Prologue
不定期更新です。
6月10日追記。
時刻 『8:34』 アクアシティフロート『メインフロート中心部』
《今日のアクアシティの気温は37度。今年最高を更新しました》
高層ビルの大型ディスプレイに映し出された男性アナウンサーが、天気情報を伝える。
「あづい……」
人通りの少ない大通りを、瀬野カオルは歩いていた。アスファルトと太陽のダブルパンチに、かなりまいっていた。
手にはタブレット端末を持ち、服は真夏にも関わらず、黒の長袖、長ズボンを履いていた。
しばらく歩くと、電源の切られていたタブレット端末からアラームが鳴る。
「ん?」
タブレットの画面には地図が表示され、見ると青い点と点滅する赤い点が、かなり近い所に表示されていた。
「……ここか」
そこは、どこにでもあるような雑居ビルだった。
すると、さっきまでだらけていたカオルの顔が、急に真剣な表情に変わる。
ビルの側面にある金属製の階段を、足音をたてないようにゆっくりと昇って行く。2階程昇ると、カオルは足を止め、タブレット端末を腰のプラグに取り付けた。
ドアの横に立つと、右腰に携えていた8mm口径の拳銃を顔の前に構える。息を吐き、呼吸を整えると、ドアの取っ手を左手で掴む。
勢いよくドアを開くと、拳銃を構え、警戒する。
中に誰もいない事を確認し、入って行く。それでも警戒の手を緩めず、まだ銃を構えて四方を見る。
「よし、敵は無し――――それにしても、暑過ぎんだろ」
中は、どこにでもあるようなオフィスだった。
それに、おそらくこの部屋の気温は40度を越しているだろう。窓も閉め切っていたため蒸し暑く、不快指数が跳ね上がった。
「早く終わらせよ」
カオルは拳銃をデスクに置くと、デスク上のパソコンを起動させる。起動し終わると、腰のタブレットからケーブルを引っ張り出し、パソコンに接続した。
するとカオルは、キーボードを叩き始めた。パソコンのディスプレイには、大量のタブが表示される。しばらくすると、タブレットにゲージが表示され、それはどんどん溜まっていった。
「あーあ、暇だ~」
カオルは、デスクチェアに腰かけ、ゆっくりと回り始めた。
しばらくするとゲージは溜まりきり、カオルはコードをパソコンから外す。
「さて、帰りますか……」
立ち上がって、そう囁くと、出口に向かって足を踏み出す。
「――――いや、帰らせないよ」
その時、そんな声がカオルの背後から響く。目だけを後ろに回すと、そこには20歳くらいの男性が、拳銃をカオルの背中に突き付けていた。
「……ッ!」
周りを見ると、ソファやデスクの下に隠れていた銃を持つ6人程の男が、カオルを囲んだ。
「さあ、それを渡してもらおうか……」
「――――公務執行妨害に、銃刀法違反……か」
カオルの冷静過ぎる態度に、男は動揺していた。
「フッ……ずいぶんな余裕だな」
「いや、だってさ……お前ら、もう捕まってるし」
「……な、何だと!」
その時、カオルの唇が緩んだ。すると、男の視界からカオルの姿が消えた。
男が下を見ると、身をかがめたカオルが、回し蹴りで男の足をすくっった。男は声をあげて、その場でひっくり返る。
それと同時に拳銃を手に取ると、カオルは壁に向かって走り出した。
男共は、サブマシンガンをカオルに向けて連射する。カオルは、そのままの勢いで壁を走った。それは、カオルの足が、壁に張り付いているかのようだった。カオルの走った軌跡を、無数の弾痕が追う。カオルは壁を蹴って、宙にジャンプした。浮いている間に、拳銃を構え、4発の弾丸を一気に放つ。
「グァッ!」
その全てが命中し、4人が倒れ込む。だが、生き残っている男共は、まだ弾丸を連射し続けた。
カオルは、ジャンプの勢いのまま、ソファーの陰に隠れた。男共の弾丸は、ソファーに命中し続け、羽毛を舞い散らせた。
「ちっ……これじゃあ埒が明かねえ」
カオルが辺りを見回すと、金属製のロッカーを発見した。
「おっ!」
カオルは、そのロッカーに手を向ける。すると、そのロッカーは、突然宙に浮き始めた。
ロッカーは、宙に浮いたまま残りの男2人の方に飛んで行った。ロッカーは命中し、男共は倒れ、気を失った。
「き、貴様……」
男が立ち上がると、カオルを睨んだ。
「この程度かよ……」
カオルは立ち上がり、そう吐き捨てる。
「この、クソガキがっ!」
男は拳銃を構え、銃口をカオルに向けると、銃弾を放った。だが、カオルはそれをかがむだけでかわす。そのままの態勢で、男の懐に入り込む。
「なっ!」
すると男は、強烈な重さを感じたかの様に、床に這いつくばってしまった。
