第11話 「盗民の教えの伝授」
エデン・イヴの確保に成功した。
後はこれを殺せば俺の仕事は終了だが、さすがにルツの目の前で殺すわけにもいかない。今さらとも思うが。
「おい、立て」
腕を引いてイヴを立たせた。
立ち上がったイヴは鋭い視線をレイダに向けた。
「レイダ…」
「悪いが、お前と話してる余裕はない」
余裕というのは時間のことではない。心の余裕。
一年間、智識や戦い方を教えてきた一番弟子とも言えるような人間に完全に非情になることは難しい。
話していたら情がわいてしまう。
ここに来るときに決心したはずなのにこの期に及んで自分の心の弱さを知った。
「ルツ…」
レイダに向けていた鋭い視線を振り向いてルツに突き刺した。
ルツは地面に座り込みうつむいて地面を眺めるだけで何も反応しない。
「ルツ!!裏切らないって約束したよね!!?」
イヴの叫びを聞き、ルツは痙攣するようにからだをビクッとさせると、地面に向けていた目線をゆっくりとイヴの方に向けた。
「ごめん…イヴ…」
涙を流しながら呟くように言ったが雨音にかき消された。
イヴは視線をさらに鋭くさせ右手を強く握りした。
「僕を裏切るような奴は友達なんかじゃない」
イヴはそのままレイダに腕を引かれてその場を去っていった。
行ってしまった。
これからイヴは前王家の継承者として殺される。
私が裏切らなければ何か変わっていたのかな。
ルツは目で雨を受け止めるように虚ろな目を空に向けてただ放心したように座り込んでいる。
「ねぇ、いつまでそうしてるの?」
後ろを振り返ると桃色のレインコートの女が膝に手を当て腰を低くしながらこちらを見ている。
「私のことは……ほっといてよ…」
「だぁめ、こんなとこいたら風邪ひくよ」
女はルツの手を引いて無理やり立ち上がらせた。
「あなた…誰……」
「私?私はねぇ、さっきの恐い人の使い魔みたいな人だよ。セヴァって呼んでね」
「さっきの…」
父親を殺した奴の仲間と知っても怒る気力もわかないし憎しみもなにも感じない。
「そんな人が……なんで…」
「貴方こそ、なんでこんなところに座り込んでたの?」
「……」
ルツは虚ろな目線を地面に移して黙りこんだ。
「ん…聞かないほうがいいのかな。でもやっぱりここは寒いからさ、移動しよ」
セヴァはルツの右手を掴んで引こうとしたが、ルツはその手を振りはらった。
「も~、そんなとこでふて腐れてて何になるの?無理やりにでも連れて行くよ」
もう一度セヴァは振りはらわれないよう力強くルツの手を掴んでずるずると半ば強引に連れていった。
「レイダぁ、イヴ、寒いなぁ」
イヴの手を引いて急ぎ足で歩くレイダに声をかけても反応がないどころか目すら合わせてくれない。
「お兄ちゃん☆イヴ、死にたくないなぁ」
いい加減声をかけるのがバカらしくなってきた。
イヴは腰に掛けてあるナイフに触れた。
無理やりにでも反応させる。
「やめろ、めんどくさい」
攻撃を仕掛けて反応させるつもりだったがこの人、顔以外にも目が付いてるみたいだ。
ともかく、やっと反応があった。
「レイダ…最後に頼みがあるんだけど」
「……」
結局、反応があるのはさっきだけみたいで以降も前と同じで反応はない。
「この辺でいいか」
そう言うとレイダは掴んでいるイヴの腕を前方に投げ捨てた。
ドテッと前方に転げたイヴは首を振り向かしてキラキラうるうるした目でレイダを見つめた。
「レイダ…本当にお願いだから…最後死ぬ前に…」
「………」
相変わらずレイダはイヴの声を無視し、無言で右の手のひらをイヴに向けた。
「なんでよ!!レイダのバカ!!最後くらい聞いてくれたっていいじゃん!!バカ!!バカ!!!」
イヴの柄にもない感情的な断末魔を聞き、レイダは目線を反らした。
少し考えるような素振りを見せると、ゆっくりと腕を下ろした。
