プロローグ2
10話で終わる話なのにプロローグが2つ。
つまり作品の2割がプロローグということになります。我ながら凄い配分だなと思います。
死んだ後は天国とか地獄とかに行くもんんだと思ってた。
親不孝しちゃったあたしの事だから、きっと行き先は地獄だろうなとか思ってたのに、どこだよここ。
気がついたときにはここに突っ立ってた。
ここってどこだよって?だからあたしにも分かんないんだって。
言うなれば真っ白な空間。床も壁も天井も白一色。
あらまオシャンティーってな感じの部屋だけど、あたし的にはこんな部屋願い下げだ。
だってあたしってば結構ズボラ人間だから、食べこぼしとか飲みこぼしとかでスグに汚しちゃいそうだものwwww
それが原因でマイスウィートシスター和子ちゃんの部屋での飲食を禁止されちゃった過去があるんだものwwww
まぁ、愛するお姉さまとしては、そんなツンデレ言われちゃったらやる事は1つだけどね。
当然、部屋に突撃して仁王立ちでルマ○ド食ってやったさ!
マイスウィートシスターが泣いて『やめてよお姉ちゃんッ!』って叫ぶまで延々と食い散らかしてやったさ!
予想外だったのは、その後部屋への出入り自体を禁止されちゃったことなんだけどさ。
流石のあたしも2,600円もする南京錠を付けられちゃったら手も足も出ないよ。100均じゃないところに和子ちゃんのそこはかとない本気を垣間見ちゃったしね。
イカンイカン。ついつい話が逸れちゃった。
で何だったっけ?あたしってば何について考えてたんだっけ?
「あー……っていうかルマン○の事考えてたら、久々に食べたくなってきちゃったー……」
結局脱線したまんまじゃないかって?そんなん仕方ないじゃん!
だってあたしってば最後はほとんど固形物食べれてなかったんだ。そんな時、お菓子の事とか思い出したら食べたくなるのが人情ってもんでしょ。
「死後の世界でも衰えぬ食欲……そのバイタリティは素晴らしいと思います」
「誰?」
「あれ?意外と反応が薄い……」
いや十分驚いてるよ?
なんかビッカーッって光ったと思ったら、そこそこ貧相な顔立ちの男の人が沸いてるんだもん。そりゃびっくりするってもんですよ。
あたしは真っ白な部屋の真ん中くらいに突如現れた男をみつめ2、3度目を瞬いた。
「貧相って……まぁ否定は出来ませんけど、初対面の人に対しての遠慮とかないんですかアナタ」
「心を読まれた!?」
「あ、今度は素直に驚いてくれた」
謎のエスパーは、あたしの反応に気を良くしたのかニンマリと笑った。
ど、ど、ど、ど、どうしよう!
あんなに貧相なヤツなのに、結構ムチャクチャな能力持ってるみたいだあの人!
「あ、また貧相って言った」
言ってない!あたしは思っただけ!
「でも聞こえてきちゃうんですよねー」
「そ、そ、そんなのそっちの都合でしょ!?そもそも心の中で思った事について文句言われてもあたしにはどうしようもないじゃない!」
そーよ。考えてみればそーなのよ。
ついついこのエスパーさんに乗せられて、失礼なことしちゃった気分になってたけど、別に失礼なこと何もしてないわよねあたし?
実際に初対面で『あなた貧相ですね』って口に出してたらアウトだろうけど
貧相なヤツを見て心の中で『貧相な人だなー』と思ったからって、どうして責められねばならないのか!
そうやって考えてみると、考えてる事が筒抜けになるってのはむしろエスパーさん側の事情なんだから、あたしには関係ないじゃん?
他人の考えてる事についてまでネチネチとツッコミ入れるようなケツの穴の小さいことやってるから、顔立ちも貧相なんじゃないかしらこの人。
「私フルボッコですね……」
流石に傷ついたのか、エスパーさんの言葉に力が入ってない。
けどそんなものあたしには関係ないもんね。
そんなことよりもさ、当たり前みたいにあたしの思考に対してリアクションしてるけど、これって失礼な行為だと思わない?
