オオカミは誰を憎むのか?
「ねぇ、その男魔女の名前とか、容姿とか、なんか手掛かりとかないの?」
ボクはここまで首を突っ込んでしまったからには、その人、いや魔女捜しを少しでも手伝わなければというよくわからない使命感に駆られて、とりあえずその探し人のことをレイバンに訊いてみる。
「あー。実は、本人に直接会ったことはないんだ」
「えー? じゃあ、名前は?」
「魔女団に所属している魔女は、全員“偽名”か“通り名”を使うから、よく知らない。魔女にとって、真名を知られるのは、命取りだからね」
「 … じゃあ、手掛かりになりそうなものは何一つないの?」
ボクの呆れた表情と声色に、レイバンは少し焦ったのか必死に考えて、一つのことを思い出す。それは、魔女団の中で使われている、通り名のことだ。
「実は、その追っている男魔女は、魔女団の中では、とある名で呼ばれていました。能力故の通り名だと思うのですが」
「どんな呼び名?」
「 … “狼の魔女”」
オオカミ、狼。なるほど、どんな能力かはさっぱりだが、狼が関連しているのはよくわかる。通り名とは、その魔女の能力の内容から連想されるものだろう。ならば、彼は。
「狼か。じゃあ、教授せんせはどんな通り名をお持ちなんでしょうか?」
「 … ヒミツですよ」
うっわぁ、イケメン腹立つわぁ。この、人差し指を口元に当ててウインクする仕草は、イケメンと女の子にしか許されねぇな。イケメン死すべし。
まぁ、それはさておき、それだけの手掛かりで何を探せというのか、この金髪教授様は。
「まずは、そのオオカミの現れた図書室にでも行きますか?」
「そうだね。でも、それは明日にしよう。もう下校時刻だし、遠藤クンがよければ、明日も放課後にこの研究室に来てくれ」
「はぁい。さっさと面倒事は片づけて、ボクは平穏な学校生活に戻りたいですからね。協力しますよ、レイバンせんせ」
そんな約束をした翌日。ボクは昨日と同じく、少し早めに家を出て学校に逸早く到着していた。あぁ、この静けさは素晴らしい。平穏最高。
そんな感じで敬礼したほどのボクは、ヒタ、という小さな音に肩が跳ねた。いや、そんなわけない。ヤツが、ここにいるわけはない。振り返りたくない、振り返るな、振り返ってはいけない。
恐怖で足が竦む。ヒタ、ヒタ、とそれは近づいてくる。
来るな。来るな、来るな。くるな!
真後ろで、犬の唸り声がした。それは昨日聞いたオオカミのによく似ていて、悪寒が走る。
「あ、あ…」
何の言葉もボクの口からは出ない。振り返ってしまえば、ヤツが躊躇なく飛び掛かってくる。そんな気がして、その場から動けなかった。
こんな時、どうしたらいいのだろう。誰か、誰でもいいから来てくれ。そう。そうだ、レイバンせんせ!彼ならこの状況を打開できるはずだ。頼む。奇跡でも何でもいいから、ここに来てくれ!
「助け …、 助けて」
誰に向けてでもなく、呟いたボクだったが、その言葉に対しての返答が何故か真後ろから返ってきたのだ。
『誰モ、助ケテクレナイ。 ミズキ、ミズキ ヲ返セ!』
「え … ?」
その言葉にボクは思わず振り返ってしまった。しかし、すぐに後悔することになる。
真後ろには、やはり黒いオオカミがこちらを恨みがましい瞳で睨みつけていた。しかし、この瞳の色は恨みではない。“憎悪”だ。激しい憎しみが、ボクに向けられていた。明確な殺意の爪が、ボクの身を引き裂こうとしている。
あーあ。ボクの人生、ここで終わりか。ごめんなさい、お母さん。たぶん、約束を破ったから、罰が当たったんだ。
決して平穏から抜け出すな。周りに無関心で無頓着で、自分の命を最優先にして生きろ。
あの時のお母さんの言葉を、ボクは一瞬でも忘れたから、きっと怒っているんだろうな。
あーあ。最悪。さらば我が人生!
ボクが潔く死を受け入れようとしていた時、飛び掛かったオオカミの体が、眩く金色の光に包まれた。これは電気だ。何故こんなことに?
「遠藤クン! 怪我はないか?!」
腰が抜けてその場に座り込んだボクのもとに駆け寄ってきたのは、あの電気の光と同じくらい眩い金髪の、レイバン・キャメロンだった。彼の姿は少しズレているようにも見えて、呆けたボクの冷静は頭は、彼がチューニングしていることに気づいた。
焦った表情のレイバンは、ボクに怪我がないことを確認すると、未だ床に倒れ電撃で痺れているオオカミを強く睨みつけた。
「狼の魔女め。どんな理由かは知らんが、私の恩人に手を出すとは、身の程知らずめ!」
恩人って、まさか切符売り場のことか? 随分と軽い恩だな。そんな大したことはしてないと思うが。
しかし、レイバンさんはびっくりするほど怒っていた。怒り心頭ってやつだ。
「さぁ、お前の主のところへ連れていけ! でないと、ここで焼き殺す!」
怖い。イケメン、怖い。
だけど、オオカミはその脅しに臆することはなく、電撃で少し焦げた体を起こすと、さぁっと、そこから霧状になって消え去った。逃げたのだ。
とりあえず、危機は去ったらしい。ボク、もう心臓がいくつあっても足りない気がする。
「朝から最悪。でも、よくここがわかったね?」
「あぁ。ウィッチの干渉波が感じとれたので、もしや、と思ってきてみれば、君が死にそうになってるので、はっきり言って驚きましたよ」
「ボクも驚いた。てゆうか、さっきのが教授せんせの能力?」
電気がビリビリと走っている様は、金色の光が意思を持って走っているようで、とても綺麗だった。レイバンの髪みたいだった。うわ、ボク気持ち悪ッ。
「えぇ。私の通り名は、雷の魔女。名の通り、電気を操る能力です。私自身も帯電してますので、今はまだ触らない方がいい。漏電しますよ」
「絶対触るもんか」
オオカミの脅威から逃れられたのに、こんなとこが感電死してたまるか。
それより、ボクはあのオオカミが言ったであろう言葉を、思い出していた。あのオオカミを操っている魔女は、ミズキを知っているのか?
「 せんせ。もしかしたら、ボク犯人のこと、知っているかもしない」
それは、ボクのとある過去にまつわることでありまして、ボクはその過去を教授せんせに語ることにした。