語る七死と、聴く花
金嶺大学のすぐ近くの行きつけの喫茶店の横の路地を奥に進むと、ボクの贔屓にしてる“隠れ花屋”がひっそりと営業している。この店に来るのは、かれこれ2年ぶりである。この花屋には季節感関係なくあらゆる花が売られており、ボクにとってそこは重要である。
この路地を歩く人間はボクしかおらず、余計に響く足音で、店の奥から花束を抱えながら黒ぶち眼鏡をかけた、クリーム色の垂れ目の優しげな青年が顔を出した。
「いらっしゃい。おや? 久し振りだね、瑞樹」
「かなり久し振りですね、鵜川紫乃さん」
男の名前は、鵜川紫乃。この花屋を一人で経営している、ボクの遠い親戚の1人。そこそこ美形なんだけど、こんな怪しい花屋を経営しているせいなのか、今年30歳にして未婚な上に彼女はいない。なんと勿体ないことだ。
「今日はどうしたの? 何か相談事?」
「いやいや、花屋に来たんだから、目的は明白でしょ?」
花を買いに来たのだ、ボクは。他に用などあるものか。紫乃兄さんは良い人だけど、制服姿でここに長居するのは、あまり良くない。変な噂立てられても困るし。
でも、兄さんはボクが花を買いに来たことについて物凄く驚いていた。
「珍しい。君が花を使うのは、2年ぶりかな?」
「そうですね。今回は少し多めに使ったんで、補充しとかないと」
「何をお望みで?」
「雷避けの“薊”と、防御壁の“ピラカンサ”を10本ずつお願いします」
「雷避けの? 珍しいもの使ったね」
この雷避けは、レイバンさんの雷使った。ちょっとね、と続けようとしたが、背後の気配のない人物の言葉によって遮られた。
「流石は“花の魔女”の遠藤少年。“花言葉や花にまつわる伝承を能力に変える”能力とは、ホントにすごいよね。チートだよね!」
そこにいたのは、平然とボクの前に現れたいつもの笑みを浮かべた、東城魚々子先輩だった。服装は至って普通の女子大生なのに、どうしてこの人はこんなにも不気味なのだろうか。こんなに綺麗なのが、どうしてこんなに恐いのだろう。
「アナタ、失踪したって聞きましたけど?」
「ワタシはどこにも行ってないよ? 君達に見つからないようにしてるだけ」
「それを失踪と言うのでは。まぁ、いいです。で、何か御用ですか?」
予想通りのボクの返答に満足して、魚々子先輩はその場所でクルクルと周りながら楽しそうに話し始めた。その行動に意味はあるのだろうか。ボクの傍にいる紫乃兄さんも怪訝そうな顔で見てるし。いや、この人に意味を問うても無意味しかわからないだろう。
「遠藤少年、あの雷に三羽市の計画に誘われたみたいだね。良いことだ、乗ると良い。そして、あの魔物の集まる都市に行けばいい」
「魔物が、集まる?」
「そう。君はワタシだけじゃなくて、これから集まる彼等のことを注意したほうがいいよ。あそこは大舞台だからね」
そうか。この人のこういう所は、本当に読めない。この人はまるで良い人のように、ボクに忠告しにきたんだ。自分もその要注意人物の1人だというのに。全部、この人の手のひらで踊らされてるようで、気持ち悪い。
「まぁ、それだけなんだけどね。君、ただでさえチートなんだから、気を付けるようにね。君の能力を狙う輩は多いから」
キュッと彼女は回転をやめると、ニコニコしながらそれだけ伝えて、路地から明るい表通りに向かって歩き出した。その背中を追って捕まえることは容易だった。でも、ボクはここではその考えに至らなかった。何故か、今でもよくわからない。
ボクは紫乃兄さんと顔を見合わせ、ニッコリ笑って空気を変えることにする。兄さんに変に心配をかけるわけにはいかない。大体、兄さんが心配すると、必然的に“お父さん”が出てくるから困る。
「紫乃兄さん、お会計」
「あぁ、そうだね。瑞樹、あんまり無茶しないようにね。じゃないと、雅樹さんに言いつけるよ?」
「わー、爽やかに脅さないでくださいよ」
やっぱりこの人も遠藤の血筋の人か。怖いな。この爽やか笑顔で脅されたら、ボクでも従うしかないわぁ。
「大丈夫ですよ。ボク、平穏無事な生活を望んでいるので」
「そう願ってるよ、瑞樹。はい、お花ね」
「ありがとうございます。じゃあ、また連絡しますね」
ボクが花束の入ったビニール袋を両手に抱えて、路地を出ようとしたボクの背後で、紫乃兄さんが何か言った気がしたが、今日はとりあえずスルーした。
「三羽市か…。店舗、移動しようかな」