要は『お前ェ喋んなくていいからぁ!』って言われてるようなもんでしょ?
コミュニケーションを何だと思ってんのかしらこのエスパー野郎は。
「うううっ……何故か時間が経つ度に私の評価が下がっていくー……」
「そりゃそうだよ。それが嫌ならいい加減ちゃんと口を使って会話でコミュニケーションを取りなさいよ」
「そうですね……。うん。貴女のおっしゃる通りだ。大変失礼しました」
どうやら改心したらしいエスパーさんに向かって、あたしは満足気に頷いた。
その心意気や良しッ!
双方から歩み寄る姿勢。これこそコミュニケーションの基礎だよね。
「それじゃ改めて、日本纏さん。死後の世界へようこそ。私は纏さんをご案内するために参上したミカミと言います。
短いお付き合いになるとは思いますが、よろしくお願いしますね」
居住まいを正したミカミさんは、一息に自己紹介を終えるとそれはそれは優雅に一礼した。
「色々と分からない事があるでしょうが、まずは私の説明を聞いてもらっていいですか?」
「ちょっと待って。その前に私もちゃんと挨拶しときたいです」
名前バレしてる時点で自己紹介する意義もなさろうだけど、こういうのはケジメだからね。疎かにしちゃいかんのですよ。
「あたしは日本纏。愛する家族に看取られて、気がついたらこの部屋で突っ立ってました。
ここが何処なのかすら分からない状態なんで、その辺から詳しく説明してもらえるとスゴく助かります」
言って、チョコンと頭を下げる。
一瞬ミカミさんに対抗して深々と一礼したろかと思ったけど、どう頑張っても優雅な所作はできそうになかったので断念しました。
生前から『それはお辞儀じゃねぇ!前屈だッ!』って言われ続けてたからねあたしwwwww
はじめちゃんから猛特訓されたけど、結局身体が柔らかくなっただけだったしさwwwww
ハァ。思い出すだけで辛い記憶だわ……。
「そ、それじゃまず、この場所についてなんですけど……って聞いてます?」
「うん。聞いてるよ。続けて続けて」
「それならいいんですけど……。えーっと、この場所はいわゆる待合室でして、特にこの部屋自体に意味とかはないんですよ」
「でしょうね」
こんな白一色のなんもない部屋に特別な意味があるわけないじゃん。
待合室ってことはつまり、あたしがミカミさんを待つための部屋だったって事なのかしら?
「但し、勘違いの無いようにお伝えしておきたいのは、お亡くなりになった全ての方がこのような部屋に通されるわけじゃないんです。
通常ですと、我々の方で生前の行いを清算し、天国行きか地獄行きを決定しておりますので」
何気なく語るミカミさんの言葉にギョッとする。
だってよく分かんないけど、あたしって"特別"にここに呼ばれてきたってことでしょ?それってどういう意味なんだろ?
それにミカミさん今何て言った?『我々の方で~』とか言ってたよね?それってつまり――
「あのー……大変失礼なんですが、ミカミさんって神様とかそういう存在だったりしちゃうんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、ミカミさん――いやミカミ様?はニッコリと笑った。
「いえ、そんな大層な存在ではありませんよ。強いて言えば事務処理担当ってところです」
「つまり神様じゃないってことですよね……?ってことは天使さんか何かですか?」
「いえいえ、ですからそんな大層な者ではないんですよ本当に。というか天使というのであれば貴女の方がそれに近しいですね」
ん?今聞き捨てならない事が聞こえたような……?
あたしのこと天使とか言わなかったかこの人……?
「っていきなり言われても分からないですよね。それをこれから説明していきますので、どうか緊張なさらずに今まで通り楽にお聞きください」
しかしそんなミカミさんのセリフは半分くらいしかあたしの耳には入ってなかった。
それってつまり……もしかして……ミカミさんってば……。
やだ!これあたし口説かれちゃってるんじゃないの!?
