第六話
闇の中をまぼろは駆けていた。
私が、行ってもやたかの言うとおり殺されるだけかもしれない。
でも______逃げ出すことなんてできない!
里の皆の顔が浮かび上がる。どれも幸せそうな顔ばかりだ。
まぼろは、息を上げながらも走りだす。
闇の中でも光が溢れる。八咫の鏡だ。なんと温かい光だろう。
まぼろは、勇気を貰うように八咫の鏡を抱きしめた。
つと三つの闇がまぼろの横を通り過ぎた。
「!!」
異変に気がついたまぼろは立ち止まった。
________見つけた、見つけた
また別の声が聞こえてくる。
___________八咫の鏡を渡せ
背筋がゾクリとする。笑い声が、辺りを包み込む。
「だっ___誰?!」
恐るおそるまぼろは声の主たちに聞いた。
だが、声の主たちはまぼろの質問には答えようとせずむしろまぼろが怖がっていることを知って喜んでいるとでもいうように笑い声は一層大きくなる。
「五月蝿い!!!」
まぼろが、叫ぶと声の主たちは笑うのを止めた。
しんと静まり返った森の中にまぼろは立ちすくんだ。
耳鳴りがする。遠くのほうから____________
やってくる!!!!!!
_________カガミヲヨコセェェェェェ!!!!!
鼓膜が張り裂かれるような声を合図にしたようにまぼろはまた走り出した。
はやく、 早く、早く、早く________一刻も早く______!!!
まぼろは、走り続ける。
捕まればどうなるか。まぼろには、分かっている。全身を刺すようなこの緊張感。
疲れて足が縺れそうになる。もう一人の自分が叫ぶ。
まぼろ、分かっているでしょう。もし、あの声に掴まったら________
もう少しの我慢・・・・・もうすぐ里に着く______ほら見えてきた_________
「あぁ・・・・・なんて酷い・・・」
まぼろは立ち尽くした。
天が真っ赤に燃えている、まぼろの生まれ育った里が燃えている。
_____ととさま!!!かかさま!!!!
まぼろは、泣いた。
あの緑豊かな里は燃え盛る炎に覆われていた、少女の顔に恐怖が込み上げる。
後ろからまたあの声が聞こえてくる。
里に入れば大帝の兵に殺されてしまうかもしれない。だが_____だが今は迷っている時ではない。まぼろは、燃えさかる里に足を踏み入れた。
荒れ狂う野獣のような炎を避けながらまぼろは、走り続けた。
ととさま______かかさま_____何処にいるの?
どうやら大帝の兵は引き上げたようだ。
里の人々が、所々に倒れている。
男たちは皆剣をもち____女たちを庇いながら________
まぼろは、地面に膝をついた。
声たちは、どうやら巻いたようだ。肩が、呼吸をするたび大きく上下する。大丈夫、鏡はここに持っている。ふと、まぼろの目は神殿に向けられた。鏡がない______やはり大帝の兵が奪っていったのだろう。
神殿の上に二つの塊が転がっている。
嫌な予感がする。
まぼろは、最後の力を振り絞り神殿まで歩いていく。
どくり、どくりと心臓が波打つ。
そんな________まさか____________
「ととさま_____かかさま・・・・・・」
まぼろは、力なく倒れている男女を見つめた。
「ま・・・・ぼろ・・・・・・・・」
消え入りそうな微かな声が聞こえる。里長が、手を伸ばし死の淵からまぼろに語りかけているのだ。
「ととさまぁ・・・・・!!!!」
まぼろは朦朧とする意識の中死へと旅立とうとする父の手を握った。
「・・・まぼろ・・・・生きていたのか?・・・・・・おぉ・・・・・まぼろ」
まぼろの頬を大粒の涙が落ちる。息をしたいのに苦しくて息がままならない。嗚咽が酷くてうまく話せない。
「あっというまだった・・・大帝の兵・・・奴らは化け物だ・・」
そういうと里長は、涙を流した。里長のこんな顔を見るのは始めてだった。
「神道はもはや失われた・・・・・・我らに道はない______」
「だいじょうぶだよ、ととさま・・・ほら、八咫の鏡はちゃんとここにあるよ」
瀕死の里長には、もう八咫の鏡は見えていないようだった。
「まぼろ・・・お前は温かいな・・・お天道様のように温かい・・・・・」
里長の手の力が抜けていく。目の光が消えていく。
「ととさま?・・・・・」
揺らしても父は起きてはくれなかった。まぼろは、壊れたように首を振った。
耳鳴りがする______声が聞こえてくる。
髪は乱れ力なく父親にすがる少女にあやすように声が聞こえる。
________可哀想に、死んじゃった
別の声が聞こえてくる。
_________お前もそうなりたくなければ、八咫の鏡を渡せ
別の声が聞こえる。
___________ワタセ、ワタセ
まぼろは、笑った。可笑しくて仕方が無い。大帝もこの声たちも皆必死になってこの鏡を奪いあっている。この里の象徴でしかなかったこの鏡を________やたかでさえも・・・・・・
醜い_____欲しい物を奪いとるためならば人の命などこうも簡単に奪えるものなのか。
まぼろは、首を振った。
こんな、こんな鏡があるから!!!!
まぼろは、八咫の鏡を高く振り上げた。
________まさか、止めろぉぉぉ!!!
声たちは、実態になってまぼろを止めようとする。真っ黒いマントを羽織った異型たち。
影が形になったような恐ろしい彼らの姿を瞳に映しながらまぼろは鏡を地面に叩きつけた。
八咫の鏡は、いとも簡単に神殿の上で粉々になった。影たちは咆哮しまぼろに襲い掛かった。
影たちの鋭い爪がまぼろに襲いかかろうとしたその時________粉々になった鏡の破片が光だした。
「えっ・・・・」
まぼろは、目を見開いた。八咫の鏡に宿っていた聖なる光がまぼろの体を包み込む。
__________なんということを!!なんということをぉぉぉぉ!!!
まぼろを包み込む光は襲い掛かる影たちを退けた。
そして、少女は光に飲み込まれ光は一つの柱になり暗く曇った天に上っていった。
神殿の上には少女の姿は無く。あるのはただ無残に横たわる男女と粉々に砕かれた鏡の破片だけだった。




