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マーディの導き  作者: ハヌア
第三章 邪悪なる者達
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生を喰らう怪物

 ピュアの灯火の魔法だけを頼りに、三人は闇に包まれた坂道を下りていく。ここを進み始めてからどれだけ時間が経ったのかは定かではないが、先に進むにつれて変化が訪れる。

 最初に気づいたのは、死臭だった。進むことをためらいそうになるほどの濃厚な死の臭いが鼻をつく。

 次いで、闇の奥から微かに声が聞こえてくる。それも一人や二人ではなく、大勢の苦悶に満ちた声だ。リーコンはこの先にまだ生きている者の気配を感じた。


「この先に誰かいるぞ」


 自然と三人は早足になる。坂を下り切った先には細い通路があった。そこを抜けると、三人が閉じ込められたものと同じ牢屋が現れた。暗くて中は見えないが、灯火を近づければ照らし出すことができる。


「助けてくれ!」


 光の中に男の顔が浮かび上がる。突然のことに三人は驚くが、気配の正体は彼だということに気づく。


「お前は? 何故ここに閉じ込められている?」


「助けてくれ……腹が減って死にそうなんだ。あの男はもういない、あんたらだけが頼りなんだ!」


 がりがりに痩せこけた男は、饐えた匂いのする牢の中から必死に懇願してくる。ピュアが魔法で扉を壊すから退くように言っても耳を貸さない。


「ご主人、あれを」


 何かに気づいたエスケレナ。彼女は牢の中の天井を指さしていた。そこには縄があり、袋のようなものが吊り下げられているのが見える。あれがこの牢に運ばれる食事のようだ。


「俺とエスケレナで行く。ピュアはここを見張っておいてくれ」


 ピュアは無言で頷く。牢の中の男が言及した“あの男”というのが誰かは分からないが、もし例の侍のことだとすれば、戻ってこられると厄介である。強大な魔法を扱えるピュアに任せた方が賢明だ。


 二人は来た道とは別の方へ行き、縄を下ろすための仕掛けを探す。薄暗い通路の一番奥にある部屋にそれはあった。


「こいつを引けば良さそうだな」


 レバーは錆びついていたが、どうにか動かすことができた。


 牢の中で音がした。囚われた男の頭上で袋が揺れる。


「?」


 ピュアの中に疑問が生まれる。ゆっくりと降りてくる袋は右へ左へ揺れ動いている。その動きに、僅かな違和感を覚えた。


「あの袋の中って……」


 袋が下がるにつれ、嫌な予感が大きくなる。やがて完全に袋が降りきった時、ピュアは袋の中身が何なのかに気が付いた。


「“飯”だぁ……!」


 男は痩せこけて力もほとんど入らないはずの腕で袋を引き裂き、落ちてきた中身を貪る。その様子を、ピュアは牢の外から唖然として眺めることしかできなかった。


「やっぱり中身は――」


 あまりの悪臭と男の醜い姿に思わず顔を背けてしまう。袋の中には人の死体が入っていたのだ。殆ど腐っているせいで性別も年齢も定かではないが、とにかく人だった。それを今、目の前にいる男はさぞかし美味そうに頬張っているのだ。


「見ていられないだろう?」


 背後からの声に驚き、振り向く。そこには自分たちを襲った例の男が立っていた。


「あんたがこれをやったの!?」


「そうさ。こうすれば俺は失ったものを取り戻すことができる」


 “失ったものを取り戻す”?


 その言葉が引っかかるが、牢の中で始まった異変に気づいてしまった以上、そちらに注目しないわけにはいかない。


 格子を挟んだすぐそこで男が膝を突く。目を見開き、胸を掻きむしりながら苦しみに喘いでいる。


「たすけて、くれ――」


 最期を迎える前、男はそう言った。刹那、男の脳天が縦に裂け、中から異形の両腕がぬるりと出てくる。次いで頭、体が現れ、その容姿の全貌が明らかになる。

 それは、人間の手足と脇腹の両方に蜘蛛の足を生やした異形だった。全身は血と膿にまみれ、口からは絶えず唾液と瘴気に満ちた呼気を吐き出している。他の地方では見たことがないようなそのおどろおどろしい姿を前にしたリーコンたちは思わず後ずさる。だがそれを阻むかのように、男が背後に回り込んでくる。


「こいつは人間の魂を喰らい、“かの者”へと運ぶ役目を担っている。その為に貴様らには餌になってもらう」


 男は刀を抜く。その姿からは気圧されそうなぐらいの殺気を感じた。

 しかしこちらもただでやられるつもりはない。何せ世界の命運を託されているのだ。その使命を放棄するわけにはいかない。


「黙って餌にされるつもりはない。あんた、何か事情があるんだろう? だが、それが何だとしてもこんなことをしていい理由にはならないはずだ」


「ならば力づくで止めてみろ!」


 そう言うと、男は踏み込みから一瞬でこちらの目の前にやってきて、剣を振った。リーコンがそれを自身の剣で受け止めると、ピュアは背後から近づいてくる魔物を、エスケレナはリーコンの援護をそれぞれ行う。男は二人掛かりでも骨の折れる相手だが、魔物の方はそうでもなかった。


「へぇ、秘密兵器の割には大したことないのね」


 魔物は爪で引っ掻くことしかせず、動きも単純だった。少し距離を取って、強力な炎の魔法を浴びせ続ける。魔物は赤ん坊の泣き声のような悲鳴を上げながら炎上していく。


「あの女……」


 男はピュアを一瞥すると、刀から衝撃波を発してリーコンとエスケレナを吹き飛ばす。そして、ピュアの背後から彼女の脳天めがけて刀を振り下ろす。しかし吹き飛ばされてすぐに体勢を立て直したリーコンは剣を投げて男の刀を弾いた。


「何っ!?」


 男もこれは予想外だったようだ。ピュアは天井近くまで飛び上がり、男目掛けて魔法の槍を投げた。槍は男の胸に突き刺さり、その身を背後に縫い付ける。男は呻き声を上げて血を吐いた。


「馬鹿な……」


「あの化け物はもう死んだわ。あんたの野望もこれでおしまい」


 男は胸に刺さった槍に手を掛けたまま、ピュアを睨み付ける。しかしその顔にはすぐに笑みが浮かんだ。


「本当にそう思うか?」


「……?」


「アレはそう簡単には死なん」


 そう言うや否や、男は胸の槍を引き抜きピュアの腹目掛けて突き出す。魔法を解除したことで槍は消え失せたが、異変はこの場にいる全員から少し離れたところで起きていた。


「ご主人、あの魔物が……」


「ああ、どうやら奴は不死身らしいな」


 魔物は奇声を上げながら、より不気味に、より醜くその姿を変化させていく。図体は三倍ほどに肥大化し、体の至る所にできた膿から黄色い汁を絶えず垂れ流している。


「さあ……喰らえ! もっと貪欲に!」


 男の声と共に、魔物が雄叫びを上げる。すると周囲の空間が姿を変え、地面や壁や天井が鏡のような様相へと変化した。


「貴様ら全員の魂を喰らうか、アイツを倒すことでしかここからは出られん。さあ、やってみろ!」


 男の声に呼応するかのように、魔物が突撃してくる。リーコンたち三人は覚悟を決め、それぞれの武器を構えた。

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