「……グ。ま、まさかお前『重力使い《グラビティマスター》』か」
「ご名答。……でも、気付くのが遅かったな」
カオルは、動けない男に手錠をかけた。
「そのうち、後処理が来るから、大人しくしてろよ」
そう言うと、タブレットを持って部屋を出て行った。
「ああ、そうだ。ひとつ言っておくよ」
カオルは戻ってくると、ドアから顔をのぞかせた。
「俺みたいなクソガキだって、あんたみたいな大人に勝てるんだよ――――例え、それが赤ん坊だとしてもな」
「クソっ……」
カオルは、階段を利用することなく、手すりから飛び降りた。しかし、地面に落ちる前に、一旦停止し、ゆっくりと着地した。
「……あ~あづい」
大通りに戻ろうとするカオルの前に、金髪青眼の美少女が立ちはだかった。
「お疲れ、カオルっ!」
その美少女は、ラクス・フルシェンだった。
彼女の目は透き通った空色で、後ろでまとめ上げている金髪は、太陽によって、より煌めいていた。細いウエスト、カオルと同じくらいの、女性にしては高い身長、豊満な胸元、軽く化粧はしているが完璧すぎる顔、おそらく世界が男の考える理想の女性の外見をすべて詰め込んだような超の付く美少女だ。そんな少女が、ミニスカ、タンクトップで目の前にいるんだから、カオルは緊張を隠せないようだ。
「あ、ああ――――まあ大して疲れてないけど……」
「まあ、そうだろうね」
後ろから、ラクスとは違う声が聞こえた。カオルが振り向くと、そこには日本人の美少女がいた。浅比奈カエデだ。
その黒髪は、腰くらいまで長いのに、整えられていて艶がある。カオルの頭一個分低い身長、細く白い手足、控えめな胸、まさに日本の美少女という感じの少女だ。
おそらく2人とも、通学の最中でさっきの銃声に足を止めたのだろう。
「よう、カエデ」
「で、目標のブツは手に入ったんでしょーね?」
カオルは、不思議そうな顔を見せる。
(なんでこいつ、ミッションの内容知ってんだ? ……まあ、いいか)
「ああ、これだよ……」
カオルは、タブレットを取り出して、カエデに手渡す。カエデは、すぐさまタブレットを起動させると、データに目を通しはじめた。
「中の人達はどうしたの?」
「ああ、一応全員拘束済みだ――――って、人がいたこと知ってたのか?」
「ううん、あれだけ銃声がしたら、気付くでしょ」
カオルは、感心したような顔をする。
「何? その顔?」
「いや、だってバカのラクスがそんな高度な事を予想できるなんてさ……」
カオルが、そう言いきると、ラクスの和やかな顔が、不機嫌な顔に変わった。
「バカって言ったなー。取り消せっ!」
ラクスは、カオルを取り押さえようとしたが、そこにカオルの姿は無く、遥か遠くを笑いながら走っていた。
「待てー」
ラクスはカオルを追って、走って行ってしまった。
「……ねえ、興味深いデータがあった――――って、いないっ!?」
データを一通り見終えたカエデは、ある資料を指さしながら言うも、そこに2人の姿は無く、無邪気に追いかけっこをしている姿が300mくらい先に見えた。
「ちょっ、ちょっと待ってよー」
カエデは、先に行ってしまった2人を追いかけていった。
♢ ♢ ♢
――――2100年。
世界中に、『超能力者』という不可思議な人間が現れだした。当時は、『今までの生活をより便利なものにしてくれる』という考えがあったが、現実は――――その逆だった。
超能力を使用した犯罪が、世界中にはびこり、腐敗への一歩をたどろうとしていたのだ。もちろん、そんな超自然の脅威に、警察などという生ぬるい存在では止めることなどできるわけがなかった。
この危機に各国の政府は連携し、対超能力犯罪者組織を設立した。
その名も、『国際対超能力者警備組織(International anti-psychic Security Organization)』通称『ISO』。
この組織は、世界各国に支部が造られ、今では約3000人のエージェントが超能力による犯罪を解決に導いている。
エージェントになるためには、3つの条件をクリアしなくてはならない。
1つ目は、『超能力者であること』だ。能力者を相手にする以上、自身も能力者でなければ敵うわけがないからだ。
2つ目は、特別且つ、過酷なカリキュラムをクリアする事。
3つ目は、『ISOエージェント養成学科』を修了、または現在専攻しているということである。
この3つをクリアできれば、例え子供であろうとエージェントになる事ができるのだ
そして、そんなエージェント達の中でごくごく僅か―――――たったひとりで、一国の軍隊をも超す実力を持つ少年少女が居た。