「えー!?ちょ!ちょっと待ってください!何やらスゴい誤解が発生しているようですがーっ!?」
『君は天使だ』なんて口説き文句を実際に口にする人とかいるんだッ!?
ってことはアレですか。ミカミさんってばあたしを口説くためにこの部屋に招いたって事ですか!?
死後にモテ期到来とかwwwwどんだけ因果な運命なのよwwwww
あ!誤解のないように言っとくけど、生前も割とモテてたんだからねあたし。普通に可愛い顔してたんだから!
「纏さーん!!誤解です誤解ッ!とにかく話を、話を聞いてくださーいッ!!」
力いっぱい叫ぶミカミさんにウフフと笑いかけ、あたしは言った。
「お顔が真っ赤で・す・よ?」
「ダーッ!!本当に違うんですったらーッ!!そういう意味じゃなくて、貴女にとある世界で天使の仕事をしてもらいたいって話をする予定だったんですよッ!!」
「……え?」
とある世界で天使の仕事……だと?
「先日、とある世界で活動してる天使の方々に欠員が出ちゃったんですッ!!
それ以降先方からは矢のような催促が……しかし天使の資質持ちなんてそう簡単に見つからず困っていたんですッ!」
「えーっと……そこにあたしが来たと?」
「ええ、その通りですッ!私もこの仕事を始めてから長いですが、貴女のように資質の高い方は初めて見ます。まさに天使になるために産まれてきたと言っても過言じゃないくらいです!」
「で……あたしをスカウトするためにここに呼んだ……と?」
「理解が早くて助かります。
それでどうでしょう?天使になれると聞いて少しは興味がわきませんか?」
うん。お話はよーく分かりました。
いや実は所々分かんないところもあるんだけど、要するにあたしがその天使の欠員を埋めりゃいいって話なんだよね?
うん。お話はよーく分かった。分かったんだ。
分かった上で言わせてほしい。
「ま、紛らわしい言い方しないでよねッ!!
てっきり私はミカミさんに口説かれたとばっかり思って……あーもう、なんか空回っちゃって恥ずかしいー……」
穴があったら入りたい。つまりは全てあたしの勘違いってオチじゃないかぁぁぁぁぁぁ……。
「い、いや私の方こそ、紛らわしい言い方をしてしまい申し訳ありませんでした」
お、以外に紳士な対応だ。女の子の代わりに責任を取ろうとするその姿勢は立派だよミカミさん!
「それでどうでしょうか?詫びろと言われればいくらでも謝罪いたしますので、どうかお許しくださいませんか?」
「あー……いえ、もう謝っていただく必要はないです。私の勘違いが原因だったんですから」
ボソボソと返事をすると、ミカミさんがホッとしたように笑った。
「では、この件については水に流すという事でいいですか?」
「そ、そうですね。それでいいかと思います……」
「では改めて、天使になっていただく件、どのようにお考えでしょうか?」
「あ、それは絶対に嫌です」
それはそれ。これはこれ。キッチリ分けて考えましたよ。
あたしの返答で、ミカミさんはしばし硬直したようでした。
「……ハッ!?いやはやこれは私が早計でした!一口に天使と言ってもどのような業務かも分かりませんもんねッ!
でもご安心ください。これからキッチリとご説明させていただきますからッ!!」
「いや、結構です」
すぐにでも説明を始めそうなミカミさんを手で制すると
「私は、天使に、なりません」
言葉はクッキリハッキリと、一語一語区切って改めてしっかりキッパリと伝えた。
「……り、理由をお聞きしても?」
まぁ当然聞いてきますよね。
私が天使を断る理由。知りたいというのならば教えてあげちゃいましょう!
けどその前に確認。確認。また勘違いしたら恥ずかしいからね。
「全然大した話じゃないんですけど、死んじゃったら普通は天国か地獄かに行くんですよね?」
「ええ、まぁ。はい、通常はそうなります」
ふむふむ。やっぱりそうですよね。
「ほら、あたしってピッチピッチの17歳で死んじゃったじゃないですか。これってメチャメチャ親不孝ですよね?