「わかった…言ってみろ」
「とりあえずその濡れた服、脱いで」
少し離れたらところに止めてある車の中、運転席に座っているセヴァが助手席のルツに言った。
「いや…でも…」
「なに照れてるのよ。脱ぐって言ったら脱ぐ!」
ルツの服の裾を掴んでセヴァは半ば強引に服を脱がせると、後部座席に置いてある篭の中からタオルを取り出した。
運転席と助手席の仕切から体を乗り出したセヴァはタオルでルツの顔や頭をやしゃわしゃ乱すように拭いた。
「ねぇ貴方って能力者なんでしょ?」
「だったら…なに…あなたは能力者じゃないでしょ…私のこと馬鹿にしてるんでしょ…」
セヴァは悲しそうで少し不満そうな表情を浮かべるとそれをすぐに笑顔に作りかえた。
「なに言ってるの。むしろその逆。私は能力者にすごく憧れてる。あなた達みたいな強い存在に」
「はぁ…?本当に馬鹿にしてるの?どこが強いの。ただただ世界から嫌われるだけで何もできないだけの存在なのに…」
「ん~、まぁ確かにそうかもしれないけど」
ルツはうつむいて前髪を指に巻き付けている。
全く心を開かないルツにセヴァは思わず頭を押さえてハァとため息をついた。
やばい、レイダの癖が移った。
「それで…なんであなたは私を…?」
「あぁ、それそれ。あなたさぁ、身よりがなくなってどうするのかなって」
「はぁ…?あなた達がころしたんでしょ…」
静かだが深い憎しみを込めたような声をルツは吐き出した。
そのあとルツは魂が抜け出るような深いため息のようなものを吐いた。
「私にはもう…何もない……お父さんもイヴもいない……もう生きてる意味なんてない……生きてたって…イヴを裏切った罪と罪悪感を背負って能力者として生き恥を晒すような人生を送るだけ…」
ルツは両手で頭を抱えながら定まらない目線を斜め下に向けている。
そんなルツの姿を見ると、セヴァは優しくルツを抱き締めた。
雨で濡れた冷たい体に温もりが伝わっていく。
温もりに包まれたルツの目からわ無意識に涙がポロリポロリと流れた。
「あなたにとって父親とイヴはどんな存在?」
ルツの耳元でセヴァが囁いた。
「お父さんはいつも私のことを……私のことを……一番に……一番に……思っててくれて……それで……それで…………う……」
ルツの声はだんだんと涙ぐんでいき、涙で言葉が出なくなっていった。
涙ぐんだルツの声を聞き、セヴァは更に強くルツを抱き締めた。
「それで…イヴは?」
「イヴは……イヴは私の………初恋……で…それで…………それで………イヴと……イヴと一緒に……一緒にいると………楽しくて………それで……う……それで……」
初恋という言葉を自ら出すことに少し驚いたけど、心を開き初めてる証拠か。
「そう……大事な人を亡くしたんだね……辛いよね………でもね、生きてても意味がないなんて言わないで。意味がないなら作ればいい。どんなことでも思えばそれが糧になる。あなたの大切な人達は戻らないけど、あなたの一番大切な人はあなた自身。それは皆同じ。あなたが生きてればそれがあなたの糧になる。」
ルツの腕に力がこもるのを感じた。
しばらく車内はルツの泣き声一色だったが、しばらくするとその泣き声も止んできた。
泣き声が止んだら後もルツはセヴァの胸の中にうずくまっている。
「生きる意味を作ろ。なんでもいい。どんな些細なことでも。」
「なら…なら…」
セヴァの胸にうずくまっていたルツはとたんに顔を上げた。
「いつか…いつか強くなって、お父さんとイヴを殺したあなた達を…殺す」
そう言ったルツの顔は少しの狂気と少しの安心感をいだいたような泣きやみ顔だった。
「だから私に…生き方を教えて」
どこかで聞いたことあるようなセリフだった。
セヴァはニッコリと笑うとルツの頭にポンと手のひらを置いた。
「うん、それでいい」




