第二話
いつの間に寝てしまったのだろう。
少女は、身を起こし辺りを見渡した。
足音が聞こえて少女は足音の主を見つめた。
女だ。女が、手に収穫したばかりの野菜を抱えて少女に笑いかけた。
「まぼろ、起きたのですね」
まぼろと呼ばれた少女は、膨れて言った。
「かかさま、何故起こしてはくれなかったの?起こしてくれなくては困るわ。夕餉までにやらなくてはならないことが山ほどあるのよ」
まぼろは、暫し剥れていたが母の後ろに見知らぬ青年を見つけると顔を赤くしながら母に聞いた。
「・・・・・・・・・・かかさま、この方は?」
「まぁ、別れる時にはあんなに悲しんでいたのに。忘れてしまったの?」
まぼろは、目を凝らして見つめた。
「・・・・・・・・・やたか?・・・・やたかなの?」
青年は、人当たりのよさそうな笑顔をまぼろに向けた。
「まぼろ、久しぶりだね。」
やたかは、まぼろと血は繋がってはいないが兄弟のように育った。
戦で親を無くしみなしごだったやたかを里長であるまぼろの父、やまとが引き取ったのだった。やたかは、まぼろにとって兄であり、里の中でも最もけんかの強いおのこだった。懐かしい______やたかが、都一といわれる大工の所に奉公にでてからはもう久しく会っていない。
やたかは、背が伸びて男らしくなった。だが、健康に焼けた肌や、好奇心旺盛なきらきらと光る目は昔のままでまぼろは少し安心した。やたかが、急に知らない人のように思えてしまったからだ。まぼろが、あまりにも熱心に見るのでやたかは、少し恥ずかしそうに頭を掻くと、まぼろは変わっていないなと言った。
まぼろは、不服だったが、ねねは、笑みを漏らした。
「やたかはね、里の祭りの神殿を作るために帰ってきてくれたのよ」
「親方が、認めてくれたんだ。神殿が完成したら少し祭りを見物して都へ帰るけどな」
それを聞いたまぼろはおおいに喜んだ。
「じゃあ、神に奉納する乙女の舞を見ることが出来るわね、今年は私が神殿で舞うのよ」
まぼろは、自分の膝にあった美しい衣を見せた。乙女の舞の衣装は自分で縫うのだがまぼろは昔から裁縫は得意では無かった、そのため徹夜が続き昼から転寝をしてしまいそのため衣装作りはまったく進んでいなかった。やたかは、感心してまぼろを見た。
「まぼろは、器量がいいからな。楽しみだ」
まぼろは、嬉しくなった。
「やたか、ととさまにはもう会った?」
「いや、やまとさまにはお会いしていない」
「やたかが、立派になった姿を見てやまとさまもさぞや、お喜びになるでしょうね」
ねねは、とても嬉しそうだった。
しばらく話をしてやたかは、神殿作りのため仕事に戻っていった。
ねねは、やたかを夕餉に呼んだ。
夕餉では、本当に楽しい時間を過ごした。
里長やまとは、やたかを実の息子のように愛していたので、やたかが、無事戻ってきたことを大変喜んだ。
まぼろは、やたかに都のことをいろいろ聞いた。やたかは、まぼろの質問に丁寧に答えてくれた。
ねねは、まぼろを連れて奥へ下がった。話題が、戦のことや大帝のことになったからだった。まぼろは、聞きたかったが母はやたかとやまとの二人だけにしたいと言ったのでまぼろは仕方なく下がった。
「大帝は、戦をまたするそうだな」
やたかが、頷いたので、やまとは、苦いものを飲むような顔をした。
「兵が、都に溢れておりましたので間違いないと思います」
「今年も、都の使者が祭りの祝詞を行う事になっておる」
その折に、障りの無いように聞いてみるつもりだ。と里長は言った。
「それにこの里には八咫の鏡がある、いかに大帝とて神の聖域で戦をしようとは思うまい」
頷くやたかを見ながらやまとは些か張りのある声で言った。
