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始まりのサバトの夜  作者: いとむぎあむ
7/12

彼の華麗なる推理劇

 オオカミに襲われた彼、遠藤瑞樹えんどうみずきクンを単独行動させるのは、正直私としては賛同し兼ねたが、私も一応大学教授の身ではあるため、仕方なく別々で情報収集し、明日にそれを報告し合うことにした。

 しかし、何分私はこの国に来て日が浅く、信用できるような人物がそれこそ遠藤クンくらいしかいない状態である。どうしたものか。


「とりあえず、吉澤クンを訪ねてみるか」


 今回の事件の最初の被害者、吉澤峰樹よしざわみねきクン。彼は確か、高校の2年B組の生徒だったはず。だが、私が高校に出向くと悪目立ちするため、ダメもとで昼休みの大学図書室に行ってみようと考えた。

 ならば、それまでの時間、後回しにしようとしていたある人物への接触を試みてみることにする。


 彼女・・は、私がまだイギリスの方で研究をしていた時の協力者であり、日本で唯一のパイプである。そして、“魔女”である。いや、正確には魔女ではないのかもしれないが、本人の自称・・であるため何とも言えない。彼女は私が来日したことを知り、一通のメールを送ってきていた。


『校内のどこかにある、オフィーリアの眠る場所にて待つ』


 まったく。彼女のよくわからない謎かけには、いつも頭を抱える。最初は本当にわからなかったのだ。私にはこういった芸術関連の知識はあまりなく、悩み込んだが、この校内にこんな場所は一つしかない。

 大学敷地の中の、校舎の裏手に当たる場所に、園芸サークルが使っている小さな庭園のような場所が存在する。学生自ら作ったというアーチが目印で、そこを潜らなくてもその向こうに多くの花壇とそこに植えられた花々が咲き誇っているのが見て取れる。その更に奥に、一画だけ丸い花壇のある場所があり、そこに植えてあるのは、これ以上ないというほどに真っ赤なヒナゲシである。その花壇の片隅に、彼女は腰かけて『ハムレット』の本を楽しんでいた。


「有名なオフィーリアの絵の中の赤い花は、ケシなんだって。でも、ケシは育てられないから、代わりにヒナゲシはどうか、てワタシが提案したのよ」

「確かに、まるでオフィーリアの血を吸ったように赤いにヒナゲシだ。まったく、呼び出すならもっとわかりやすい方法で頼むよ、ミス・魚々子ななこ


 困り顔の私に対して、彼女、東城とうじょう魚々子ななこは、悪戯が成功した子どものように、楽しそうな微笑みを浮かべていた。

 東城とうじょう魚々子ななこ。彼女は私たち魔女団カヴンの東洋唯一の協力者であり、“自称”魔女である。今まではずっと手紙やメールだけのやり取りであったため、顔を合わせているのはこれが初めてであった。故に初対面での彼女の印象は、何を置いてもまず先に、“若い”ということだった。


「貴女は随分前から魔女団カヴンに協力してくれているので、てっきり私より年上なのかと思っていたよ」

「ふふ。ワタシはまだ大学1年生よ。予想を裏切ってごめんなさいね」

「では、早速本題に入りましょう、ミス・魚々子」

「その呼び方は年上の教授としては相応しくないわ。ワタシもアナタを教授プロフェッサーと呼ぶからね」

「… 失礼。では、東城クン」


 私が彼女を呼び直すと、魚々子は満足気な笑顔を浮かべてハムレットを閉じた。


「この前のメールでは、“東洋の魔女”のことを訊ねていましたね。なんでしたっけ? “忘却ぼうきゃくの魔女”と“はなの魔女”のことでしたかしら」

「今日はその事ではなく、今この学校内を騒がせている“おおかみの魔女”についての情報を一つでも多く教えてほしい」

「あぁ、あれね。でも残念、ワタシはどうやらその魔女には嫌われているみたいで、一度も会えていないのよ」


 いきなり当てが外れた。私は彼女の前で隠さず、頭を抱えた。彼女なら、東洋にいる魔女すべての情報を握っているのだと、勘違いしていた。彼女にも知らないことがあるとは、これは完全に私の誤算だ。さてさて、どうしたものか。

 項垂れている私の姿に彼女はくすくすと笑ったが、その後の勿体ぶっていた言葉を続けた。


「無駄足でごめんなさね。でも、この件に関しては一つ、有益な情報を持っているのよ」

「何?」

「この事件を解決したいのであれば、“犬”よりも、“遠藤瑞樹えんどうみずき”を追いかけたほうがいいわよ。絶対に(・・・)


 えんどう、みずき? 何故その名をこの魚々子が知っている。いや、そんなことよりも、何故標的である犬もとい、オオカミではなく、瑞樹クンを追え、というのだろうか。さっぱりわからない。確かに彼はオオカミに狙われているようで、彼の傍にいれば必ずオオカミと接触できる。しかし、それだけ(・・・・)である。それが必ずしも、犯人に辿り着くわけでない。ならば、何故彼なのか。



