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マーディの導き  作者: ハヌア
第三章 邪悪なる者達
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手綱を引く男

 時は少し遡り、リーコンの病室にリマが現れた頃。人狼相手に優位に立っていたピュアは、彼もしくは彼女を捕縛するための魔法を唱える。勝利を確信していたが、油断はしていなかった。しかしそれでも、ピュアは敗北への道を辿る羽目になった。


 彼女の足元の土が隆起し始め、黒い影が飛び出す。ピュアがそれに気づいた頃、彼女の体は宙を舞っていた。

 天井に身を打ち付け、地面に落ちる。


「な……何が起きたの?」


 ふらつきながらもどうにか立ち上がり、周囲を見回す。

 

 異変にはすぐに気づいた。一匹だったはずの人狼が、二匹に増えている。さっき地面から飛び出してきた奴らしい。


「あらあら、女相手に二対一ってわけ? 容赦ないわね」


 こんな事を言っても通じるとは思えないが、こうでもしないと緊張がほぐせない。何故なら人狼はスピードとパワー、おまけに知能も高く、時として相手を欺き、勝利することもあるのだ。そんな相手が二体に増えるのなら、これまで以上に油断できない戦いになりそうだ。


 この時のピュアはそう考えていた。自分に近づくさらなる悪意に気づかずに。


「さあ、行くわよ――」


 再び武器を召喚した刹那、背後に冷たい殺気を感じ、咄嗟に横に飛ぶ。先程までピュアが立っていた空間を、人狼の鋭い爪が切り裂く。

 背後から現れた三匹目の人狼。いや、廻をもう一度見まわしてみると、両手の指を使っても数えきれないぐらいの数がこの納屋を埋め尽くしていた。一体どこから現れたのかも定かではない人狼たちを前にして、ピュアは命の危険を感じていた。


「いったいどこに潜んでたってのよ……」


 そんなピュアの思いはいざ知らず、彼女を円形に取り囲んだ人狼達が一斉に飛びかかってくる。慌てて魔法を発動しようにも間に合わない。その時、


「止まれ」


 何処かから声が聞こえた。それを合図にしたかのように、人狼達の動きが止まる。それもただ静止したのではない。彼らと彼らを取り巻く空間自体の時が止まったかのように、飛びかかったそれぞれの姿勢で固まっているのだ。


「驚いたかい? 流石の君も、これほどの人狼を相手に勝つことは難しいだろう」


 先程の声が再び聞こえる。ピュアは人狼の包囲から抜け出し、辺りを見回す。足音は背後から聞こえてきた。そちらを振り向くと、外の光が届かずに出来た闇の中から、奇妙な出で立ちの男が現れた。


「だが、まだだ。君の死に、こんな小汚い納屋は似合わない」


 男は立ち止まり、大げさに腕を開いて見せる。その芝居がかった動作にピュアは苛立ちながらもこう言う。


「舞台役者のつもり? それこそこんな納屋には似合わないと思うけど、そちらとしてはどうお思いで?」


「……フン。伝説の魔女に出会えて嬉しいよ、ピュア・シュネー」


 男は鼻で笑い、こちらを指さす。どうやらこちらを知っているようだ。


「僕はアンデルファ。君が探していたから出てきてあげたのに、随分ご挨拶だね」


「探してる? まさか……ディマの手先!?」


 その結論に至ったと同時に、ほぼ無意識にピュアは召喚した剣をアンデルファに向けて飛ばしていた。しかしアンデルファは券が当たる直前にだけ姿を消し、再び現れる。


「本にも名が載る著名な魔女。一魔導士として君がどんな人間なのか想像しながら生きてきたが、まさかこんなに無礼で……軟弱だとは!」


 アンデルファは一回転し、こちらに腕を伸ばす。その手にはボウガンが握られていた。しかもそれは既に装填済みで、いつでもボルトを放つことができる。ピュアは身をかがめて攻撃を避わす。


