:第十三話
まぼろは、悲鳴を上げた。魂を切り裂くほどの_______________
「大丈夫かい?」
目をあけるとそこにはお銀と楓がいた。
お銀は、心配そうにまぼろを撫でた。まぼろは、頷いた。涙がぽろりと落ちる。
「楓が、倒れているアンタを見つけてくれたんだよ」
楓を見る。顔を背けていてよくは見えない。
まぼろは、起き上がろうとした。だが、手に激痛が走る。
「なんで・・・」
手には、包帯が巻かれていた。血が滲んでいる。
「大丈夫傷は残らないよ」
お銀が、悲しそうな顔をしてまぼろの手を包んだ。
「無理を言ったね、今日の舞台降りてもいいんだよ」
今日?_____では、一日寝てしまったのか。まぼろは、目を伏せた。沈黙が包む。
「少し・・考えさせてください」
まぼろがそう言うとお銀は静かな声でそうかいとだけ言った。
「寝な、今はそれが一番だ」
まぼろが、頷くとお銀と楓は外へ出て行った。
まぼろは、一人布団の中で蹲った。
怖かった_____________あんなの自分じゃない・・・・・
「胡蝶、あれが・・・・私なの・・・・?」
いつの間にか胡蝶がまぼろの傍にいた。
「そうだ」
声が、聞こえる。胡蝶の声。
「無理に引き合わせたのがいけなかった。もう一人のお前は、まぼろ・・・お前を殺すだろう・・・」
「そんな、こと出来るの・・・・?」
胡蝶は、頷く。
「人間誰しも心の中には陰と陽のように二つの心がある。争うことになれば、どちらかが消える」
まぼろは、愕然とした。自分が自分に殺されるなんて考えられない。
「胡蝶・・・嫌だ・・・私・・・怖い・・・わたし・・あんなに・・・・」
少女の顔を思い出す。怖い顔__________私を本当に憎む顔、妬む顔。
「殺されるなんて、それに私・・・なんて醜い・・・」
私は、人を本当に憎んだことなんてないと思っていた。
大帝に復讐したいと思ったことはある。でも、私は大帝を許したつもりだった。
それよりもミクニを救いたいと思っていたのに・・・・・
でも、本当の自分は・・・・大帝に復讐したくてしたくてしょうがなかった。伝わってきた。憎しみが・・・・
本当の自分は、ミクニのことを諦めていた。胡蝶は、まぼろをじっと見ていた。まぼろは、続ける。
「私は、本当の私は凄くずるくて・・・自分勝手で・・・醜い・・・・もう、嫌だよ・・こんな私・・・」
まぼろは、そう言ってすすり泣く。胡蝶は、まぼろの震える背中を見つめながら呑気な声でいった。
「お前、馬鹿か?当たり前だ。人間が自己中心的で野蛮なのは、今から始まったことじゃない。恥じることはないんだよ、馬鹿者。それが、お前ら人間なんだから」
まぼろは、驚いて胡蝶を見た
「なんだ、驚いていてんのか?安心しろ。嫉妬、憎しみがあるのは普通なんだよ、お前は、全部背負い込みすぎだ。俺は言ったろう?助力すると、少しは俺に頼れ」
まぼろは、胡蝶を見つめた。胡蝶の髪が灯篭の光で透けて綺麗な淡い緑色に見える。
「胡蝶の髪・・・・淡い緑色なんだね・・・凄く綺麗・・」
胡蝶は飽きれる。
「なんだ、今頃気づいたのか・・・・馬鹿者」
まぼろは、膨れた。
「馬鹿、馬鹿って言わないでよ。自分が、本当に馬鹿に思えてくるから」
胡蝶は、鼻を鳴らした。紅葉みたいだ。
「まぼろは馬鹿者だ、大馬鹿者だ。何故、自分をそんなに恐れる?」
まぼろは、俯いた。
「だって・・・・・私を殺そうとしたんだよ?・・・怖いよ・・・それに、やっぱり嫌だよ・・・あんなに醜い自分・・・やっぱり嫌い・・・」
胡蝶は、笑った。
「俺は、そうでもないぞ」
まぼろは、驚いて胡蝶を見た。
「醜いまぼろのほうがいろいろ楽しそうだ」
まぼろは、むっとして言った。
「何よ、いろいろって・・・」
胡蝶は、笑う。本当に天邪鬼なんだから・・・・・・まぼろは、心の中で呟いた。
「恐れることはないさ、もとは一つの魂なのだから。どちらのお前もお前なんだから」
「変わってしまうかもしれないよ、私が私じゃなくなるかもよ?」
「変わらないよ、意思を強く持てば」
まぼろは、胡蝶を見つめた。胡蝶の優しそうな顔初めて見る。
「それに、まぼろはまぼろだろ?」
天邪鬼が優しく笑う。これは、本当の笑みなのかそれとも・・・・・・
楓は、少し後悔していた。
だが、吹きたくないものは吹きたくないんだから仕方がない。
少女の親は、殺されたという話を聞いた。
親が殺されたら悲しいものなのか自分ではあまりぴんとこない。
楓の親は、お金のために楓を売った。楓はそれから金持ち売られてこき使われた。
夜眠れないとき誰かの笛の音がよく聞こえた。笛の音色が子守唄のように毎日聞こえてきた。
美しい音色だった。耳に焼き付いて離れなかった。
ある日、旅芸人がやって来た。笛の音色が聞こえてきた。
「やってみるか?」
見ていたら吹手の男にそう言われた。頷いた。少し吹いてみる。楽しい・・・・あの歌を奏でて見る。
「お前、本当に始めてか?」
男は、驚いた顔をして楓を見つめる。楓には、吹手の才能があった。
それから、楓は旅芸人たちと一緒にいる。
笛を吹くのは誰の為でもない自分のためだ。何故他人の為に合わせて吹いてやらねばならない?
「あの」
気がつくと少女が近くに立っていた。少女は、意を決したような顔をすると頭を下げた。
「私、やっぱり舞台で舞います。迷惑をかけて・・・御免なさい」
少女は、そう言うと笑った。楓は初めて笑顔を見たと思った。