 その後、魚々子がそれ以上のことは一切しゃべらず、時間の押していた私の方が、解散を切り出すことになってしまった。まだ聞きたいことがあったのだが、仕方ない。とりあえず、昼休みも近いことだから、大学の図書室にでも行ってみよう。

 あの騒動以降、図書室に近寄る生徒はおらず、本来自習などに使われていて昼休みも少数だが人がいたというのに、扉を開ければそこは閑散としていた。誰もいない図書室とは、こんなに広く感じるものだろうか。


「吉澤クンがいるかと思ったが、さすが来ないか」


「なんですか?」


 予想が外れた、と肩を竦めた私の無防備な背後で、突然声を掛けられた。突然の呼びかけに、私は動揺して肩が大げさに跳ねた。


「うわっ!?」

「あ、すみません。でも、俺の名前を呼んでいたから、つい声を掛けました」

「あぁ、悪かった。こちらもオーバーリアクションですまない。まさか、本当にここにいるとは」


 ここに来ればもしかしたら会えると、淡い期待ではあったが、本当に会えるとは今日は変なところで運が良い。魚々子(ななこ)のところで収穫があまりなかったから、ここで何か聞ければラッキーだ。


「実は、今回の事件の調査が少し手詰まりで、もう一度君の話を聞こうと思ってね」


 目の前の彼は、既に松葉杖はついてなかったが、左腕と右脚にはまだ包帯が巻かれていた。その様子はまだ痛々しかった。そんな状態なのに、彼は何も感じていないかのように、平然と図書室に足を運んでいた。なんとも、肝の据わった子だな。


「でも、俺あんまり憶えてなくて、それでもいいですか?」

「えぇ。まず、君が事件の時に見ていた、本を見せてもらってもいいかな?」

「はい。ちょっと待っててくださいね」


 私は図書室の椅子に腰かけて、本棚の方へ向かった吉澤クンを待つことにした。彼はどうやらあの時の本の場所を把握しているのか、一瞬で戻って来た。


「これです」


 バスカイル家の犬。単行本くらいの大きさで、表紙も裏表紙も真っ黒で、白地のタイトルが書かれた不気味な本だった。これを手に取った吉澤クンも吉澤クンだ。開けば、少しの挿絵の入ったもので、その中には黒いシルエットのオオカミの挿絵があり、これは今朝教室に現れた黒いオオカミとよく似ていた。


「この挿絵です。このページを読んでいたら、この犬が突然本から黒いもやになって飛び出してきたんです」

「そうか。その後は、君の前には現れていないかい?」

「はい。大丈夫です」


 吉澤クンのところに現れていないとなると、やはりあのオオカミの目的は、瑞樹クンということか。しかし、挿絵の犬は私が見てもピクリとも動かない。あれから学生が立ち入っていないというが、図書室には何の証拠も残っていなかった。無駄足だったか。

 そんなことを思った矢先、私はあることに気づいた。


「… 吉澤クン。君は、あの時どの席に座っていたんだ?」

「席、ですか? えっと、ここです」

「…やはり」


 この昼間の時間帯、窓際にある図書室の机にはすべて日が差しており、机は少し日焼けしている。そんな中、ある一角、吉澤クンの座っていたその場所だけが、外にある大きな木が邪魔して、太陽光を阻害していたのだ。そして、机を離れてしまえば、図書室に光りが当たるところはなく、扉から易々と出て行ける。瑞樹クンを襲った時も、早朝で教室に直接日光は照らされていなかった。

 ずっと疑問だったのだ。あの中庭で何故瑞樹クンにトドメを刺さなかった(・・・・・・・・・・)のかと。あれは刺さなかった(・・・・・・)のではなく、刺せなかった(・・・・・・)のだ。黒いオオカミの弱点は、


「光か…」


 影のように黒いオオカミは、その見た目通り“影”なのだ。狼の魔女は、影をオオカミの形にして操る能力。その能力を隠すために、わざわざ本の中から犬が出てきたように見せかけた(・・・・・)のだ。てっきり、ヤツの能力は、“本の中のオオカミを実体化させて操ること”なのだと勘違いしていた。

 一刻も早く、この事を瑞樹クンに知らせなければ!


