高3*春 aoto
☆
あの日…
蒼叶は「ごめん」と言った。
家まで送ってくれたけど、お互い黙ったまま…。
「バイバイ」
揺れる瞳のまま、そうつぶやいて去っていく。
私は振り返って彼の後ろ姿をみた。
なんか…胸が苦しくなった。
また頬を涙が流れていった。
☆
「バイバイ」
別れたりしないよね…
不安で眠れない…。
噂なんて気にしなきゃよかった、そしたら、今までのまま幸せでいれたのに。
幸せ?ホントに?
だって、彼のこと最初から、軽い人だって思ってたじゃない…
違う
信じてなかったよね?
違うよ…
★
小学5年の時、両親が離婚した。
母親が他に男つくって出ていった。小さな頃から、女の部分が抜けきれず、夜遅くなることも度々あった。
小さな頃は母親を求めていた俺だが、高学年になる頃には、すでに母親に対する想いは冷めたもんだったと思う。でも、家を出ていったことに対する苛立ちは俺の中、どこかにあったのだろう…。
左耳に思いきりピアスをあけた…冷たいブルーの色。痛みを感じて…なんか楽になった。
★
俺には母親が出ていく前から、気になっている子がいた。彼女は近くに住んでいて、二人姉妹だった。
アヤと夏帆。
アヤはしっかりもので、学級委員とかやっていた。ロングヘアのサラサラな髪。男子と騒ぐタイプではなく、凛としてて…。クラスの女子とはどこか違う雰囲気だった。妹と仲良しで、よく面倒みているとこも、すごいと思っていた。
中学に入ってすぐ、アヤと同じクラスになった。
あまり話したことはなかったから…
そんなアヤからの突然の告白に、正直驚いたのを、今でも覚えている。
付き合ってみると…想像と違うことがたくさんあった。
「蒼叶のこと、サナちゃん好きなんだって。でも、私の彼氏だもん、無理なのにね」
そう言ってアヤは笑う。
アヤがなぜそんなことを言うのか、よく分からなかった。
「蒼叶のことカッコイイってみんな言ってるよ、ゆっちんの彼氏知ってる?サルみたいなんだよ、前髪すごく短くてさ…ゆっちん、なんであの人がいいんだろ…」
……。
「なんで、由奈ちゃんとしゃべんの?しゃべんないでって言ったよね、由奈ちゃん、ちょー性格悪いんだから」
「蒼叶、キスしよ、もうゆっちんは彼氏としたんだって、ね」
俺は言われるままにキスした。
すごくドキドキした…やっぱりアヤのこと好きなんだと思った。
中学生活はあっという間に過ぎた。
「私西女に行く」
同じ南校に行くって言ってたから驚いた。
「なんかあった?南校には行かねぇの?」
「え~、だって、西女の制服可愛いし、パパもママも西女にしろって…」
「そっか…分かった」
俺には何も言えなかった。
★
高校になっても、相変わらずな関係が続いていたはずだった…高1の夏。
「ねぇ、蒼叶…別れて」
突然だった。
「は!?何いってんの、お前…」
「だから、別れてってば」
アヤの方がキレる。
突然で、頭がついていかなくて、黙った俺に
「あ~もうっ、ホントは言いたくなかったけど…
私、大学生と…こないだ海でナンパされて遊んだの」
何いってんだ…意味わかんねぇ。
「ふざけんなよ…なんで…そんなやつ…」
その男への怒りなのか、アヤに対しての怒りなのかよく分からなかった。
「あのねぇ…」
全く気にしている様子はなく…ため息をつくと、
俺の感情的になった瞳に、冷静な瞳をぶつける。
「あの人は大人だよ。優しいし。蒼叶みたいに、つまんなそうじゃないし…蒼叶は…私に手ださないじゃない。キスばっかで…あの人は違うもん」
……。
「そっか…お前の気持ちよく分かった、悪かったな」
俺は笑って言えてたと思う。
★
「お前の気持ちよく分かった」
何いってんだ俺…ホントはわかんねぇ。
ただ、大事にしたかっただけなんだ…
ほんとは。
一人を大事にするってこと難しいの知ってたから…
だから…
俺…。
★
噂ってこえーと思う。西女と俺との噂。西女に彼女がいる奴の情報なんだろうか…。
すっげバカらしくなる。
確かに、中学の同級生何人かと高校に入ってからも集まって遊んだりはした。
けど、男俺だけじゃねぇし。
何人かに告られたけど、断ったし。
なんで、俺が浮気して、遊んでるって…。
否定しようとする気は、正直なかった。あいつが浮気したって方が正直キツイ…。
それに…恋愛に対して、なんかどうでもよくなってた気もする。
言いたい奴には好きに言わせておけばいい。
★
高2になってようやく気持ちの整理ができてきた。
俺のアヤに対する気持ちが変化していったことにアヤは気づいていたのかも知れない…。
傷つけていたのは、きっと俺の方なんだ…。
あんまり感情を表にださない俺より、大人な大学生に惹かれるのも無理はない。
