彼ら2人の後日談
これは、ボクとレイバンさんの後日談。
ボクのことをまた最初から説明します。ボクは、金嶺大附属高校2年生の遠藤瑞樹。付け加えれば、“東洋の魔女”の中でも希少中の希少の存在、“花の魔女”でもある。そう。これは、最初から、魔女たちだけの物語であったのだ。
「よく気づきましたね。どこで、ボクが魔女だと気づいたんですか? レイバンさん」
あの事件の後、ボクとレイバンさんは昼の休み時間を、大学の外の小さな喫茶店で過ごしていた。積もる話もあるわけで、人が少なく、尚且つ落ち着いて話せる場所として、馴染み客であるボクが、このレトロで雰囲気の気に入っている喫茶店『イチョウの森』を提案した。この時間帯ならば、学生客も少なく、今ボクたちの座っている一番隅の席以外に客はいない。だから、ボクは席に着いて早々、この店のマスターが運んできてくれた紅茶に口をつけながら、単刀直入に訊いた。
「ボク、貴方に魔女だって、言ってませんよ」
「いや。そのことなんだが、実は出会った時から気づいてはいたんだ」
「え」
予想外の発言を彼はさらり、と口にした。そんなに早くバレていたとは。そんな素振り、まったく見せなかったくせに。
「なんでですか?」
「だって君、基本身体がウィッチの次元に干渉している状態だから、次元の波ですぐにわかるんだよ。そんな状態の魔女は、あまり見たことがない」
「あぁ。これは、ボクが“母さん”から創られた存在だからですよ」
順を追って、ボクは彼に事の顛末を包み隠さず、すべて説明した。
事の発端は、やはり6年前の事故である。あの時、車の中にいた親友の吉澤拓哉は既に打ちどころが悪く即死。運転席の母親も虫の息だった。あの状況でまともに意識があったのは、後部座席にいた、少女の遠藤瑞樹だけだった。彼女は実はいうと、事故に合う以前から、自分が普通の人間ではなく、“魔女”と呼ばれる異端の存在であることを知っていた。それは、彼女が元々保有していた、“数多の記憶”からもたらされた情報だった。自分ももう間もなく死ぬ。それがわかっていた彼女は、いつも持ち歩いていた、“赤いお守り袋”の中に密かにしまっていた“赤い実”を取り出して、車の外に投げた。
それが、ボク。ボクは“母さん”である、本物の遠藤瑞樹によって生み出された、代わりの“遠藤瑞樹”である。
「そう、それこそが、花の魔女の特性です」
「特性?」
「はい。花の魔女が、今までどの文献にも明確な事が記されなかったのは、その代の花の魔女が死の間際に、“次の代の後継者を分身として生んでいたから”なんですよ」
「で、では、君は…!?」
「ボクは、性別以外はほぼ完璧な、遠藤瑞樹のコピーです」
花の魔女の特性の一つ。それは、自らの死を悟られないため、もしくは自分たちの存在を認知させないための能力。母さんである遠藤瑞樹は、それを無意識に行った。そして、最期にボクに遺言を残した。
『平穏無事で、魔女だと悟られないように、すべてにおいて“無関心”を装え』と。
ボクは生み出された者として、母さんの遺言を忠実に守って来た。しかし、そんな時、ボクは拓哉の存在を知ってしまった。
あの事故の時に覚醒してしまった拓哉の魔女の能力は、彼自身を“オオカミ”の影の存在に変えることで彼を数年生き永らえさせた。そして、彼は影を伝いながら、ボクをずっと追いかけてきた。ボクへの復讐心だけで、拓哉はずっと今まで生きていた。だからボクは、その残りの時間を、たっぷり付き合ってやろうと思った。
「けど、貴方がかの有名な魔女団から派遣されてきてしまったわけで、仕方なく対処するルートに移行したわけです」
「つまり、私のせいだと…?」
「別に含みはない。拓哉はボクの方で始末をつけようとは思っていたんだ。それが早まっただけ」
きっと彼があそこまで復讐心に捕らわれたのは、“母さん”のことが本気で好きだったからだろう。しかし、それだけではなく、彷徨う内に彼は自らの家族のその後も知ってしまったからだろう。
吉澤拓哉の家はウチと同じく普通の家庭だった。故に、一人息子を事故で早くに亡くす、という突然の出来事に、平常でいられるはずはなかった。彼は彷徨いながら、拓哉は自分の家に戻ったのか、よくは知らないが、知ったのだ。自分の両親が既に自殺していたことを。
「ボクが知ったのは、事故のすぐ後でした。拓哉の両親は、“母さん”から見ても、かなり溺愛しているようでしたから。故に、その一人息子が不慮の事故で死んだわけだから、両親はもう懸命に生きる意味がなくったんだろう。そのことを何かのきっかけで知った拓哉はついに、壊れたんだと思うよ」
「吉澤クンは何故、自分が死んでることを知らなかったんだ?」
