第四話
まぼろを囲むようにして歩く里娘達は、まるで別人のように美しくなっていた。
娘達は、頬を赤く染め上げて夫にしたい里男達の名を挙げていく。
まぼろは、飽きれて言った。
「神のために奉げる舞よ。里の男の子達に奉げる訳ではないわ」
娘達は、笑った。
「里爺さまみたいな事言わないでよ。まぼろ、本当にいるかお分かりにならない天津神さまより里の男の子に舞を奉げたほうがいいと思うわ」
「里の男の子より天津神さまよ!!」
まぼろは、即座に答えた。里娘達は、哀れむように言った。
「それに本当にいたとしても、この中つ国にはいないわ。だって天津神は高天原にお帰りになってしまったのだもの」
「でも、高天原におらっしゃるわ。今夜の私達の舞をきっと見てくださるわ」
まぼろは、負けじと言い返した。
「まぁ、まぼろにも舞を見て貰いたい人ぐらいいるんじゃあない?」
娘達はくすくす笑っている。まぼろは、憤慨した。
「一体それは誰なのかしら?教えて貰いたいわ」
「とぼけても分かっているわよ。やたかでしょう?」
まぼろは、笑った。
里娘達は、まぼろが可笑しくなったと心配して顔を見合わせた。
「残念だけど的違いもいいところだわ。やたかは、もうこの里には帰る気がないんですって」
数人の娘達が、まぼろのその言葉を聞いて肩を落した。
「私は、一人で父の跡を継ぐつもり。だから、夫はいらないわ」
「跡継ぎは?どうするつもりなの?」
「里の誰かに継いで貰えばいいわ」
娘達は、信じられないという顔をした。
「おーぅい、僧侶さまがお待ちだぞう。早くしろ」
里爺が呼んでいる。儀式をするのになかなかやって来ない娘達に痺れを切らして大声で呼んでいる。
娘達は、はきはきとした張りのある声で返事をした。
神殿で舞う前に身を清めなければならない。都から来た僧に身を清める儀式をしてもらった後やっとまぼろ達は、神殿で舞うことが出来るのだ。
まぼろも、返事をして里娘達と里爺のところへ行こうとしたが森の濃厚な闇に目を止めた。
真っ暗な森の中で、火の玉がゆらゆらと揺れている。
まぼろは、どきりとしてじっと見つめた。
火の玉ではない、松明だ。でも、誰だろう?こんな夜に出かけるのは。
まぼろは、その松明の炎に目が逸らせなくなっていた。何故なら、その松明を持って森の中を歩いているのはやたかだったからだ。
・・・・・・・・・・間違いないわ、やたかだ。でも何故、こんな夜に山に入るんだろう。
夜の山は、大人でも入ろうとしない。いくらやたかが、大きくなったとはいえ松明一本で山の中へ入るのは無謀といえよう。
まぼろは、森の中へと足を進めた。闇が、まぼろを包み込みこむ。やたかの松明の燃える炎だけがちらちらと燃えている。急に心細くなってちらりと、里娘達を一瞥する。皆を呼ぶべきだろうか。
だが今、やたかを追いかけなければ永遠にやたかに会えないようなそんな気がする。里の者を呼べばやたかが消えそうな気がする。
娘達はどうやら、まぼろが居なくなったことに気がついていないようだ。松明は、どんどんと離れていく。
まぼろは、意を決すると松明を追って濃厚な闇を駆けた。