キス以上の関係…彼女が望んでいたことを俺は別れる時に知った。俺はアヤを大事にしたいと思ってたけど…全然分かってやれてなかったんだな…。
★
たまたま、そんな時サキから告られた。
サキは思ったことや、して欲しいことをはっきり言葉や態度に示す奴だった。
俺はどこか安心した。
ある日、弟の迎えを急きょ頼まれて、サキとは帰れないと公園に行くのを断った。
噴水のある公園を待ち合わせ場所にしていた。
たまたま、弟を遊ばせるために連れてきたのがきっかけだったが、俺にはなんかこの場所がとても安心する場所となった。
保育園の近くで、まさかの再会。
って…近所に住んでるから会わなかったのが不思議なぐらいなんだが。
アヤは何事もなかったかのように、俺に話かけてきた。
「蒼叶~久し振り、元気だった?」
「あぁ…」
…なんで普通でいられんだ。俺が悪いはずなのに…なんでこんな感情になるんだろ。
「相変わらず、仏頂面。ねぇ、蒼叶、こないだごめんね。結局あの彼と別れちゃって…なんか色んな子と遊んでて、やになっちゃう。」
…そんな話聞きたくねぇし。
「やっぱり、蒼叶が好きだなって気づいたんだ。蒼叶は大事にしてくれるし…」
やめろ…ふざけんな…
「俺、今彼女いるから」
俺は冷たく突き放す。
「あ~、サキでしょ、知ってる。噂で聞いたもん。でも蒼叶にサキは似合わないよ…」
俺の中で何かが壊れた。
「お前、最低だな…まぁ、前から思ってたけど。
もう俺に2度と話しかけんな」
冷たい視線をアヤへ送る。彼女は初めてみる俺の、ホントの怒りに驚き、話すのをやめた。
俺はそんなアヤから離れ、弟の迎えを急ぐ。
★
弟と帰宅すると、カナさんが小声で言ってくる。
「蒼叶くん…この前健叶、公園にショベルカー忘れてきたみたいなんだけど…今は忘れてて…あの子思い出す前に今度見てきてくれない?」
あ…確かに砂場で遊んだな…。
手のひらに乗るほど小さなショベルカーは、健叶のお気に入りのおもちゃだった。
俺が再び玄関を出ようとすると、
「あ、暗くなるから今度でいいよ」
カナさんはそう言うけど…
「いや、近くだし、ちょっと散歩してくる」
一人になりたかった。
夕方になると風が吹いてきて心地よかった。
砂場のはしっこ。さみしそうに、ぽつんとショベルカーが置いてあった。なくさないように鞄にいれる。
ベンチにすわって…空を眺める。
なんか雲ってきてねぇ?
ようやく、素の自分に戻る。何も考えない…。
何にも考えたくねぇのに…。
俺何やってんだろ…。
次第に雨がポツリポツリと降ってきた。
あの日、ガキだった頃…ピアスをあけてなんか楽になったように…
そのまま濡れてたい気分だった。
どうかこの俺の感情が…
雨にかき消されるまで。
★
サキはアヤと帰ったことを知っていた。
「お願い、アヤともう帰ったりしないで」
不安にさせた。サキと約束したのに…俺は約束を破った。
保育園の前で待ち伏せされたから。
「蒼叶~」
俺は健叶と歩いていたし、無視した。
健叶も戸惑っている。
「ねぇ、蒼叶…待ってよ」
……。俺は無視し続けている。
「ねぇ、にいに?誰?にいに待ってだって…」
健叶は純粋にとまってあげてと教えてくれる。
はぁ…俺は諦めた。
「アヤ…弟預けたら、戻ってくっから、それでいい?」
俺の提案に笑顔になるアヤだった。
★
「やっぱ、蒼叶のこと諦められないの」
「ムリ…」
「じゃあ、サキのどこが好きなの?教えてよ」
どこ?…そりぁ…あいつはしたいこと、はっきり言うし…
「…ほら、はっきり言えないじゃん」
「…俺、サキのこと大事に思ってる」
俺ははっきりとした口調で言った。
「…分かった…もういいよ、別に。」
納得したのか、アヤはもう何も言わなかったし、
それから、彼女と会うことはなくなっていた。
サキのこと大事に思ってる…
けど…俺はただ安心したかっただけなんじゃないのか。サキに言われるから…それだけで、自分が何か彼女にしてあげたいと思ったことはあるのだろうか…。
サキの気持ちを思うと、俺の中途半端な気持ちで付き合い続けることは徐々にしんどくなった。
噂は相変わらずで、俺は遊んでる奴だから、軽いノリで言った。
「悪りぃ、ちょっと別な子と遊んじゃった、俺」
思いっきりサキに頬叩かれて、別れた。
★
長谷部花…たぶん俺がちゃんと好きになったやつ。
今まで色んなこと誤魔化してきたから、ちゃんとしようって思ったんだ…。
自分から、花の笑顔が好きで、守りたいって思ったはずのに…。
バカだな、俺。
もう、痛みがなくてもいい…
カチッ
左耳から、俺はブルーのピアスをはずした。




