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始まりのサバトの夜  作者: いとむぎあむ
3/12

彼は魔女について語る

昼休みのあの事件は、すぐに高校、大学すべてに知れ渡り、状況を目の当たりにしていない先生たちはただの“野犬騒動”として収束させようとしていた。しかし、人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。生徒たちの間では、中庭であったことはすべて語られていた。


 あの事件を目撃し、尚且つそのオオカミに襲われたボクと将也は、他の生徒たちから質問攻めにされ、気づけば放課後になっていた。

 ボクの大事な1日が無駄に浪費されてしまった。不愉快だ。しかも、あんな恐怖を感じたのは初めてで、はっきり言って身がもたない。正直めっちゃ怖かった。もういい、帰ろう。帰って寝れば、こんな馬鹿騒ぎ、すぐになかったことになるはずだ。

 そんなことを机に突っ伏しながら考えていると、ボク以外いない教室に、一人の男が訪ねてきた。あまり会いたくない人物。


「2年E組、遠藤瑞樹えんどうみずきクンは、いるかい?」

「… 見えてるくせに訊かないでください、キャメロン教授」

「名前の方で呼ぶといい。今、いいかな?」


 正直断りたい。なんか、面倒事に巻き込まれそうな予感だと、ボクのあるかわからない第六感が囁いている。あ、これってちょっと中二病っぽいかも。


「なんの御用ですか? レイバンさん」

「昼間のオオカミの件で」


 出た。やっぱりそうだ。だってこの人、あの中庭でボクのこと見てたもん。何なんだよ、ボクは関係ないよ。だって、あのオオカミに襲われた理由だって、特に検討付かないし。ボク、そもそも犬好きだし。

 だが仕方なし。噂のイケメン教授の頼みだ、無下にしたら後で先輩たちに何を言われるか。ボクは早々に彼の要件の終えて帰ろうと考えて、彼の言う通りに大学校舎に足を踏み入れ、レイバン・キャメロンの魔術学の研究室にやって来た。

 そこは元はただの物置部屋として使われていたようで、床はまだ埃をかぶっている。唯一キレイなのは、今日置かれたであろうテーブルとパイプ椅子だけ。そして、そのパイプ椅子には、一人の男子生徒が座っていた。


「あ、こんにちは」


 左腕と右脚に包帯を巻き、座った椅子の傍に松葉杖を立てかけている、眼鏡の青年。ボクと同じく、高校の方の生徒らしい。顔は見たことないけど。


「誰?」

「昼の事件の唯一の怪我人の生徒です。彼の証言では、読んでいた本から突然、オオカミが飛び出してきて、左腕と右脚をオオカミに咬まれたそうです」

「本から? どんな本だったんですか」

「ありきたりなものです。シャーロック・ホームズシリーズの、“バスカヴィル家の犬”だったそうです」


 犬。その単語を聞いた時、ボクも被害者の彼も、ビクッと肩が跳ねた。今犬と言われて思い浮かぶのは、あの黒い奴だけだ。あの恨みがましい瞳は何だったのだろうか。


「その本の中の犬が、現実に出てきた、と?」

「断定はできないが、状況から見ればそうだな。実に面白い能力だ。どんな形状の“ファミリア”を使っているのか、どんな“チューニング”をしているのか、聞いてみたものだ」

「ふぁみりあ? ちゅーにんぐ? 教授せんせ、ボクにもわかるようにお願いします」


 専門用語を一人でペラペラとしゃべらないで欲しい。こっちはさっぱり頭が追い付かない。椅子に座った男子生徒の方も、首を傾げていた。


「まぁ、この話は今度にしよう。それより、昼間の事件のことをもっと詳しく頼む」

「あ、はい。えっと、今日は、先生の許可を貰って、大学の方の図書室に行って本を探していたんです」


 怪我をした青年、2年B組の吉澤峰樹よしざわみねきは、大学の図書室でお気に入りのシャーロック・ホームズシリーズを静かに読んでいたという。いつものように窓辺のすぐ近くの席で読書をしていると、開いていたバスカヴィル家の犬の本から、黒い霧のようなものが突然漏れ出し、それが形を作り出したのだ。その霧はオオカミの形となり、牙を剥き出して吉澤の左腕と右脚に咬み付いたのだ。吉澤が痛みで倒れ込むと、オオカミは興味が逸れて図書室から走って逃げ出したのだ。

 吉澤の事の顛末はこうである。確かに、聞けば聞くほど魔法のような出来事である。


「なるほど、その時近くに誰かいなかったか?」

「 … いなかったと思います。あの時間は人が少ないから」

「そうか。ご協力感謝する、吉澤クン。引き留めてすまなかった」


 吉澤への用事は終わったのか、レイバンさんは彼を先に帰らせて、ボクと彼だけ残された。どうやら、ボクへの用事は終わっていないようだ。


「さて、遠藤クン。次は君だ」

「ボクを聴取しても、何もわかりませんよ」

「では君は、何故自分が襲われたのかわからない、と?」


 身に覚えがない。まったく。ボクは勿論わからないため、何度も頷いた。彼は少し悩むように顎に手を当てた。彼は、あのオオカミはボクを狙っていたのだと考えている。では、何故?


