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マーディの導き  作者: ハヌア
第一章 終わりの始まり
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ハイデンの土台

「今日から君を部隊の団長に任命する」


 周囲から一斉に拍手が沸き起こる。男は動じずに礼を済ませ、仲間の元に戻る。


「やったな!」


「お前ならやれると思ってたよ!」


「団長の座に一番ふさわしいのはやはりお前だよ!」


 男を仲間が一斉に取り囲む。しかし男は自室へと戻るためにさっさと部屋を出た。


「あ、先輩! 団長への昇格、おめでとうございます!」


 途中に通る訓練場にて、エルンバルの兵士、中でも見習い階級に与えられる灰色の制服に身を包んだ少女がこちらへ手を振り、駆け寄ってくる。兵士と呼ばれる立場の人間にしては少し幼い彼女の瞳はキラキラと輝いていた。


「あ。これ、先輩に届けるようにって」


 そう言って少女は布に包まれた長い何かを手渡してくる。リーコンにはそれが剣だとすぐにわかった。昔から部隊を率いる身分に選ばれた者には、一流の職人が鍛え上げた中でも最高の武具を与えられるのだ。


「それと……これはリリィからの贈り物ですっ!」


 少女、リリィが可愛らしいリボンに包まれた箱を手渡してくる。リーコンはそれを受け取る。


「中身は何かな?」


「秘密ですよ! といっても、先輩にはお見通しですよね」


 リリィは残念そうな顔でつぶやいた。それを見てリーコンは苦笑する。


 彼女の言うとおり、リーコンには感覚を研ぎ澄ませることで見えない場所にいる生物を察知することができる。だが、今回のように生物ではないとなると話は別で、上手く対象の形を捉えることができない。


「ふむ……中身は本だな?」


 リーコンは曖昧ながらもプレゼントの中身を言う。するとリリィは嬉しそうな笑みを作り、親指と人差し指で丸を作った。


「正解です! リリィと一緒の回復魔法の魔導書です! ぜひ覚えてくださいね!」


 そう言うとリリィは軽い足取りで廊下の奥へと去っていった。その場に取り残されたリーコンは再び歩き、自室に入った。


 部屋の机の上にリリィからのプレゼントを置き、新たに与えられた装備を確認する。

 布に包まれていた刀身が姿を現す。その刃は部屋の明かりを反射して鈍く光っていた。


「ありがたく使わせてもらうか」


 そう呟いてリーコンは剣を鞘に納める。これで彼の装備は自前の剣とリリィから受け取ったもう一つの剣、そして背中の弓と矢の三つとなった。

 リーコンは部屋を出ようとして立ち止まる。まだリリィからのプレゼントを開けてなかった。

 リーコンはリボンを解き、中の魔導書を取り出す。表紙にはリリィの名前と、本のタイトルが書かれてあった。


「『治療魔法の極意 最終章』か」


 リーコンは魔導書を開き、中に描かれた魔方陣に手をかざす。すると魔方陣は輝きだし、光の波がリーコンの手を覆いつくす。そのまま待っていると光がやんだ。

 リーコンは掌を上に向け、呪文を唱える。すると右腕に付けられた傷と痛みが一瞬にして消え失せた。効果は本物のようだ。


 リーコンは魔導書を本棚に仕舞い、部屋を出て廊下を進んだ。その先にあるのは様々な娯楽を兼ね備えた酒場。エルンバルを守る兵士たちの憩いの場だった。

 リーコンは酒場に入り、カウンターの席に着く。すぐに酒場の看板娘が酒を運んできた。


「ありがとう」


 リーコンが礼を言うと、その娘は笑顔で会釈して去っていった。

 グラスに入った酒を飲んで一息つこうか。そう思った矢先に、誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。