「ありがとう、吉澤クン。お陰で事件は解決しそうだよ!」

「…そうですか。 それは、残念です(・・・・)


 最後に彼が、首から下げた小さな赤いお守り袋を握り締めながら、何か言った気がした。しかし、私はその時は瑞樹クンに知らせることで頭がいっぱいで、素通りしてしまった。

 とりあえず彼の教室に向かおう。意気揚々と足を速めた、そのタイミングで私の黒めの灰色スーツのジャケットのポケットに入れっぱなしだったスマート端末が、設定してあるベートーベンの『月光』の着信音を奏でながら震えた。どうやら、タイミング悪く電話がかかってきたようだ。

 仕方なく足を止め、通話画面をタッチする。


「はい、私です」


 端末の向こうからは、画面に表示されていた通り、甲高い声の女性の声が聞こえてきた。この声を私はうんざりするほどよく知っている。


『ハロー! そっちの様子はどう? レイバン君』

「…相変わらずですよ、マトローナさん」

『そう、ならよかったわ。慣れない日本の暮らしに、気が滅入っているのではないか、と心配していたのだけれど。やっぱり、母親が日本人だからかしら?』

義母が(・・・)、ですよ。それより、何の御用ですか? 私はこれでも忙しいんですよ、例の任務の事で」


 この人のこのペースには慣れない。魔女団カヴン本部の屈指の魔女であり、私の先生に当たるこの女性の通称は、マトローナ。通り名(ハンドルネーム)は“くろがねの魔女”である。その名前だけで並の魔女なら裸足で逃げ出すという。確かに恐ろしい女性ではある。


『あぁ、あの“狼の件”か。まだ片付いてないのか? 早く片付けて本題・・の手伝いをしろ。1年半後には本格的に、鉄道なんかを開通させる予定なんだ』

「はぁ。だから無理やりなプロジェクトだって、言ったんですよ。それに、こっちの件だって一般人が巻き込まれているので、すぐには解決しませんよ」

『なんだ? 狼の標的にでも会ったのか?』


 察しが良くて助かります。私は、この2日間にあったすべての事柄を掻い摘んで、マトローナさんに報告した。オオカミのこと、瑞樹クンのことを。

 すると、彼女は少し電話越しに黙り込むと、脇で書類をめくる音を交えながら、話しを始めた。


『狼の狙いは、その少年への逆恨みともいえる復讐か。狼の遭遇した事故についても、魔女団カヴンでは大方把握している。ただ、一つお前の報告内容に“矛盾点”があるぞ』


 どうやら、彼女の手元には魔女団カヴンが収集した事件の資料があるらしい。世界一の情報網を持つ秘密組織・魔女団カヴンは、魔女の発見率の低い日本を特に重要視しており、些細な事件、事故も見逃さず、すべて“特有の方法”で調べ上げ、資料として保管している。私もすべて読んだわけではないが、魔女団カヴン創設時から数十年の間のすべての事件、事故が書き記されていたということだけ憶えている。

 ある特殊・・な方法で調べられたその資料は、一寸の狂いもないという。


「矛盾、ですか?」

『あぁ。実は…』


 その後口にされた言葉は、あまりに衝撃的過ぎて、私は暫く言葉を失った。それは、あまりにも信じられない(・・・・・・)事実だったからだ。


「そうですか。わかりました、もうすぐにでも解決して見せますよ」

『あぁ、頼んだぞ。“三羽計画みはねけいかく”の方も、お前の大事な任務だからな』

「了解です」


 事件の早期解決を催促されながらも、何とか電話を終えることに成功した。

 さて、私はますます彼、遠藤瑞樹えんどうみずきクンに会わなければいけなくなってしまったようだ。


 瑞樹クンを捜して、高校の敷地内をすべて歩いて回ったが、彼の姿を見つけることはできず、気が付けば夕方の下校時刻になっていた。これだけ捜していないとなると、もしかしたらもう帰ってしまった後なのだろうか。

 仕方なく出直そうとしていた私の反対側から走って横切ったのは、高校教師の男性であり、その小太りの腹を揺らしながら慌てた様子で、どこかへ向かっていた。あの表情からすると、ただ事ではない。


「すいません、どうかされましたか?」

「え。あ、あぁ、大学教授の。実は、下校途中のウチの生徒が、金嶺駅のホームから飛び降りたのではないか、という連絡を受けまして!」


 飛び降りた。降りた(・・・)というのならば、自殺か。それならば、先生も焦るはずだ。だが、彼の言い方には少し違和感があった。


ではないか(・・・・・)、というのはどういうことでしょうか?」

「あぁ、いえ。その、実は、その生徒の遺体はどこからも発見されていない(・・・・・・・・)のです」

「え?」

「それだけでなく、駅構内から忽然と姿を消してしまった(・・・・・・・・・)んですよ!」


 飛び降りたように見えた生徒がいたが、遺体は出てこず、尚且つ本人すらも駅から消えた? そんな魔法みたいなこと、ポンポンあってたまるか。 しかし、妙に気になる。


「ちなみに、その生徒は誰かわかったんですか?」

「はい。ホームの下のレールの上に、生徒手帳だけ(・・)落ちていたそうです」

「どこの生徒ですか?」


「名前は確か、2年E組の、遠藤瑞樹えんどうみずき 君」


 彼は消えたのだ。私に、謎だけを残して。瑞樹クンは、果たしてこの事件から退場した(・・・・)のか? それとも、一度舞台の外に降りただけ(・・・・・)なのだろうか?

 何にせよ、私のもとに残ったのは、山積みになった未解決の謎と、その時密かに送られてきていた、瑞樹クンからのメール(・・・・・・・・・・)だけだった。

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