第12話 「ホットケーキにお好みソースをかけると美味しい」
「本当にそれだけか?」
雨でぐちょぐちょになった地面の上に正座して座るイヴに向かってレイダは無感情だが今日の中では一番感情のこもっているであろう声で言った。
「うん…」
雨が地面を打つ声が体にまとわりつくように響いてくる。
「悪いが、それだけのことでも俺にはそんなに時間はない。だから違う日になるが━━━」
「ダメ!!!今日じゃないとダメなの!!」
今日のイヴは柄にもなく感情的だ。
いきなり叫んだり勝てもしないとわかってる相手に挑んだり。
こんなに感情的になったのは一年前の王城襲撃のとき以来だ。
死ぬなら最後くらい自分の感情だけに従ってみたらどうなるのか試してみたかった。
これがその結果なのかは分からないが、結局死ぬときは死ぬらしい。
「わかった。今日までになんとかする」
レイダは小さなため息をつくと、右の手のひらをイヴに向けた。
「じゃあな、エデン・イヴ」
「うん…痛くしないでね」
イヴの最期の言葉をレイダが聞き届けると、イヴはそのままバタリと地面に頭を落とした。
まだ完全には殺していない。あとは能力核を破壊すれば完全に死ぬ。
頬を滴る血の涙を拭いた。
レイダは右手を広げ銅の短剣造りだすとイヴの死体のもとに歩み寄り、イヴの青髪を掴んで喉を向けさせた。
短剣を振り上げたその時、レインコートのポケットの携帯電話が鳴り出した。
レイダはハァとため息をいて振り上げた短剣を下ろすと、ポケットから携帯電話を取り出した。
画面を見ると王様からだ。まためんどくさい。
「バベル・イエフ様、何か御用でも?」
「とりあえず服、これ着て」
路肩に停車してある車の運転席に座るセヴァはそう言って助手席のルツに白いシャツを渡した。
服を受け取ったルツだが、服を広げてずっとそれを眺めている。
「どしたの?気にくわなかった?」
「あの…この文字って…?」
その服には“I'm happy thank”と大きくプリントされている。
「あぁ、それね。私があなたにそうなってほしいってゆう願い。意味はねぇ、“私は幸せです。ありがとう”って。ダメかな?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
ルツはもらった服の袖に腕を通し少し安心そうな表情を浮かべたが、あることに気付き、セヴァの方を見つめた。
「あの…下は?」
「あぁ、下は用意してないの。我慢してね」
「はぁ?」
「冗談だって。ごめんね怒らないで」
セヴァは後部座席の篭から青いスカートを取り出してルツに渡した。
「下着はないの。ごめんねこれは本当。だからしばらくノーパンで我慢ね」
謝ってる割には顔がニヤついている。
「う、うん…大丈夫…かな…?」
少し浮かない表情をしているが、誰かが見るわけでもないしとルツはしぶしぶスカートをはいた。
この人は少し危なそうだけど。
「昨日ホットケーキ作りすぎたんだぁ。食べる?」
セヴァはそう言って後部座席に身を乗り出すと、篭の中から金属の箱を取り出した。
「いや…いらない」
「むぅ~」
ルツの否定的な言葉を聞き、セヴァは不満そうにほっぺたを膨らませた。
「いいもん、一人で食べちゃうもん」
後部座席に乗り出していた体を戻し、ドスンと運転席に座り込むと、セヴァは篭から取り出した金属の箱を開いた。
「この箱ね、すごいんだよ。保温性が」
確かに箱の中のホットケーキはポカポカ湯気をたてている。
セヴァは今度は足元にある鞄の中から何かまさぐっている。
「てれれれってれ~!!お好みソースぅ!!」
そう言って取り出した透明な容器に入った黒っぽい液体をセヴァはホットケーキにどろどろかけだした。
「フッフッフッ、私は気付いてしまった。お好み焼にかけるこのお好みソースをホットケーキにかけるとおいしいと」
「は?」