「ねぇ、さっきのちゅーにんぐ、とか、ふぁみりあ、とかって何?」

「あぁ、魔術学の魔女の用語だよ」

「魔女 … 」


 彼は中庭でもそんなことを呟いていた。魔術師と魔女、何が違うのか。ボクは少し、彼の魔術学というものに興味が沸いた。


「魔女って、あの魔女?」

「どの魔女だ」

「ホウキで空飛ぶ魔女」

「あぁ。あれは、万人向けに創作された魔女のイメージだ。親しみやすい悪役だろ」


 なるほど、魔女のその定着したイメージは“本物の魔女”を知っている人たちが創った創作物だったわけか。なら、本物の魔女とは、どういったものなのか。


「じゃあ、魔術学においての魔女ってどんななの?」

「魔女、と呼称されていても女だけじゃないんだぞ。我々の概念において、魔女とは今でいう、超能力者という存在に近い」

「ちょ、超能力者?」

「“特有の能力を有し、ウィッチの次元に干渉する者達”の総称が魔女だ。魔女はこの世界の写しであると言われている隣り合わせの別次元、“ウィッチ”に干渉すればそこだけで使える能力を一時的に使えるようになる。その時に使うのが、“ファミリア”という機械だ。大体は時計の形をしていて、針を動かすための竜頭りゅうずを回してウィッチの次元に合わせる。これを“チューニング”と言う。チューニングの規模は様々だ。自分だけをウィッチに合わせることもできるし、部屋全体を合わせることも出来る。試しにやってみるか?」


 長々とした説明を終えて彼はそう言うと、黒スーツのズボンのポケットから、金色の懐中時計を取り出した。蓋には猫の模様が浮かび上がっていて少しかわいい。懐中時計の蓋を開くと、その針は今の時刻とはまったく違った時間を差していた。止まっているのだろうか?


「この針の位置は、今の場所とウィッチとの次元の距離を測っているんだ。今は、1:55か。そこまで遠くないな。さて、動くなよ、遠藤クン」

「え ?」


 そう言って彼が懐中時計の竜頭を回した瞬間、身体全身がざわついた。今までに感じたことのない生温くも、少し冷たい風に、全身が包まれた。レイバンの後ろの景色も、まるで映りの悪いテレビの画面のように映った。やがて、景色もクリアになり、変な悪寒も消えた。


「 ? 何か変わった?」

「あぁ、もう私たちはウィッチの次元の“研究室”に移っている」


 ボクがキョロキョロと周りの状況を観察していると、廊下から2人分の足音が響き、突然研究室の扉が開いた。ボクたちの前に現れたのは、私服の可愛い女子大生の2人組だった。


「レイバンせんせ、いらっしゃいますか?」

「あれぇ? いないよ?」

「おかしいなぁ。折角、せんせの話、聞こうと思ったのに」

「仕方ないよ。ほら、もう帰ろう」


 女子大生は目の前のボクたちに気づかず、そのまま研究室から立ち去ってしまった。目の前にいたというのに、何故ボクたちを無視したのか。いや、気づかなかったのは何故か。


「なんでボクたちに気づかなかったの?」

「私たちは彼女たちのいる次元には、今いないからだよ。私たちからは彼女たちは見えても、ウィッチの次元にいる私たちの存在は、彼女たちには認知できないんだよ」

「成程、世界が違うのが一緒か。じゃあ、この状態の魔女なら、能力が使えるってこと?」

「飲み込みが早いな。そうだ、私もここなら能力を使えるが、任務以外の用途での使用は、カヴンで禁止されているからな」


 かぶん? また訳のわからん単語が出てきた。頼むから説明してくれ。


「かぶん、て何?」

「イギリスの秘密結社、のようなもの。魔女と、彼らの研究をする専門家たちの集う組織のことだ。それが通称“魔女団カヴン”。ここに所属している魔女には、人間世界に溶け込むための厳しい規則ルールがあってね。私も、今回は魔女団カヴンの任務で来ているから、一応ある一定の条件下であれば能力の使用許可が下りているんだがな」

「さっきも任務って言ってたけど、それ何?」


 聞けば、彼は少し話すのを躊躇ったが、協力している手前、彼も事情を説明することにしたらしい。


「私は、魔女団カヴンの中でも、外の世界で活動する、いわばエージェントのような立場でね。規則ルール破ったり、失踪した魔女の捜索と捕縛、他にもまだ確認されていない魔女の探索なんかも私の仕事なんですよ」

「ふーん。で、今回はどんな任務内容で来たの?」


 レイバンさんはチューニングを直しながら、ボクの質問に答えた。


「殺人計画の容疑の掛かっている、男の魔女、“男魔女ウォーロック”の捜索と、連行が今回の私の任務です」


 結構責任重大そうな任務だった。こんなことに、ボクは一体どれくらい助力できるのだろうか。

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