ボクの秘密
「ここなら大丈夫そうだ」
老人は荷物を下ろし、切り株に腰掛ける。リーコンもそれに倣う。
「木の葉が天然のカーテンを作ってくれているし、君たち二人が寝る分には申し分ないスペースもある。完璧とは程遠いけど、今はこれで十分だね」
リマが笑みを浮かべて言う。そんな彼女に、老人から質問があった。
「リマとか言ったか。お前……さっきの唄は……?」
リーコンも、老人と同じことを疑問に思っていた。この唄は、フロンティアでも最大の山と、その麓近辺をを丸ごと領地とする国、スロールに伝わるもののはずだ。スロールに多く住むダスバと呼ばれる者たちは、皆自分たちのことを話したがらない質であり、またかなり排他的な国でもある。
リーコンは任務で一度スロールに向かい、そこで子供がこの唄を口ずさんでいるのを耳にしたことがあった。老人に関しては……、よく分からない。スロール人としては鼻が高いし、顔の彫りが深い。典型的な、エルンバル人の顔だ。
「ボクは何でも知ってるよ。なんたって、マーディの遣いだからね」
そう言えば、ジギグと戦う前にそんなことを言っていたな、とリーコンは思い出す。
突然現れ、リーコンたちに加勢した謎の少女。そろそろ彼女が何者で、何が目的なのかを問い出さなければ。
「マーディの遣いとは何だ?」
「それを訊く前に、マーディが何であるかを知っておくほうが良いんじゃないかな?」
確かにその通りだ、と頷き返す。するとリマはにこりと笑い、話し出す。
「マーディと言うのは秘境なんかじゃない。本当は神様なんだ」
「何だと……?」
老人はかなり驚いている様子だ。それはリーコンも同じで、早く先を話すよう、リマを急かす。
「君たちには理解できない、気の遠くなるほど昔のことだよ。一日目、マーディは最初にこの世界を創り上げた。二日目に、君たちの祖先である人間を。いや……正確には違うかな。君たちはマーディの民を知っているかい?」
リーコンと老人は、二人して首を横に振る。
「いや、知らないな」
「やっぱりそうか……。そのマーディの民こそが、君たちの祖先。そしてボクもマーディの民の生き残りなんだ」
「生き残り、だと?」
「そう。しかも最後のね。マーディの民は自分たちの里に住んでいた。それがどういうわけか、勝手に君たちに秘境とされているんだよ」
つまりマーディと言うのは、女神であって秘境ではなかったのだ。しかもマーディの民に、マーディの里と、これまでのマーディに対する概念を根本から覆すような単語が出てきた。おまけに、今目の前でその事実を述べている少女が、マーディの民の生き残りと名乗り、リーコンも老人も頭が混乱してくる。
「それで? 結局のところ、お前の目的……」
そう言いかけて、リーコンは言葉を詰まらせる。
女神であるマーディの遣いである彼女に、彼女自身の目的を訊くのはおかしい。だからリーコンはこう言い直す。
「いや、マーディは何の目的で、お前を俺たちに近づけたんだ?」
そう問うと、微笑みを浮かべていたリマの表情が険しいものになる。
「それについて、今から話そうと思ってたんだ。君たちは、マーディルがどこからやってくるのか、わかるかい?」
マーディがこの世界を創り上げた女神なのなら、この世界を構成し、維持するマーディルも、マーディが生み出しているのではないか。 彼女の話を聞いたリーコンはそう思った。
「マーディが生み出してるんじゃないのか?」
「まあ、半分正解かな。本当はね、ボクが住んでた里がマーディルを生み出しているんだ。君たちが消費する分だけ、里が生み出す。それがどういう意味か、分かるよね?」
老人がため息をつく。リーコンも、なんとなく居心地が悪くなった。
今日始まった戦争には、多くの人間とその人間が運用する兵器が使われている。そして、多くの兵器は、例えば大砲なんかはマーディルを使うことによって、従来の威力を底上げしたり、大砲の弾に魔法を付加することだってできる。
他にも使い道は様々だが、簡潔に言い表せば、もはやフロンティアでの生活には欠かせないものだ。
そのマーディルが、戦争で一気に消費されている。そして、マーディの里のマーディルは、フロンティアの生物が使い込むほど作り出され、そして減っていく。
「このフロンティアで大規模な戦争が起きてるよね。そのせいで、ボクたちの里が危機に瀕しているんだ」
「それで、里が滅亡するということは、この世界にマーディルが供給されることがなくなるということか……」
リーコンが呟くのを聞いて、リマは頷く。だんだん話が読めてきた。
「だから自分の里を救ってほしい、と言う訳か。なるほど」
ようやくリマが、自分たちに接触してきた理由が分かった。
「なるほど」と言うように、リーコンは腕組みをして何度か頷く。
「君たちになら、ボクたちだけじゃない、世界だって救える」
「それもマーディ様のお告げか?」
老人が嫌味っぽく言う。しかしリマは機嫌を損ねることはなく、それを肯定した。
「そうさ、マーディは何でも知ってる。いつも君たちを見ているよ。さてこんなものかな」
リーコンと老人は空を見上げる。さっきまで見えていた星々は暗い雲に覆われ、もう見えなくなっていた。
風に乗って、遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。戦火から逃れようという思いを持つのは、必ずしも人間だけではないのだ。