セヴァが何を言ってるのか森羅万象全てわからない。
「は…はぁ…?」
「お、そっか、お好み焼もお好みソースもわからないか。お好み焼はなんか、いろいろ重ねたり混ぜたりして焼く食べ物で、お好みソースはそれにかけるソース」
「は、はぁ…」
全っ然わからない。どこの国の食べ物なの。
全くもって理解してないようなルツの顔を見たセヴァはん~とあごに指を当てた。
「調査現地の料理なんだけどね。まぁいいや」
セヴァはそう言うとホットケーキを頬張った。
「あ、ほーだ、ルツってイヴとどんな関係なの?」
「は!!?」
唐突に変なことを聞かれたので思わず声が出てしまった。
「初恋なんでしょ?それで1年間ずぅっとひとつ屋根の下にいたわけだもんねぇ。間違いが起きない方がおかしいもんねぇ」
「え!!?まま間違いっててなななによそれ!!?全然わけわわわからない!!」
「間違いってそりゃぁ、イヴだってああ見えて男の子だもんねぇ。あぁんなことやこぉんなことを」
「そ、そんなこと!!」
ルツの取り乱した声と表情を見てセヴァはフフっと怪しげな表情でニヤリと笑った。
「わかったわかった。イヴが眠りこんだ隙にルツがイヴにいろいろやってたことは黙っててあげる」
「なっ………!!?」
思いきり図星を突かれたルツはとっさに手で口を押さえた。
セヴァはルツの顔を覗きこみながらニヤニヤしている。
「いやいいんだよ。わかるよイヴ寝顔可愛いもんねぇ。警戒解いたらなかなか起きないし。私が近付いたら風の猛攻だけど」
「あの…さっきからあなたはイヴのことを知ってるみたいな口振りだけど…どういう関係なんですか?」
「ん~」
セヴァは中二病っぽく腕をクロスさせ手で顔を覆い指の隙間から目を覗かせルツを見た。
この行動に特に意味はない。ただやってみたかっただけ。
「昔イヴの世話役をやってたんだよねレイダと一緒に。イヴも今でこそノリノリで男の娘やってるけど昔は酷かったよ」
「そ、そうなの?」
「うん。当時9歳で早めの思春期に入ってたからねぇ。男なのに女であることに不満しか持ってなかったね。そんなイヴを私が完全な男の娘に調教してやりました」
「ちょ、調教?」
やっぱりこの人怖い。
ルツはセヴァから距離をおくように身を引いた。
でも、この人があの男の娘で可愛いイヴを造り出したんならちょっと尊敬するかも。色んな意味で。
その時セヴァのポケットの携帯電話が鳴り出した。
ポケットから電話を取り出したセヴァはフフっと笑ってもう一枚ホットケーキを頬張った。
「ふぁーもひもひレイダぁ、どーひたの?」
電話に出たときはニヤけて乱れた表情だったセヴァの顔がとたんに真剣な顔になった。
「え?それってどういうこと?」
さっきまでただの変な人だと思ってたけど、その表情を見て意外にちゃんとした人なんだなと思った。
「ダメだよ。それはイヴにやらせないと。何日後でも何ヵ月後でも何年後でもいい、それはイヴにやらせないと意味が無いことでしょ?」
電話で話すセヴァの口からイヴと言う言葉が聞こえた。話の内容はわからないけどセヴァの言葉から察するにイヴはまだ殺されてないし殺されない。と言うよりそう思いたい。
「当たり前じゃん。だってここにイヴを思う人がいる。自分を愛した女を泣かせるような男は最低だよ。」
電話を切ったセヴァはルツに向かってニコっと微笑んだ。
「生き方を教えてほしいんだっけ?」
「え…う、うん…」
セヴァはポケットから車のキーを取り出し、バンドル横の鍵穴に差し込んでエンジンを入れた。
エンジンを入れた割にはエンジン音も振動も小さい。
「生き方その1、生きる意味を見つける。これはクリア。生き方その2、生きる仲間を見つける。これは信頼できる人じゃないと。私みたいな人は信頼しちゃダメだよ?」
「仲間…?」
「うん、仲間は大切だよ」
セヴァはそう言うと車のバンドルを握り、アクセルを踏んで車を発進させた。