だからせめてあの世でくらいは親孝行してやりたいなーって思ってるんです」
恐らく親より先に死んだあたしは地獄行きだろう。
でもって、あの頑固で融通が聞かなくて短気で――でも一途で純粋なはじめちゃんの事だからヤツも恐らく地獄に落ちると思うんだ。
誤解が無いように言っとくけど、はじめちゃんメッチャ善人だからね。
けど、実直な生き方しかできない善人ほど生き難いのが現代社会ってもんじゃない?人生ってのは世知辛いもんなのよきっと。
例えば家族の誰かがヒドい事されたり、騙されたりするじゃない?
そしたら間違いなくはじめちゃんは相手をぶん殴りに行くと思うんだ。
それが例え正当な敵討ちだとしても、日本の法律がそれ許してない以上、凶行に走ったはじめちゃんは"犯罪者"になっちゃうからね。
けど、そんな世間一般の常識なんてはじめちゃんには通用しない。彼には彼の信じる正義があって、彼はその信念から1ミリたりともブレたりはしない。
そんな不器用な生き方しかできない人が80年近く生きるんだよ?
そんなもん100や200じゃ効かない数のトラブルに巻き込まれるにきまってるじゃないですかwwwww
で、そういう諸々を査定されてめでたく地獄に落ちるって読んでるんだあたし。
逆にママンはそういうとこしっかりしてるから天国行きになりそうだけど、あの人がはじめちゃんと別れて天国に行くとか考えられないwwww
どこがいいのかサッパリ分かんないけど、ママンってばはじめちゃんにゾッコンLOVEだかんねwwwww
それこそはじめちゃんと一緒にいるためなら神様ぶん殴ってでも地獄に落ちる女だぜ、あのママンって女はよぉwwwww
って訳で両親共々落ちてくるのがほぼ確定しちゃってるわけなんだ。
しかもこっち来る時ヨボヨボのじいさんとばあさんだぞwwwwあたしが面倒見ずに誰が見るっていうのさwwwww
お箸よりも重いものが持てない女子高校生でもじじいとばばあの2人くらいなら背負えるって所を見せてやんないといけないしね。
ってか、はじめちゃん的に針の山とかヤバいんだよ。
だってあの人偏平足だからさwwww針山の針満遍なく足の裏に刺さっちゃうから流石に可哀相じゃんwwwwww
あ、ちなみにマイスウィートシスターの和子ちゃんについてはなーんにも考えてないんだ。
だって和子ちゃんはこれから素敵な人と出会って、結婚して、子供を産んで、新しい家族作るべき人だからね。和子ちゃんは新しく作った"自分の家族"を大事にしてほしいって思うんだよ。
それに生きてる間、はじめちゃん達の面倒押しつけることになるんだもんwwww
死んだ後くらいあたしに任せてもらわないと長女として、恥ずかしくて地獄すら歩けないじゃないのwwwww
だから和子ちゃんはどうでもいいの。
勝手に愛する人を見つけて、勝手に幸せな家庭築いて、んで愛する家族で仲良く天国で暮らしておくれ。
だから妹よ、これだけは聞いておくれ。平穏な天国生活をエンジョイしたかったら
絶対おとうさんに似た男とだけは恋に落ちるなよwwwwwwそれは破滅のロンドだぞwwwww
「って訳で、あたしはどっかに出張して天使してる暇なんてないんです」
考えてることエスパーされるの嫌だけど、こういうときはスッゴい便利。
「本当に……信じられないくらい愛情深い人ですね貴女って人は……」
そんなに褒めんなってッ!その代わりヒネクレまくってるけどな!