「リーコン……じゃなくて団長だったな。国王から直々に指令が下った」


 現れたのは古くからの友、ジェイミンだった。ジェイミンは指令内容が記された書類を渡してくる。


「小国ハイデンの戦力、及び今後の動向の調査? こういうのは調査団の役目では?」


「皆出払っていて動ける団がないらしい。だから我々が代わりにハイデンに向かうことになったんだ」


 ジェイミンは最後に「国王の命令だしな」と付け加える。

 リーコンは怪訝に思いながらも馬舎に向かった。そこには部隊の仲間が既に待機していた。既に国王から任務の内容を知らされていたようだ。


「ハイデンならそう遠くはないな。全員、俺の後に続け」


 リーコンは自分の馬に跨り、城の門を抜ける。部下たちもそれに続き、部隊は城下町に出た。

 かつては賑わっていたこの街も、いつ戦争が起きるかわからないという状態でピリピリしている。道行く人々は足早に先を急ぎ、行商人の姿もあまり見当たらない。


 街の門をくぐり抜け、広大な草原に踏み出す。遠くにぼんやりとハイデンの王宮と名物の灯台が見える。リーコン率いる一行はそこを目指して進んだ。



 ―



 馬を走らせて半日。辺りがすっかり暗くなったころ、一行は、ようやくハイデンの城下町近くに辿り着いた。


「お前たちは戻ってろ」


 リーコンは荷物を掴んで馬を降り、エルンバルに戻るように命令する。すると馬は嘶き、元来た道を引き返していった。


「それで? どうするんだ、団長殿」


「これを使う」


 リーコンは持ち込んだ荷物の中身から、先端に鉤爪が付いたロープを人数分取り出し、それを各員に配っていく。


「そこの三人は外壁を登って侵入しろ。灯台の監視員を始末してから下で合流しよう」


 部下は頷き、鉤爪を引っ掛けて壁を登っていく。その場に残されたリーコンとジェイミンも走り出し、灯台を登り切る。そこに居合わせたハイデンの兵には眠ってもらった。


「降りよう」


 二人は協力して床下へと続く扉を開く。そこには気の遠くなりそうなほど長い梯子があった。

 そこにジェイミン、リーコンの順で入り、梯子を下りていく。そこを下った先には兵士が一人、退屈そうに立っていた。


「俺に任せてくれ」


 ジェイミンは言うが早いか、兵士に向かって飛び降りる。兵士は真上から踏みつけられ、為すすべなく地面に倒れ伏した。


「やるな」


 二人は灯台を出る。そこにちょうど三人の部下が姿を現した。


「全員そろったな。行こう」


 部隊はリーコンを先頭に進みだす。

 ハイデンは小国で常に搾取される側にあった。それ故、国の経済は不安定で、治安は他国に比べて悪く、夜になると盗人や不審者が出没することが多い。先程合流した部下のうち一人も、不審者と思わしき人物を見かけたらしい。

 しかし国も黙っているわけではおらず、治安維持のため夜間は外出禁止令を出し、兵を見回りに出すなど徹底している。そんな状況下で敵対関係にあるエルンバルの兵士五人が国内に侵入していることが発覚すれば、生きて返してもらえることはまずないだろう。

 だからリーコンたちは建物の屋根から屋根へと飛び移ってハイデン城を目指すことにした。

 これなら哨戒中の兵にも見つかることはない。部隊はハイデン城の城壁をよじ登り、兵舎へと辿り着く。今夜のハイデン城内では会合が行われる予定で、それを護衛する兵士たちに成りすますためだ。


 五人は兵舎に入り、眠っている兵士たちの鎧と槍を装備する。口元を覆うスカーフのおかげで、五人がエルンバルからやってきた兵士だとはバレそうにもない。

 お互いがお互いの変装の出来を確かめ合ってから、五人は一列に並んで会合の場へと向かった。場所は城の三階。情報通りなら、そこでハイデンの主要人物が打ち合わせを行っているはずだ。

 五人は歩いて会議の間へ向かう。丁度中から人が出てきた。ハイデンの王と女王、そしてそれに仕える家臣たち。皆、上質な布と毛皮で作られた衣服を着ている。

 その中の一人、ハイデンの王が五人に護衛をするように促す。リーコンたちはそれに従い、王たちを囲むように陣形を作り、進みだす。やがて一行は秘密の地下室への入口へと辿り着いた。


