虚勢は絶対的な力を前に砕け散る
リマに助け出されたリーコンは、倒れる巨体と共に地面に叩き付けられることを避けることはできたが、とても動ける身体ではなかった。
「大丈夫。ボクが治してあげる」
リマが腕に触れてくる。幸い怪我を負ったのは右腕だけだ。自分の身体の頑強さと、マーディの加護に感謝せねば。
ところで、老人はどこに行ったのだろうか。リーコンはそう思い、辺りを見回す。
「こっちだ!」
チャロストがこちらに駆けよってくる。どうやら無事なようだ。それがわかり、ほっとする。
「ジギグ……とか言ったな。こいつは死んだのか?」
チャロストが、倒れたままのジギグに近づく。それをリマが制す。
「近付いちゃダメ。こいつはまだ生きてる。死んだふりをして、ボクたちを捕まえるつもりだ」
リマが言い終わるや否や、ジギグの巨体が突然動き出した。
「バレちゃあしょうがないなぁ!!!」
そう言いながら起き上がる。やはり人間程度の力では、この怪物にダメージを与えることは不可能なのか?
その時、リーコンの脳裏に、一つの考えがよぎった。それを実行すべく、リーコンは二人に呼び掛ける。
「この状況じゃあ俺たちが不利だ! だが打開策はある」
「何だと?」
突然だった。リーコンは、元来た道を走り出した。反応が遅れたリマとチャロストも、彼の後を追う。
「待てぇ!!! 逃げるなぁぁぁ!!!」
憤慨するジギグが叫ぶように、リーコンたちは逃げに徹することにした。それもただ無意味に逃げるのではない、戦略的撤退だ。何故なら、
「この先は……まさか!」
チャロストが呟く。そのまさかである。
「全隊突撃ぃぃぃ!!!」
兵士の怒号と、大量に走る、馬の足音が聞こえた。騎馬隊が向かうその先には……。
「さっきの巨人か!」
リーコンたちが戦っている間、リシアス軍の騎馬隊と巨人の戦闘は、まだ続いていたのだ。
数の差で上回るリシアス軍を、圧倒的な力で蹂躙する巨人。そんな彼になら、今も後を追ってきているジギグをどうにかできるかもしれない。リーコンはそう思ったのだ。
「化け物め!」
自分も充分に化け物と言える姿をしているにも関わらず、ジギグは巨人に向けて啖呵を切る。それを意に介さず、騎馬隊に攻撃を続ける巨人。しかしジギグの攻撃を腕に受けると、目標を切り替え、一直線にジギグのほうに歩いていく。そして足を振り上げ、ジギグを踏み潰した。その光景は、あっけからんとしたものだった。
「随分とあっけない終わりだったな」
老人は誰に言うでもなく、ただそう言った。リーコンはリマのほうを見るが、彼女は感情などないかのような無表情で、戦う騎馬隊と巨人の両方を見つめていた。
「いつまで経っても変わらない……」
「何か言ったか?」
リマが何かを呟いたので、リーコンはそれを訊き返す。するとリマは慌てたようにこちらに振り向いた。
「いや、何でもないよ。それよりも、早く逃げたほうがいいんじゃないかな? このままだと巻き込まれちゃうよ」
騎馬隊の幾つかがこちらへと近づいてきていた。それを、逃がさん、と言わんばかりに追ってくる巨人。リマの言うように、このままここにいれば巻き込まれてしまうだろう。
「そうだな。ひとまず森の中に逃げ込もう」
そうして、リーコンたちは再び森に向かって走り出した。
ジギグと言うリーダーが消えた以上、その部下のトロール達も統率が取れず、もう追ってくることはないだろう。
事実、それは正しかった。道中トロールと遭遇することはあっても、彼らはすぐに逃げていってしまった。指揮を執るものがいなくなったからだろうか。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。日が沈むまでに、安全な寝床を確保しなければならないからだ。
「夜の森には魔物が棲んでいる」
老人が言うとおりだ。このフロンティアの森は、日が出ているときと沈んでいる時で、全く別の姿を見せる。
「天の恵みが降り注ぐ中、サリーは森へと逃げ込んだ。森はサリーを歓迎し、極楽の中へと連れてった」
リマが韻を踏んだ唄を口ずさむ。それを聞いた二人は顔を見合わせる。
「けれど空見てびっくりだ。血に針、毒液降ってきた。サリーは溶かされ死んでった……」
「何故お前がそれを知ってる?」
リーコンが問うと、リマは悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「さあ? 何故でしょう」
答える気はなさそうだ。
「ふん……まあいい。とっとと進もう」
そう言ってリーコンは歩き出した。そのすぐ隣に、付き従うようにリマが。そのすぐ後ろに老人が続く。