好きなもの程嫌いって言っちゃう――あ、それはツンデレマイスウィートシスター和子ちゃんの必殺技だったかwwww
「貴女が地獄に落ちるのが前提だったり、ご両親までも地獄に落ちるのが前提だったり、色々とツッコミ所しかないようでしたけど、そう単純な話じゃないんですよね?」
おぉ察しがいいですな。流石ミカミさん。エスパーやってるだけあって人の心を読むのがお得意なんですねwwwww
思わずホッコリした顔をすると、そんなあたしの顔を見てミカミさんが深々と溜め息を吐いた。
「それでも……それでもあえて言わせてください……!」
「なんでしょ?」
軽く促すと、完全に座った眼つきでミカミさんが話し始める。
「まず貴女についてなのですが、仮に、そう万が一、天使になる事を断られた場合でも、文句なし満点花丸で天国行きとなります」
アラ素敵。ってことはじじいとばばあを背負ってお花畑でも疾走してやりますかねwwwwww
「この場合、仮にご両親が地獄落ちしたとしたら貴女とご両親は離ればなれになってしまいますが、その辺りはご理解いただいておりますか?」
それこそあり得ないですからwwww
さっきも言ったじゃん。基本善人のあたし達が地獄に落ちる理由なんて、曲げようのない正義の暴走以外にはありえないんだ。
あんだけはじめちゃんのことボロクソ言っちゃったけどさ、実際あの人の正義感を100倍マシマシにしたのがあたしな訳よwwwww
あのはじめちゃんに『おい!頼むから無理しないでくれ!!』って懇願された唯一の人類だぞあたしはwwwww
そのあたしが天国行きになってんだから、1/100しかないはじめちゃんが地獄に落ちるわけないじゃないかwwwwww
そりゃ17年しか生きてないあたしと80年近く生きるはじめちゃんとじゃ人生の長さに違いがあるだろうけど
あたしの17年ははじめちゃんの1700年に相当するんだぞwwwwwwいくらはじめちゃんでもそんなに長くは生きれないですからwwwww
よってあたしの天国行きが確定した時点で3人仲良く天国行きが確定しちゃうって訳なのだ。
あ、マイスウィートシスター和子ちゃんを入れたら4人かwwwwwすっかり忘れてたwwwゴメンマイスウィートシスターwwww
それに――そう、それに。
それこそ万が一の奇跡が起きて、あたし1人が天国行きになったとしても
そん時は壮大に助走をつけて地獄に向かってレッツダーイビーングッするから問題ないのだ。
そう、何一つ問題などないのだ。
「……どうあっても恩返しすると」
「いや、返さないよ」
あたしの返事が余程予想外だったのか、ミカミさんの目が皿みたいに大きくなる。
そんなミカミさんの目を見つめたまま、あたしは告げた。
「あたしがやるのは親孝行。パパンとママンから受けた恩はあたしだけのものだもん。一欠けらだろうと渡さない」
だからどうかあたしに思う存分親孝行とやらをさせてくれ。
手助けなどいらない。加減も必要ない。ただただ放っておいてくれさえすればいい。
「本当に情の深さも、気質の真っすぐさも、心の強さも、決意の固さも、全てが天使向きな方だ……」
まるで独り言のように呟いて、ミカミさんが真剣な表情に変わる。
その彼の視線で――
場の空気の変わる音が聞こえた気がした。
「それでも、貴女には天使になっていただかねばならないんです」
静かな声音で淀みなく、彼は不届きな言葉を言いきった。
正直者が馬鹿を見る。そんな生き難い世界は浮き世だけの話かと思ったけど、死後の世界も存外に生臭いものらしい。
「説得に失敗したから、次は強制しようって腹ですか?」
いい大人が女子高生相手に脅迫するっていうの?引くわ―、マジ引くわー。ミカミって野郎は最低だな。最低のクズ野郎だな。
「最低のクズ野郎で結構です。それに……実際に私は最低のクズ野郎になりそうですしね」
開き直りよったぞこの汚い大人め!あたしの想いを踏みにじる気マンマンだな!