「お入りください」


 家来の一人が扉の鍵を開け、王と女王を先に入れる。次に家臣と自分、最後にリーコンたちを中に入れた。

 地下には広い空間があり、その中央にドーナツ状の机と人数分の椅子が設置されている。明かりは柱に取り付けられた松明に灯されている小さな炎のみだが、書記が座る所の近くにだけは蝋燭が置かれていた。

 敵国の内通者や街に居ついた無法者に計画を晒さないための地下室だから、設備は必要最低限で良いのだ。

 もっとも、既に五人の敵のスパイがすぐ近くに潜んでいるのだが。


「それで……今後の方針についてだが」


 室内からくぐもった声が聞こえてくる。会議が始まったのだ。

 リーコンたちは部屋の外で待機させられている。いくら自国の兵士とはいえ、国家の存亡に関わる機密事項というものを聴かせるわけにはいかないようだ。


「俺たちの前では無意味だがな」


 ジェイミンがニヤリと笑う。リーコンは頷き、目を閉じて壁に両手を突く。ジェイミンも他の仲間も同じことをする。


 呼吸のリズムを整え、感覚を研ぎ澄ませる。次第に室内からの声や物音がはっきりと拾えるようになる。

 エルンバルに限らず、各国の兵士は儀式と瞑想によってマーディから『マーディル』と呼ばれる力を授かり、それを魔法や自身の身体強化といった形で使うことができる。そのおかげで、近年現れた魔獣や無法者の鎮圧も容易かつ確実になった。

 今リーコンたちが行っているのもマーディルの応用である。


「我々は現在エルンバルと敵対関係にあります。しかし、いざ戦争となれば我々の敗北は火を見るよりも明らかでしょう」


「分かっている。だから同盟国に協力を仰ぎ、多方面からの奇襲攻撃を計画している」


 エルンバルはこの世界フロンティアの中央に位置している。それに小高い丘の上に建てられ発展した国なので、周囲からの攻撃も受けやすい。


「しかしエルンバルの防御は固すぎます。その上、あの国は世界一といって良いほどのマーディ大国ではないですか」


「密偵を送り込みましたが、未だ報告はありません。捕虜となったか、あるいは……」


 室内から物音が消える。しばらくして、男が突然声を揚げる。


「そうだ! 我が国には例の兵器があるじゃないか」


 『例の兵器』という単語に、リーコンは耳を澄ませる。


「マーディルを利用した魔導兵器の事ですか」


「しかしあれは実験途中です。まだ運用は難しいかと……」


 気弱そうな男が話し終える。すると部屋に爆音が鳴り響き、次いで男女の悲鳴が入り乱れる。

 何事かとリーコンは扉を蹴破って部屋に飛び込む。それに続いて部隊の仲間も続々と部屋に入り込んでくる。


「煙!?」


 部屋に入るとすぐ、リーコンたちを濃い煙が出迎える。微かに爆薬の匂いが混じったその煙は、攪乱に使用されるもっとも一般的な煙玉と同じもののようだ。それが意味することはただ一つ。


「クソ! 出し抜かれた!」


 ジェイミンが地団駄を踏む。我々のほかにも、侵入者がいたのだ。

 リーコンは倒れているハイデンの王に駆け寄る。


「計画が……漏れた……止めろ」


 王の目は虚ろで、もはやその瞳には何も映していない。

 リーコンは立ち止まって辺りを見回す。外へと通ずる扉が開かれ、月明かりがハイデン女王の遺体を照らし出す。

 リーコンは咄嗟に走り出し、地上に出る。外に出て右を見ると、壁をするすると登る、黒いフードとローブに身を包んだ何者かの姿が目に入った。


「待て!」


 リーコンが声を揚げると、暗殺者はこちらを見やる。そして懐から銀色に光る何かを取り出し、リーコンに向かって投げつける。


「!?」


 リーコンは、それが鋭利なナイフだとわかると、身体を捻って回避する。そして壁をよじ登って暗殺者の後を追った。

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