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五つ星神社  作者: 小鳥遊椎菜
4/5

第4祈祷者:金原よし子 難易度:★★☆☆☆

<祈祷者情報>

氏名:金原よし子

性別:女性

年齢:82歳

祈願内容:心願成就


1

 人はそのステージごとに、願う願い事の質が変わってくるというのはこれまでもお話ししてきたとおりです。

 今回は、年齢を重ねた、私がとても印象に残った方のお話です。

 金原様は82歳です。娘さんが2人いて、ご自身が亡くなったあとのことをいろいろと心配するようになっていました。

 祈祷申込書には「心願成就」と書かれていました。これまた、面談でいろいろと聞いていかないといけない方だなと思い、面談を始めました。

「ご参拝ご苦労様です。御祈願内容が心願成就とありますが、具体的にどのようなお願いごとなのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい。私はもう82歳になりましてね、もうそろそろ自分が死んだ後のことを考えなくてはならないなと思いましてね。私には娘が2人いましてね、今年50歳と48歳になるんだけど、それぞれの子供が今中学生なんですわ。ほら、中学生とか高校生の子供を育てているときって一番大変なのよ。わかるでしょ?」

―――私もその子供と同じ年齢だから、さっぱりわかりません。って、この人、私のことそんな年老いていると思ってるの!?まだ17なんですけど!

 若干のショックを受けつつも、しっかりしたおばあちゃんだなと思いました。しっかりとした口調で話すし、きちんと耳も聞こえていますし、杖も使わずに歩いていましたから、82歳とは思えないくらいの元気なおばあちゃんでした。

「だから、娘や孫になるべく迷惑をかけたくないと思ってね、それをお願いしに来たんです。」

「つまりは、お子さんたちにご迷惑をかけずになくなりたいと、そういうことでしょうか?」

「そうです。」

「迷惑とは、例えば入院なさらずに、とかですか?」

「それもそうだけど、私の身の回りの始末よ。死に際も含めてね。亡くなった時にね、家が遺品だらけで整理しきれないとかなったら嫌じゃない?だからそういうのを整理してから亡くなりたいの。そのためには自分も最後までしっかりしていないといけないし、認知症とかになってしまったらそういう事もできなくなっちゃう。そうならないために、このお願いを聞いてほしいの。」

「最後まで健康でいたいという事でしょうか?」

「そうね、そうなるのかしら。だけど別に長生きしたいわけじゃないのよ。長生きしすぎてわかいひとたちのじゃまになっちゃあ意味がないの。年寄りっていうのはね、長生きしすぎちゃいけないのよ。わかるかしら?」

「長生きすれば、娘さんも喜ぶのではありませんか?」

「みんなそういうけどね、長生きしていれば体がどこか絶対に不自由になる。そうなれば人の手を借りないといけないことになる。人の手を借りるってことは、それだけ社会に迷惑をかけるってことなのよ。年長者が若い人たちの邪魔になってどうするのよ?ね?」

「なるほど。」

「人間は、健康で生きていけなくなったら、それ以上生きている必要はないの。それは不健康になったらすぐ死なないといけないってわけじゃない。普通に、薬なんかに頼らず、平凡に生きていて、それで病気になってしまったら、それでいいの。命は永遠じゃない。どれだけ健康に暮らしていたって、絶対病気になる。その病気がもう直らないのなら、無理にそれ以上生きていなくてもいいんじゃないかって私は思うの。」

「金原様は、もう十分生きられたと?」

「ええ、そうよ。80歳まで生きられたので十分よ。今は、そうね、神様がくれたおまけみたいな人生かしら。でも、死ぬ前にちゃんと自分の身の回りの整理がしたい。それができれば、いつ死んだってかまわないわ。ここまでの人生、幸せだったもの。体が不自由になることもなく、ボケることもなく、元気な娘も2人もいて、数年前に亡くなった夫も幸せに死んでいったし、孫の顔も見れたし。おいしいものもたくさん食べたわね。これ以上に幸せなことってある?」

「どうでしょうか。私はまだその気持ちがわかりません。」

「そうね。若い時は私もそうだった。その瞬間その瞬間を必死に生きていたわ。まだ死ぬわけにはいかない、まだ死にたくない。あれがしたいこれがしたい。まるで駄々をこねる子供の様に、自分のしたいことを必死に追いかけていたわ。でもね、あなたも年を取ったらわかるわ。もう、自分は十分やりたいことをやったって思える時が来ることを。若い時はそう思わない。そう思わないのが若いことの特権よ。若いうちからそんなことを思ってしまうのは逆に不幸なこと。若い時は、自分の欲望に素直になって、夢中で過ごす。それが、若い時に許されること。でもね、それを支えてくれているのはあなたのご両親だし、社会の大人たちである。若い時はそうやってみんなに散々迷惑をかけるの。たくさんの助けを借りるの。それが当たり前。それがあるから、年を取ったらそのことに感謝できる。そして今度は自分が若い人たちを支える番だって思えるの。それができなくなったら、もうお役御免ね。」

 私は、金原様の言葉がじーんと、染み入るように感じました。学校で散々『ありがとうを大切に』だとか『社会に感謝しましょう』とか言われてきたけれど、こういった言葉をかけてくれる先生は一人もいませんでした。私は、先生からそういわれるたび『ありがとうっていえばいいんでしょ』と思っていました。だけど、学校で行っていた言葉の本当の意味は、こういうことなんじゃないかな、とふと思うのでした。

「ところで、このお婆さんのお願いは叶えてもらえるのかしら?」

「ああ、いま社務所で確認しますね。」

 私は父のいる部屋に行きました。

「あのおばあさん、いいこと言っているじゃないか。」

「学校の道徳の授業で、こういう話が聞きたかったです。」

「ははは。さ、本殿にお通しして。」


2

 金原様を本殿にお通しして、ご祈祷が始まりました。

 金原様は、ご祈祷中、ずっと頭を下げて、手を合わせておりました。

 ご祈祷が終わると、父は金原様にお札をお渡ししました。

「お願い事、きちっと神様にお伝えしました。」

「ありがとう。何か、いっていました?」

「先立たれた旦那さんが寂しがっているといっておりましたよ。来たる時が来たら、旦那さんが迎えに行くとね。」

「そう。あの人、寂しがってたの?」

「はい。だけど家の整理が終わってからじゃないと来れないよね、とも言っていましたよ。そして、家のことを最後まできちっとできなくてごめんなさい、とも言っていました。」

「ありがとう。ほっとしたわ。」

 すると金原様は祭壇の方に向かってこう言っていました。

「家が片付いたと思ったら、迎えに来てくださいね。」


 あの後も金原様はお元気にされています。そして、家で旦那さんがお迎えに来るのを静かに待っているということです。

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