「自覚があるなら止めればいい。あたしは最高でナイスなミカミさんの方が好きだな」
「貴女のご期待に沿えないのは残念です……スイマセン、最低のクズ野郎で……」
「嫌だッ!あたしはどこにもいかないからなッ!!」
とうとう溜まりかねて叫んだあたしの声は微かに震えていた。
「数万、数十万の人の命がかかっているんです……。
貴女なら救える命です。貴女にしか救えない命なんです」
「知らないッ!あたしはそんなの知らないッ!!あたしは行きたくないッ!!」
止めてほしい。言葉を止めてほしい。今のあたしに両親以外の重荷を背負わせないでほしい。
「前任の天使が崩れて既に200年もの年月が流れているんです……。
彼らはゆっくりと衰退していっています。貴女だけがその滅びの運命から彼らを救う事ができるんです」
止めてッ!聞けば最後、もう知らない自分には戻れないのにッ!
はじめちゃんから受け継ぎ、あたしの中ではじめちゃん以上に育った正義感が
心の中にある大きな天秤の傾きをゆっくりゆっくりと変えていく。
今までは完璧に右に傾いていた。もちろん右の上皿に乗っかってるのは愛するはじめちゃんとママンだ。
それでよかった。そのままがよかった。それなのに……ッ!
よりにもよってあのミカミのクズ野郎が空っぽだった左の上皿に天使なんてものを乗せ始めたんだ。
最初は実態が分からなかった。それがどんな役割か分からなかったから天秤はピクリとも動かなかった。
だからあたしは断れた。だからあたしは断った。胸に宿った両親への気持ちをミカミにぶつけて実態を知る事を避けようとした。
だけどミカミはそんなあたしを許さなかった。
容赦なく左の上皿に錘を積み上げていった。
救えるたくさんの命がある。
聞き飽きたような使い古されたフレーズに、あたしの中の正義が燃え上がる。
彼らを滅びから救う力がある。
英雄譚のような壮大で掴みどころのない夢物語に、あたしの中の正義が燃え上がる。
ギギッと金属が軋む幻聴が聞こえるようだ。
それは天秤が左に傾き始めた音――これはあたしから両親を奪う音なんだ。
「ホント、ヤメテ。あたしがなりたいのは孝行娘なんだからッ!」
お願いだから取り上げないで。あたしから2人を奪わないで。
「貴女しかいないんです……」
そんな言葉は聞きたくない。繰り返しまるで馴染ませるように語るミカミの言葉は劇毒だ。
「貴女の代わりになんてなれはしませんが、貴女の愛する家族が幸せに暮らせるよう精一杯尽力いたします」
甘い甘い毒の言葉。鼓膜を通して脳を満たす。
そうして頭蓋から滴る毒が、あたしの仮面を溶かしつくし、隠すものの無くなった本性が顔を出すのだ。
「幸せになって欲しいんじゃない……。あたしが幸せにしたいんだッッ!!分かってるくせにッッッ!!全部分かってるくせにッッッッッ!!!!」
もう完全にヒステリーだ。いつもの余裕が纏えない。自分が死ぬ間際ですら保てた余裕が保てない。
ミカミはあたしの言葉を静かに聞いていた。
最低でクズ野郎なミカミ。
無理難題を押し付けてあたしから最愛の両親を奪っていこうとするヒドイ男。
いや違う。奪われたんならまだよかった。あたしから大事なものを奪うヤツは敵だ。敵相手ならあたしは立ち向かえるし戦える。
けどミカミは違う。あたしに両親を捨てさせようとする。そして両親を捨てて代わりに別のものを選ばせようとしてくる。ホントにホントにヒドイヤツだ。
でもホントに最低でクズ野郎なのはあたしなんだ。
だってこんなにも彼は正しいじゃないか。
あたしが行けば数十万人の人が救われるんだろ?
あたしが行けば滅びの未来を変えられるんだろう?
あたしが居なくてもはじめちゃんは幸せになれるんだろう?
あたしか居なくてもママンは幸せになれるんだろう?