「……お互い様ね。でも、やっと見つけたわ」


 突然の出来事に驚きはしたが、冷静に考えれば、これは一世一代のチャンスだ。彼を捕らえて知っていることを吐かせる。そのためにピュアは鎖鎌を召喚する。攻撃と捕縛を同時に行うためだ。


「僕を捕まえる気? なら、あの人狼を倒してからにするんだね」


 アンデルファが指を鳴らす。すると背後でグチャりという、何かがぶつかり合って潰れる音が聞こえた。


 アンデルファの高笑いを背中で受け止めながら、ピュアは振り返る。そこには激しくぶつかり合い、ピュアを切り裂く寸前だった爪でお互いを切りつけた人狼の死体が転がっていた。そこから流れ出たおびただしい量の血が地面に湖を作っている。


「さあ、どこまでやれるかな?」


 アンデルファが高らかにそう叫ぶと、血の湖に異変が起きる。まるで熱せられた水が沸騰するように泡立ち始める。次いで、そこから生えるように人狼の腕が伸び、頭が見える。数秒も立たないうちに、そこにはさっきよりも多くの人狼が立っていた。


「やれやれ、ご期待に添えればいいけど」


 流石にこの数は厳しいかもしれない。そんな思いを胸の奥にしまい込み、鎖鎌を振るう。刃が数体の人狼の首を刈り取り、血塗れになって戻ってくる。それを追うように、人狼は一斉に動き出す。

 ハルバードを召喚し、自分の体を軸にした回転攻撃で周囲を薙ぐ様に斬りつける。しかし学習した人狼は高く跳躍してそれを避ける。唯一反応が遅れた数体は足を切断され、無様に地面でもがいていた。


 そんな仲間の事は気にも留めず、ピュアに向かって襲い掛かる人狼。それらをどうにかいなしながら、剣と盾で反撃を試みる。爪を盾で受け止め、僅かにできた相手の隙を剣で突く。最初は上手く行っていたが、次第に動きを読まれ始め、遂には攻撃を許してしまう。


「あ、くっ!」


 背骨が折れそうなぐらい体を折り曲げ、目の前の人狼の顎を蹴り上げながら宙返りの要領で距離を取る。


「危なかったね! でも、次はないかもしれないよ?」


 足を組みながらこちらを見下ろし笑うアンデルファ。今すぐにでも奴をぶちのめしてやりたいが、人狼はまだ追ってきている。扱いが得意な槍を召喚し、こちらに飛びかかってくる人狼を突きで落とす。その様を見て、アンデルファはさぞ愉快そうに笑い声をあげる。


「無様だな、ピュア・シュネー! 後ろは壁だぞ? そのまま下がれば、追い詰められて死ぬだけだ!」


「自分がそうなるように仕組んだんでしょうがっ……」


 槍では捌ききれず、二本の剣を召喚し、それを魔法で操って戦う。ちらりと見えた入り口側では、さっきと同じように人狼が出現しているのが見える。


 切っても切っても終わらない。そんな戦いに、ピュアの肉体は限界を迎えつつあった。それでもなおここまで戦い続けられたのは、多大な魔力を失ってもなお尽きない精神力によるものが大きい。だがそれが、ピュアの肉体を更に追い詰める。まさに負のスパイラルだ。


「さっさと降参しろ。そうすれば、爪で八つ裂きにされるよりはラクに殺してあげるよ?」


 アンデルファの声を聞いた瞬間、足から力が抜けた。膝を突き、ガクリと項垂れる。降参する意思は全くないのに、体が動かない。目の前には大口を開けた人狼の顔が迫っている。

 このまま鋭く尖った牙に顔を抉られれば、自分の死をもって、アンデルファの戯曲に終わりが来る。アンコールでもう一度やり直すチャンスすら与えられない。そんな死という名の終幕を前にして、ピュアはただただ目を閉じることしかできなかった。

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