迷い込んだ者たち
リシアスの騎馬隊と謎の巨人の戦闘に巻き込まれないよう、四人は森の奥へ逃げ込んだ。王子の呻きを聞き、リーコンは二人を呼び止める。
老人はこちらにやってくると、何かが入った袋を投げてきた。自身もまた同じような袋を持っており、その中には剣が入っているようだった。
リーコンは王子を木の幹にもたれさせて袋の中を覗く。そこには自分の剣と弓が入っていた。衣服はそのままだと思ったが、マントだけは失くしてしまったようだ。
装備が使用可能な状態かどうかを確認していると、老人に肩を引かれる。
「なぜあいつを連れてきた? あんな小僧、何の役にも立たん」
「見捨てていくわけにはいかないだろう」
王子は疲れている様子で、肩で息をしていた。このままここに放っていってしまえば、間違いなく餓死してしまうだろう。
「お人好しめ。お前も後で痛い目を見ることになるぞ」
老人はそう言って立ち上がり、一人でどこかへ行こうとする。その背中に向けて、リーコンは集団で行動した方が良いのではないかと提案する。
「ここがどこか知っているのか? もし知らないのなら、一人で行ったあんたが痛い目を見るかもしれないぞ」
老人は立ち止まる。しばしの間黙り込み、舌打ちをして戻ってきた。
「誰か、ここがどこか知っている者はいないか?」
老人が言うと、王子がゆっくりと手を上げる。
「ここは迷いの森だ。入ったら最後、生きて出られないという噂が……」
「それなら僕も聞いたことがあるよ。なんでもここにはトロールが居て、迷い込んできた生き物を自分たちの住処に持って帰って、バラバラにするって」
二人とも怯えた様子だ。特にひ弱そうな男の方は、足が震えてしまっている。
「何を馬鹿なことを……。ここがリシアス領内なら、トロールはもう少し南西側の森に棲んでいるはずだ」
老人が松明に火を点けながら言う。それにはリーコンも同意だった。
昔、自分たち以外の種族と友好関係を結ぼうとしたトロール族が、エルフに迫害され、南側の森林地帯に逃げ込んだという話を聞いたことがある。そのエルフ達こそ、リシアスという王国を築き上げた今のハイエルフの祖先である。
トロールたちは三つの目を持ち、知能こそ高くはないものの強い力を持つ反面、自分たちに害を為さない者には友好的で、基本的に臆病な種族である。そんなトロールが、よりにもよって自分たちを目の敵にするハイエルフのすぐ近くに移り住むものだろうか。リーコンには、それを決して肯定できなかった。
「本当だって。僕は木こりをやってて、この森にも来たことがあるんだ。その時に見たんだよ。草木に紛れてこっちを見てる、あの恐ろしい三つの目を!」
ひ弱そうな男がそう言い終わるや否や、リーコンの背後から足音がした。ひ弱そうな男は悲鳴を上げて尻餅を突き、リーコンと老人は咄嗟に武器を構える。
雄叫びを上げ、草むらの中から、足音の正体が姿を現す。それは筋骨隆々で、緑の苔が生えたような肌と、三つの目を持った森の住人……。
「噂をすれば、か。若いの、戦えるか?」
「トロールを相手にするのは初めてじゃない」
様子を窺っていたトロールは、痺れを切らしたのか、ついにこちらへと向かってくる。
「来るぞ!」
老人がトロールに向かって飛び出し、それに続くようにリーコンも飛び出していった。