さし指で画面に触れてみた。すると画面に施錠解除と表示され、ガシャンと鍵の開いたような音が聞こえた。
「指紋、いつの間に採ったのよ」
ルツは恐る恐る玄関の扉を開いて中を覗いてみた。
玄関はわりとふつうのつくりだ。建物の外見とは異なり中は綺麗な木造。戸のついた靴箱と棚の上に花瓶と写真立て。玄関から一段高い廊下が奥の方まで続いている。
とりあえずルツは玄関の中に入り、玄関の扉を閉めた。
靴を脱いだルツはそれを靴箱にしまい、レインコートのファスナーを外しそれを脱ごうとしたがなにかがいろいろ引っ掛かってなかなか脱げない。
「あぁん、これ脱ぎづらい」
やっとの思いでレインコートを脱いだルツはそれを右手にかけたまま廊下を歩いていき、廊下の一番奥の部屋に入った。
20畳くらいのその部屋には向かい合った黒いソファーとソファー用の小さな机、食事用と思われる大きなテーブルに椅子が4つ。それと台所。テレビは部屋全体から見える位置に設置してある。わりとシンプルな部屋だ。
机の上に半分に折り畳んだ紙があることに気付いたルツは手にかけてあるレインコートを畳んで床に置き、机の上の紙に手を伸ばした。
折り畳んである紙を広げると文字が並んでいる。どうやら置き手紙らしい。
「夜ご飯は冷蔵庫と炊飯器に用意してあるからレンジで温めてね」
手紙を読み終えたルツはまわりをキョロキョロ見回して台所にある冷蔵庫を見つけた。
手に持ってる手紙を机に置いて台所の冷蔵庫の前に立つとそれを開いた。
冷たい空気が体に染み渡った。冷蔵庫の中にはラップに包まれた皿がいくつか入っている。
ハンバーグにステーキに野菜炒め、あと見たことない料理が多数。
知らない料理には抵抗があるのでとりあえずステーキと野菜炒めを取り出した。
冷めてるのにいい臭いがする。今まで食べたことないような高そうなお肉。おいしそう。
ルツはラップをつけたまま取り出した2つの皿を電子レンジにぶちこむと時間をセットした。
「えぇと炊飯器」
炊飯器を探してまわりを見回すと、台所の奥の方に炊飯器を見つけた。それに近付こうとした瞬間、足の小指を勢いよく角にぶつけた。
痛っとよろけた瞬間今度はシンクの角に頭をぶつけた。
「あっ……うぅ…いたい…」
ルツは頭と足を押えて床に倒れこんだ。傷の再生はできても痛みは消えない。
涙目で半泣き状態で床に頬を着けるルツの目の前に青色の花形のヘアピンが落ちてきた。どうやら頭をぶつけた衝撃で外れたみたいだ。
いたたと体を起こしたルツは落ちてきたヘアピンに手を伸ばした。
「いけないいけない、外れちゃった」
ヘアピンを拾うとルツは再びそれで前髪を止めた。
一年前の今日、イヴが私の家で暮らすようになって間もない頃のこと、誕生日プレゼントとしてイヴが私にくれたのがこのイヴとお揃いのヘアピンだった。お揃いと言ってもイヴのは赤色のヘアピンだけど。
そのときは死ぬほど嬉しかった。好きな人から貰ったお揃いのプレゼント。お風呂に入る時も寝る時も肌身離さずつけていた。でもイヴは半年もしないうちに無くしたみたいだけど。
そういえばイヴは今どうしてるんだろう。ちゃんと逃げ出せたのかな。
ルツは立ち上がると目に滲む涙を拭いた。
炊飯器からご飯を皿に盛り、レンジからステーキと野菜炒めを取り出し、テーブルに運んだ。
椅子に座り、皿を被うラップを外すと、ナイフでステーキを食べやすい大きさに切りフォークで口に運んだ。
「ハフッ、おいひい」
お肉おいしいけど、味付けはイヴの方が上手いかな。文句言っちゃいけないけど。
