:第八話
まぼろは、顔を上げた。
「すいません・・・」
小さな声で謝る。男は、安心したように顔を緩めた。そして、暴れる少年をまた連れて行く。
ミクニ_____御免・・・私・・酷い人間になる・・・
「待ってください!」
そう言うと少女は、首飾りを取った。
「待って下さい・・これじゃあ・・足りませんか?」
男を呼びとめまぼろは男の目の前に一つの首飾りを出す。
男は、驚いた顔をして差し出された首飾りを見た。
「こりゃあ、見事なもんだ。確かに足りるよ、釣りが何倍も返ってぐるくらいの品だ」
ざわざわと民衆が声を上げる。しかし男は、首を振ってまぼろに首飾りを返した。
「お嬢ちゃんには悪いが________・・・」
男が、断ろうとしたその時だった。
「いいではないか離してやれば」
凛とした声が聞こえる。まぼろは、振り返った。そこには、優麗な武士が立っていた。歳はまだ二十歳ぐらいの青年だ。艶やかな着物を着ている。武士というより遊び人と呼んだほうがあっている。男は、狼狽して男を見つめた。武士に逆らうものではない。男は、頷きまぼろから首飾りを受け取ると少年を離した。
少年は、呆然として武士とまぼろを交互に見た。まぼろは、急いで優麗な武士に礼を言った。青年は、満足そうに妖艶な笑みを向けた。数人の見物人がほうと声を上げ青年に見惚れた。
紅葉が、近づけない様子でこちらを見ている。怯えているようにも見える。
まぼろは、包みを抱えてただ黙っている少年を見つめた。歩けないようだ。先ほど転んだ拍子に傷を足に負っている。まぼろが困っていると。武士が、懐から手ぬぐいを出してまぼろに渡した。
「有難うございます」
まぼろは、礼を言った。少年の足の手当てをしてやる。少年は、じっとまぼろを見つめていた。為すがまま黙っている。
「私・・・この子を家まで送ります。本当にありがとうございました、お武家様」
そう言うとまぼろは、深く頭を下げた。実をいうとまぼろも怖い___武士に逆らえばお手打ちもありえるからだ。
「ふむ、もう少しこの姿でいたいし_________」
武士が何やらぶつぶつと顎に手をあて独り言を言っている。まぼろは、首を傾げた。
「そうだな、私もそなたについていこう。もちろん、よいな?」
武士が、覗き込んでくる。怪しい武士には逆らわないほうがいい。
まぼろは、紅葉をみた。だが紅葉は、黙ったままこちらを見てはくれない。______どうしたのだろう?
「では、行こうか」
武士は、嬉しそうに笑った。
紅葉は、心配そうにまぼろを見たがまぼろが大丈夫と頷くと紅葉も頷いた。まぼろは、歩けない少年をおぶると武士と供に歩き出した。
少年の名は小太郎といった。
小太郎は、まぼろの背の上で泣きながらずっと謝り続けた。そして、何故盗みを働いたのかぽつりぽつりと話始めた。小太郎の家族は皆捨て子や火事で親を亡くした子供たちだという。母親代わりのお志乃という女性は病弱らしく無理がたたってとうとう寝込んでしまったのだ。
「しかし、盗みは関心せんの」
武士が、呟く。少年は、俯いた。まぼろは、少年に掛ける言葉が見つからなかった。
貧しくて・・・でもお金が無くて____大事な人も助けられない______どうすればいい?・・・・迷って迷って最後には盗みを働く・・・・・まぼろと同じだ。何にも出来ない無力な自分と。
「ついたよ」
少年の家は、とても住みやすいとはいえなかった。今にも崩れそうなぼろ屋の下には水路が流れている。あのぼろ屋では雨風が凌げるのかとまぼろはふと不安に思った。
少年を下ろしてやるとまぼろは包みを持たせてやった。
「もう、盗んではだめよ」
まぼろが、言うと少年は頷いた。
「ありがとう、まぼろお姉ちゃん」
にっこり笑いそう言うと少年は家まで駆け出した。
まぼろと武士は少年の姿を見送った。
その後武士と二人で川べりを歩いた。
ミクニから貰った首飾りを売ってしまった。つくづく馬鹿だと思う。だが、小太郎と目が合った瞬間、助けてと小さな悲鳴が聞こえてきたのだ。
「そなたとんでもない虚け者じゃの。泣くぐらいだったらその首飾りを売らねばいいだろう?」
武士が、言った。まぼろは、はっとした。いつの間にか涙を流していた。急いで溢れた涙を袖で拭いたがおさまらない。泣きやめない。つと、武士の細い指がまぼろの顎を上げた。まぼろは、驚いて動けなくなった。
武士が、袖でまぼろの涙を拭いてやる。まぼろは、慌てて後ろに下がった。恥ずかしくて顔が上げられない。
「袖が汚れます。どうか、お止めください」
武士は、ふと笑みを漏らした。
「何を照れておる。我じゃよ、もしや忘れておるまいな」
まぼろは、驚いて顔を上げた。
武士の美しい顔が不敵に笑う。____袖の見事な蝶の柄が風に吹かれて舞い上がる。
「____・・・胡蝶?・・・」
まぼろは、口を抑えた。でも、胡蝶はもっと小さかった・・私より三つは下に見えた。
「我は、そなたとは遥かに異なった一族と言ったろう?全く、この虚けめ」
まぼろは、武士をまじまじと見た。端正な顔立ちをした青年にしか見えない。
「さぁ、我と供に主の所に来い」
手を差し伸べられる。まぼろは、端正な顔の青年を見つめた。信用出来るのだろうか。
「嫌」
まぼろは首を振った。
「私には、やることがあります。だから、あなたの主の所へ行く気はありません」
胡蝶は、怪訝な顔をした。
「里を襲った者への復讐かえ?」
「違います」
まぼろは、首を振った。
「助けたい人がいるんです。それに、私の人生を他人の手に委ねる気はありません」
ほぉと感心したような声を胡蝶は上げた。目が、きらりと怪しく光る。
「それならば、我も助力しよう」
まぼろは、固まった。こんな怪しい者と供にいるなんて身の危険を感じる。
「でも・・・」
まぼろは、迷った。やっぱり信用出来ない。
「そなたが、思っている以上に今のそなたは危険な状態におるのじゃ・・」
「そんな・・・・」
愕然とする。平和には暮らせないのだろうか?
「安心せい、我は、一族の中では一番、強いし頭もよい」
まぼろは、武士をじっと見つめた。
「信用できる?」
胡蝶は、頷く。
「我の誇りにかけて助力しよう」
まぼろは、胡蝶を見つめた。信用できるだろうか?この男を______
「あなたが言っていた。強大な力って_____?」
胡蝶は、まぼろを見つめた。
「今のそなたではな、話しても悩むだけだろう。それに知らない方がいいこともある・・」
確かにそんなこと知りたくは無い。
「私には、残念だけどそんな凄い力はないと思うわ・・・」
胡蝶は、首を振る。
「そんなことはないぞ?お前は、我が助力するに値する人間だと思うたのだからな」
まぼろは、目を開いた。だから、助けてくれたのか。あの時、まぼろをほおっておくことならいくらでも出来たのに胡蝶はまぼろを見捨てずに手を差し伸べてくれた。
「ありがとう・・」
まぼろは、素直に言った。この男ならば信用出来るかもしれない。ほとんど勘に近いものだが唐突にそう思った。




