第15話 「安土春」
いきなり牢の中の被験体が口から血を流して倒れたので、監視の兵達はだいぶ慌てていた。
「もしかして自殺図ったんじゃ…」
「何言ってんだ。能力者は不死身じゃなかったのか?」
牢の中のイヴはピクリとも動がない。
「おい、これって俺達の責任になるのか?」
「し、知るかよ。お前ちょっと中入って見てこい」
「やだよ。能力者だぜ?気持ち悪い」
監視達はぐぢぐぢ言い合いをしていたが、最終的には監視の一人が牢の扉を開いて中の様子を見に行った。
監視がイヴの前にしゃがんだ時だった。突然顔を上げたイヴは飛びかかって監視の顎を膝で蹴飛ばした。
「お、おいなんだ!?足枷は…」
牢の外の監視達が驚嘆してる間にイヴは開いた牢から出て、残った監視の後頭部を踵で蹴り気絶させ、もう一人の監視も後頭部へのひじ打ちで気絶させた。
「……痛かったなぁ」
手に掛かっている鎖の千切れた手鎖を眺めイヴはハァとため息をついた。
能力者は傷や怪我の再生時、体に入り込んだ異物を分解して消す。
例えば体にナイフが刺さったとき、刺さったナイフを放置しておくとその傷を再生するときナイフが邪魔になる。だからそのナイフを分解して消す。
今の脱出方法も同じ。足首の傷に足枷をねじ込んで消させる。手鎖は切断した舌の断面を当てる。そうすると舌を再生するとき同じことが起きる。
本当は指も噛み千切って牢の鍵の部分も消すつもりだったが監視が開けてくれたので手間が省けた。
気絶した監視達を眺めるとその前にしゃがみこみ、腰から銃を取り出した。
「殺ろっか…」
ボソッと呟くとイヴは銃を倒れてる監視に銃口を向けた。しかしイヴは引金を引こうとはしない。
別に殺す必用はないだろう。殺す必用は…
そういえば一年前、ここでいっぱい殺したな。あの時はなんであんなことしたんだっけ。
あれ、てゆーか僕、殺したの?人を…
今になって罪悪感がこみ上げてきた。なんだかだんだん恐くなってきた。なんで今更そんなことを…
「あぁ…!!」
イヴは叫ぶと銃口を地面に叩きつけた。
今はそんなこと考えてる場合じゃない。逃げないと。レイダが帰ってくる前に。
イヴは急ぎ足で牢屋の並ぶ廊下を駆けていった。
角を何度か曲がり、階段を上って一階に上がった。
「あ!被験体が━━━」
階段を上ってすぐにいた研究者らしき男を飛び蹴りでその通信機ごと破壊した。
「一階まで来た。後は出口に」
イヴは一瞬止めた足をまた動かし始めた。
城の内装はほとんど変わってない。旧王城に研究所を作るなんてほんと良い趣味してるよね。
そうだ、よく考えれば逃げ出たとしてその後はどうするの?
多分今の王様はまた僕を捕らえるか殺そうとする。
普通なら隠れて暮らすこともそんなに難しいことでもないだろうけど、レイダがいたんじゃそれも不可能か。
結局ここから逃げ出ても僕に未来なんてないんじゃ。
でもそんなこと考えてても仕方がない。今は今できることをする。とにかくここから出る。
そんなことを考えながら走ってるうちに出口についた。
やった、これで逃げ出せる。そう思ってのもつかの間だった。
「よう、エデン・イヴ。元気か?」
出入口から入ってきたのはレイダだった。
ヤバい。レイダはヤバい。
出口にレイダがいるから出口は通れない。てゆうかレイダと鉢合せした時点もう詰んでる。
いや、でもまだダメ元で。
イヴは後ろに方向転換して再び走りだした。
エントランスの階段を上り、廊下を走ってさらに別の階段を上っていった。
確か一年前にもこの階段を登った。その時はお父様も一緒だった。一緒と言っても僕が恐喝まがいに連れてただけだけど。
それで、この階段を登った屋上で綺麗な日の出を見た。それでその後お父様は殺された。違う、僕が殺したんだ。僕がもっと早くお父様のことを思い出してればお父様は死ななかった。
階段を登りきったイヴは目の前の錆び付いた扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。
ギィィと金属が軋む音とともに眩しい光がイヴの姿を照らした。
「あぁ…朝日…」
屋上から見えたのは一年前と全く同じ綺麗な日の出だった。
確かここ。ここでお父様は死んだ。一年間雨風にさらされたはずなのにそこにはうっすらと血の跡が残ってるようにイヴには見えた。当然、実際には残ってないが。
「お…お父様…」
イヴはその場に膝をガクッと落とした。
なんでだろう。わからないけど涙が溢れてきた。
そうだ、こんなことしてる場合じゃない。ここから降りて逃げないと。
風は使えないけど壁を伝っていけばなんとか逃げれる。
そう思ってイヴが立ち上がった時、いきなり背中に衝撃が走り、そのまま前に倒れた。
背中に圧力。背中を見るとレイダが背中に股がって短剣を振り上げている。
「え?ちょっと待━━━」
グシャっと血が飛び散る音を最後にイヴの意識は途絶えた。
目が覚めるとまだ屋上にいた。
自分の姿を見てみると服の肩の部分を中心に血に染まっている。
ベトベトする。気持ち悪い。
「うぁぁ、何これ気持ち悪い」
そういえば、なんで生きてるの?