そういえば、勢いで生き方を教えてほしいとは頼んだものの本当に大丈夫なんだろうか。あの人達、信用できるのだろうか。イヴの世話役だったんなら信用もできるけど、それだって本当のことなのかわからない。
「考えたって仕方ないか」
どうせ身寄りもないんだし、頼れる人もいない。とりあえず今はあの人達にお世話にならないと。それでいつか、お父さんの仇を…
「むふふ、ハル大きくなったねぇ」
セヴァはニヤニヤしながらバッグミラー越しに後部座席で着替えてるハルを見ている。
ウサ耳フード付きの白いセーターに着替え終わったハルはバッグミラー越しに注がれる視線に目を逸らした。変な服を着させるのも昔のままだ。
「前見て運転してよ」
「えー、ハルの成長の観察してるのに。身長もお胸も大きくなったねぇ。あっちの方も大きくなったのかな?」
「……っ!!」
ハルは顔を赤くして胸元と股間を腕で隠すと少しうるうるした視線をセヴァに突き刺した。
睨み付けるハルを見てセヴァはハハッと笑うとハンドルを握り直しフロントガラス越しに前方を見た。
「そういえばねぇ、ルツに会ったよ。あの子、可愛いよね」
「………」
ハルをルツという言葉を聞いたとたん窓の外を眺めながら黙りこんだ。そんなハルを見てセヴァは顎に指を当てて首を傾げた。
「ハル?どしたの?」
「………」
少しの間黙っていたハルだが、一度ハァとため息をつくと重い口を開いた。
「セヴァも見てたんでしょ…ルツは僕を裏切ったんだよ」
イヴは前髪を指にクルクル巻き付けながら窓の外を眺めている。
「ふーん。まだそのこと根に持ってたんだ。じゃぁなんで今あそこに向かってるのかな?」
「それは…お父さんに頼まれたから…」
「フフッ、本当素直じゃないんだから。あ、ほら着いたよ」
「お、」
車が道の脇に止まった瞬間ハルはすぐに車の扉を開き、外へ飛び出して行った。それに少し遅れてセヴァも車から出てきた。
着いた場所は畑に囲まれた小さな木造の家。ルツの家。
車から飛び出したハルは離れの倉庫へ向かって走っていった。
ギィィと木の擦れる音とともに扉を開くとすぐ足元に置いてあるそれを見てハルはホッと息をついた。
「どう?大丈夫だった?」
「うん」
後ろから声をかけてくるセヴァにハルは笑顔で対応した。
「じゃぁそれ、車に持ってって」
ハルはそう言うと今度は玄関から家の中へ入っていった。
玄関で靴を脱いで廊下に上がると階段を上ってルツの部屋に入った。
たった一晩帰らなかっただけなのになんだか久しぶりに帰ってきたような気がする。
部屋の中に一歩足を踏み入れるとギィと床の軋む音が響いた。この音も昨日までの一年間聞いてきた音だがどこか懐かしい。
ゆっくりと足を踏み入れまわりを見回したハルはクローゼットの前へ歩み寄り開くと、中から少し血の色で赤く滲んだ青色のジャージを手に取った。
「ねぇ、何それ」
「うわっ!!」
いきなり後ろからセヴァに声をかけられハルは思わず持っていたジャージを床に落とした。
「これね、ルツと初めて会ったときに借りたんだけど血が落ちなくて着れなくなったんだよ」
ハルはジャージを拾いながらそう言うとジャージを広げてそれを見つめた。
「ふーん、そんな血まみれになるってどんなハードプレイしたの。でも、そのくらいの血なら多分落とせるよ」
「え!?本当!!?」
いきなり声を荒げたハルだったが、セヴァがフフッと笑うのを見てハッと我に返ると少し顔を赤くしてセヴァにジャージを投げつけるとそのまま部屋を出ていった。