皆が幸せになるためのただ1つの方法。
ミカミが提示してるのは、そのたった1つの最善策なんだ。
なのにあたしは天使になることを嫌がっている。
正しい正しいミカミを最低のクズ野郎と罵ってまで抗っている。
そう。これはあたしのエゴなんだ。
両親を"幸せにしたい"と願う、醜くそして愛すべきあたしのエゴ。
軋みながら左へ傾く天秤が今もゆっくりゆっくり動いている。
この天秤が左に振り切れてしまえばあたしは決断してしまうんだろう。
それが許せなかった。だって決めるってことは最愛の人を諦めるってことだ。
ミカミは動かない。何も言わない。あたしは幼子みたいにえずいてる。とても格好悪いあたし。
ううん。格好悪くてもいい。
――だけどどうしてもそれだけは嫌だった。
「ミカミ」
「はい」
俯いたままあたしが名前を呼ぶと最低のクズ野郎が返事をした。
「最低のクズ野郎のあんたにしか頼めない事言っていい?」
今度はしっかりとミカミの目を見つめて告げると、彼は目に見えてビクリと身体を震わせた。
優しいヤツだ。だってあたしの考えなんて全部分かってるくせに、あたしが言葉にするのを待ってくれてる。
「何でも言ってください……。貴女の望みなら何でも叶えて差し上げたい」
「やっぱあんたは最低のクズ野郎だなッ!あたしが一番叶えて欲しかったお願いは叶えてくれなかったくせにさ」
ミカミは何も言わない。ほんの一言謝ってくれれば許してあげれるのにこの人は詫びてこない。だからあたしも許せない。
いや違うか。ミカミは許されたくないんだ。最後の最後まで最低のクズ野郎のままいてくれるつもりなんだ。
「やっぱどう考えてもあたしは嫌なの。だからさ――
どうかあたしを許してねミカミ。こんな弱いあたしをどうか許してください。
「もうこうなったら、嫌がるあたしを無理やりさらって行ってもらうしか方法はないと思うんだ」
選択肢を与えて与えてくれなかったミカミ。あたしから両親を奪おうとするミカミ。
だけど彼は一度だって――そうただの一度だって無理やりに事を運ぼうとはしなかった。
優しいあなたはただひたすら、あたしが了承するのを待ち続けてたよね。
でもあたしには選べない。
最愛の人たちを諦めたくない。だからお願い。天秤が傾ききってしまう前にあたしを――
「それは確かに……確かに最低な私にお似合いな仕事ですね」
「その代わりさらってくれるだけでいいよ。後は自分でやれるから。あたし割と有能だかんね」
だから早くさらっておくれ。この強がりが終わらぬうちに。
「これで私もめでたく誘拐犯ですか」
ミカミは震える声でそれだけ言うと、ギュッと唇を噛みしめた。
それと同時にあたしの足元に光の輪が展開され、足元から徐々に輪郭がボヤけ始めた。
その光の輪は徐々に光量を増しながら私の体を包み込んでいく。
そして光は壁のようにあたしを包み込み、あたしの視界からミカミが消える。
そんな時ミカミの叫ぶ声が聞こえた。
「貴女は貴女のエゴを貫く権利を持っていた。見も知らぬ世界に住む人間に対して貴女が感じる責任など欠片たりとも存在してはいなかった」
「私は貴女の正義につけこみました。話をすれば優しい貴女が彼らを見捨てられないことを知っていて、私は貴女に話をしました」
「貴女がどちらも捨てることが出来ない事を知っていました。こうやって貴女が罪悪感を抱きながら彼の地へ旅立つことになるであろうことを私は見通していました」
だからッッ!!
血を吐くようなミカミの叫び。彼は声を震わせて最後に何かを叫んだようだった。
「――――――――――ッ!」
でもね残念。もう何も聞こえないんだ。ゴメンね。
そうしてあたしの意識は再び沈んで消えた。
全体をギュッと縮めて、後半をさらにギュギュッと縮めた結果がこれです。
細かい描写は投げ捨てるもの。ビュンビュン飛ばして突き進む所存です。
あ、あとシリアス展開は一旦ここまでです。
次話からは「w」多用の路線に入る予定です。