レイダに殺されたと思ったのに。
「ねぇ、なんで殺さなかったの?」
イヴの横で携帯電話をいじくりながら突っ立っているレイダに声をかけた。
「王からの命令だ。お前の首を切り落とした」
「首を…?」
「ああ。本当は殺せという意味で言ったんだろうが。それにしてもお前ほんとめんどくさい位置に能力核あるよな。そこだけ傷着けずに首切り落とすの大変だったぞ」
「あ、うん…」
レイダは手に持ってる携帯電話をポケットにしまうとおもむろにイヴの前にしゃがみこんだ。
「言わなくてもわかると思うが、俺は王の命令を全うした。今俺には何の使命もない。お前を殺す必用もない」
「そう」
イヴはフゥと息を吐いて肩を下ろし脱力すると、振り返って朝日を眺めた。
「ねぇレイダ、これ、綺麗だと思う?」
イヴは山の間から昇る朝日を指指した。
「さぁ、俺にはわからない。セヴァも同じこと言ってたな。女ってのはそんなもんなのか」
「はぁ?僕男だし。男の娘だよ」
「つまりオカマってことか」
「え、いや、ん~…別にそれでもいいけど」
さっきから自分でも何の話をしてるのかわからない。
今レイダに命がないとしても新たに命が下れば結局殺される。意味ないじゃん。
「お前、変わったな」
「へ?」
しゃがみこんでたレイダはハァとため息をついてゆっくりと立ち上がった。
「青い悪魔の噂を知ってるか?」
「青い?なにそれ?」
イヴは少し血に濡れた自分の青髪を手に乗せて見た。
まさか…
「一年前、バベル家がエデン王家を襲撃した時、バベル家の精鋭57人の内24人が死んだ。その内のほとんどが“長髪の青髪の少女”に殺されたという」
「それが…僕だって?」
「さぁな、だが自分から好き好んで能力者と間違われるような青髪にする奴なんていないだろうな」
イヴはコクリと頷くとゆっくり立ち上がった。
「それが、なんだって言うの?」
「それに比べて今日は一人も殺さなかったみたいだな」
「なにそれ…当たり前でしょ…」
イヴは少し顔を赤くしながら横髪を耳にかけた。
「まぁそれはいい。ところでお前、王になる気はあるか?」
「はぁ?何言って…」
いきなり何を言い出すんだ。でも、質問の意図はすぐにわかった。
イヴはニコッと笑うと振り替えって眩しい朝日を眺めた。
朝の日射しが体に染み込んでくるような温もりを感じた。心と体が浄化されてくようだ。
「そんなの、あるわけないじゃん」
背中を向け、朝日を眺めながらそう答えたイヴにレイダはゆっくりと近付いた。
近付いたレイダにイヴは顔を向けると少し身構えた。
やっぱり恐い。殺されそう。
身構えるイヴを見てレイダは頭を押さえてハァとため息をついた。
「お前の名前はアヅチ・ハルだ。エデン王家の後継者ではなくただの一人の男の娘として生きろ」
「え?ちょっと待ってよ」
突然声をあげたイヴにレイダはめんどくさそうな視線を向けた。
「なにか不満か?」
「偽名はわかったけど…その…何その変な名前?もっとマシなのないの?」
レイダは頭を押さえてハァとため息をつくとイヴの肩に手をおいた。
「いちいち偽名考えるのがめんどくさいんだよ。これなら一回で済む」
「ん?」
言ってることはよくわからないけどレイダがそれでいいと言うんならそうなんだろう。
するとレイダは両手からイヴに力を送りこむように目を閉じた。
体の中にある違和感、重りのようなものが取れるような感覚がした。
風の流れを感じる。いつもの感覚だ。西から流れくる風が彼の体を突き抜ける。
「能力制止剤を除去した。これで風が使える。ここから飛び降りて西の森を抜けろ。迎えがいる」
「レイダ、血が」
レイダの両目から血がドクドク流れている。
レイダは右腕で血を拭くとハァとため息をついた。
「生操力だ。気にするな」
「生操力?」
確か、生操力とは相手の生気を操る能力のこと。自効力にも具象力にも属さない特別能力。
基本、能力で直接生きてるものに干渉することはできない。簡単に言えば生気が能力を阻害するからだ。念動力で生き物や人を直接動かしたりすることはできない。だけど生操力は一時的に相手の生気を消すことによってそれを可能にする。
レイダの銅を造り出す能力、つまり物質系の能力だと相手の体の中に直接物質を造り出して一瞬で殺すことも可能だ。
生操力は他の能力と違い生れつき持ってるものではなくある条件が重なると覚醒することがあると聞いた。怒りと憎しみと愛情が最高潮に達したとき。怒りと憎しみの違いはよくわからないけど。
生操力を使用すると目から出血する。出血と言っても目にダメージが入るわけでも体に負担がかかるわけでもない。でも見てて怖い。
多分レイダは自分の再生力を高める能力の回復化を生操力で僕に使って能力制止剤を取り除いたんだろう。
「え、うん。後で詳しく教えてよね。何でレイダの能力核、3つもあるのかも」
「チッ……早く行け」
レイダの舌打ちを聞いてイヴはなぜかフフッと微笑んだ。
イヴはバク転して屋上の柵の上に着地した。爪先でクルリと回転して何メートルも下の地面を見下ろした。
「うわっはー!!高ぁい!!」
後ろでレイダが早く行かないと殺すぞとでも言ってるような目でこちらを見ている。
イヴは最後にイヒッとレイダに笑いかけると両手を広げ、青く輝く空へと身を投げ出した。