「たぶん、それは復讐するには不必要な記憶だから、自分で消したんだと思う。自分のこと、家族のこと、すべて」
ボクが知っていることはこれがすべて。次は、レイバンさんに語ってもらう番だ。
「さて、ボクにこんなに喋らせたんです。次は、レイバンさんの番ですよ」
「私は、君に何を語ればいい?」
まずは、魔女団についての事である。
「アナタたちが、何故拓哉のことを知り得、尚且つ追っていたのか。ボクは、魔女団の存在自体は耳にしたことはありましたが、この行動理念や活動目的については何一つ知らないので」
「あぁ、そうでしたね」
彼は何となく納得すると、チョコレートパフェを摘まむスプーンを紙ナプキンの上に置くと、長く話す態勢になる。良い体格した男の前にパフェって、何か変。
「魔女団では、所属していない魔女の情報をあらゆる国の情報網を使って、密かに収集しています。その過程で、日本に潜入している“構成員”によって、“狼の魔女”と呼称される魔女の存在を知りました。その時、強い殺意と憎悪を感じ、“狼の魔女は誰かを殺そうとしている”のだろうという疑いが浮上し、魔女団の上層部の、私の上司が私をこの日本に派遣しました。本当は、別の本題があったんですけど、そのついでに、解決しようと思いまして」
彼はもう一度パフェを一口摘まむと、その続きを語りだす。あ、左頬にクリームついてる。
「我々魔女団は、世界中の魔女たちの身柄を保護し、社会に溶け込むように助力することが目的であり、表社会で犯罪、ましてや殺人を犯そうとする者は、迅速に捕縛して本部に拘束するのを絶対としています。その大勢の魔女たちの中には、君も含まれていますよ、瑞樹クン」
「ボクはいいですよ。今まで通り、平凡で当たり障りのない日常を過ごしますから。寿命が縮む思いは、もうこりごりです」
ボクはそう言って、薄い笑みを浮かべて肩を竦めた。
しかし、彼はその答えを予想していたのか、まだ微笑みを浮かべたまま、パフェを噛みしめながら、彼は続けた。
「あと、実は相談なんですが。私はこの件が片付いたので、もう一つの任務の方に向かおうと思うんですが、瑞樹クンに手伝ってもらえると助かるんですが」
「もう一つの任務?」
「瑞樹クンは、都内で現在進行されている“新都市計画”のことはご存知ですか?」
“新都市計画”。都内に増えすぎた人口を散らすことと、人工島を建設する計画を同時に行うために立てられた計画のこと。現在、都内の湾内に人工島を埋め立て中であるという。でも、ボクはあまり詳しくない。
「それがどうしたんですか?」
「今造られている新都市は、“三羽市”といって、裏では魔女団と合同で建設される予定で、本部はその三羽市に、魔女団の支部を創るつもりです。その手伝いを頼みたい」
「… 面白そうではありますが、ボクには無理ですよ?」
「いや。君が必要だ。何故なら、彼女の尻尾を捕まえるのに、君なら顔見知りだからね」
「彼女?」
「東城魚々子です」
驚いた。危うく手に持ったコーヒーカップを手から取りこぼしそうになった。先輩とレイバンさんは、何かしら関係があるとは予想していたが、先輩がどうしたというのか。
「魚々子先輩がどうかしたんですか?」
「昨日、夕方に会って以降、あの大学から忽然と姿を消したのだよ。魔女団の方でもまったく行方がわからなくなっている」
「なるほど。それで、何か企んでいるのではないか、ということですか。まぁ、あの人はそういう人ですからね、無理もない」
東城魚々子という人物は、ボクより“黒幕”のニオイがする人だ。裏で何を仕出かすか、ボクではまったく理解も出来ない。
そして、その理由であるならば、話しは別だ。
「… いいでしょう。協力しますよ、レイバンさん」
「ありがとう助かるよ。三羽市の一般住居解放は2年後になる。君には、三羽市に創設される予定の、魔術学部のある、“三羽大学”の方に推薦で入れるようにしておくよ」
「ありがとうございます。なら、ボクは今のうちに、短い平穏な生活を満喫しますよ」
話は終わって、ボクたちはその店を出ようと準備を始めた。でも、その時にボクはあることを思い出した。
「あ」
「ん? どうしたんだ」
「忘れてました。レイバンさん、最初にボクが名乗った時、少し驚いてましたよね? なんでですか?」
あの最初の出会い。ボクは大学の門の前で名前を名乗った。その時のあの驚いた顔はなんだったのか、今になって気になった。それだけだ。
「あぁ。あれは、魔女なのに、随分と正直に本名を明かすのだな、と思っただけだよ。基本、魔女は“偽名”しか名乗らないからね。それだけさ」
あぁ、なるほど。ならば、アナタのレイバン・キャメロンも偽名なんですか? と聞きそうになって、やめた。愚問だからだ。
これが、ボクたちの後日談。