「やたか、わしは誇りに思うぞ。立派な若者となったお前はわしの自慢の息子だ」
「これもすべてやまとさまのお陰にございます」
やたかは、深々と頭を下げた。
「決心したんだな」
やまとは腕をくんだ。
「わしは、お前に里長を押し付けるつもりはない、お前は、お前らしく生きればよい」
やたかは、顔を上げた。その顔は、もうあの幼いやたかでは無かった。
蝋燭の炎がゆらゆらと揺らめく。
それから、やまとはやたかと酒を酌み交わした。やまとは、酒を存分に楽しみついには歌い始めた。
やたかが、やっと上機嫌のやまとから開放されたのはねねが止めに入ったからだった。
「やたか、こっちよ」
まぼろは、やたかを見張り台まで呼んだ。ここでなら、美しい夜空も見えるし誰にも邪魔をされずにやたかと話ができる。
梯子を上ってきたやたかにまぼろは手を差し伸べた。掴んだやたかの手は大きくまぼろの手は幾分小さく見えた。まぼろは、急に恥ずかしくなりやたかの手を離し顔を背けた。見張り台から見る夜空は美しかった。
まぼろは、やたかの居なかった時間を埋めるように自分の事を話した。
やたかが、里から居なくなってからいろいろな事が起きた。
泳げるようになりたくて川で練習をしていたら溺れていると勘違いされて助けだされたこと。
狩から帰ってきた里男達が言っていた大熊を見たくて一人で山に入り夜になっても帰らないまぼろを心配して里中の男衆が探しに来たこと。
やたかはただ耳を傾け時折笑みを見せた。
「私、やたかが行ってしまって寂しかったんだわ」
半身が、切り離されたような気がした。どんな時でも一緒だったせいだろう。
やたかを見ると笑ってはいるが瞳は悲しそうに揺れていた。
「まぼろ、俺はお前を本当の家族のように思う」
「急に何を言っているの?やたか」
まぼろは、笑った。
だが、やたかが真剣な顔をしているので、まぼろは笑顔を引っ込めた。
「誰にも話さないつもりだったが、やはりお前には話したほうがいいと思う」
まぼろは、じっとやたかの目を見つめていた。
「俺は、もう里には帰らない」
「やたか・・・・」
どうして・・・・・?とは聞けなかったやたかはきっと答えてはくれないだろう。
もうやたかは里には来ない。心の中で何度も響いて悲しい音色を奏でる。
「昔はよくここに登って遊んだね」
まぼろは、やたかの目を見れずに言った。
「ああ、でもその後でみっちりやまとさまに叱られたがな」
まぼろとやたかは、笑った。そう、あの頃は本当にまぼろは手のつけられない子供だった。それに引き換えやたかは、大人よりしっかりしていると言われるほどの子供だった。いつもまぼろの傍にいたのはやたかだった。
いたずらをするときも、寝るときも、風邪を引くのも一緒だったくらいだ。
やたかが都に奉公に出てからまるで心が引き裂かれるような思いだった。
だからこの先も・・・・・ずっとこの里にいてほしい。そう言いたいがまぼろには、里には帰らないと言うやたかを引き止められる自信がなかった。
やたかには、ときどきまぼろとは違う何か異様なものを感じた。まったく別の世界を歩んでいるようなそんな空気をもつことがあった。
だから、まぼろがどんなにやたかと一緒にいたくとも絶対叶うはずがないとまぼろは知っていた。
笑うやたかを見てまたそんな淡い願いが浮かんだ自分を戒めるようにまぼろは唇を噛み締めた。
「やたか、私も貴方のこと本当の家族のように思っているわ。だから、私のこと忘れないで・・・・里を出てもきっとよ。」
やたかは、頷いた。泣きはしないもうまぼろは小さな子供ではないのだ。やたかと、分かれたあの日からまぼろは驚くべき速さで大きくなった。
「まぼろは、きっともう泣かないと思った」
夜空には、幾千もの星が輝いている。