:第四話
天に日が昇り始めるたころ女が、部屋の中に入ってみると床に臥せっていた少女が地面に手をついて深々と礼をした。
「ちゃんとした礼もできずに・・・申し訳ありません・・・・私は、まぼろと申します」
女は、にこりと笑うとまぼろの傍まで近寄り膝を折った。
「顔を上げな。アタイは、お銀ってんだ。来な、お婆がアンタを呼んでる」
まぼろは、顔を上げ頷くとお銀の後についていった。
私を救って下さった。お婆という方_____どのような方なのかしら・・・・・・・
障子が、続いている部屋へと案内される。
「あそこがお婆の部屋だよ」
お銀が、案内したのは赤い障子紙が貼られた奇妙な部屋だった。まぼろは、生唾を飲み込んだ。
「気をつけな、お婆は怪より妖怪より厄介な婆様だからね」
お銀は、笑う。頭につけた鼈甲の簪がぎらりと光った。
「お銀や、わしは怪より妖怪より厄介な婆になったつもりはないぞ」
何千年と生きた大木が風に揺られて枝を揺する音のような声が聞こえた。重くそれでいて安心できる声。
お銀は、おぉ怖い、怖いといって笑うとまぼろを行くように促した。
「ほら、お行き。大丈夫、優しい婆様だよ」
頷くとまぼろは歩き出す。
「お入りな」
お婆の声が障子の中から聞こえる。まぼろは、意を決して障子を開けた。
中には、白髪頭の老婆が座っていた。髪をきっちりと結っていて威厳を感じる顔立ちをしている。
まぼろは、呆然と老婆を見つめていたが老婆が皺を深めると急いでお辞儀をした。
「命を助けて頂き感謝のしようもありません・・・・ありがとうございます」
まぼろは、自分の身に起こった出来事を話した。老婆は、ただ黙って聞いていた。大帝の兵が里を襲ったことと自分が八咫の鏡を割ったことは黙っていた。それと、まぼろを包んだあの光のことも・・・・何故生き残ったのか今でも分からないからだ。どうしても説明が出来そうにもない。里が、何者かに襲われ命からがら逃げたとまぼろは嘘をついた。
「では、お前の里が誰に襲われたのか分からないのじゃな?」
「はい・・・」
まぼろは、頷き俯いた。
「何故なんでしゃうか・・・里の人たちが死んで・・・私だけが・・生き残って・・」
はっとする何故こんなこと言ってしまったのだろう。この方に言っても仕方のないことなのに・・・・・
老婆は、少し考えて障子の間から見える空を見上げた。
「人の命は川に流れる笹舟のようじゃのう・・・川の流れに身をまかせ途中で力尽き沈むものもあれば岩に叩きつけられるものもある・・・・・」
まぼろは、老婆を見つめた。
「だがね・・・まぼろ・・・・時折おるのだよ。沈んでも浮かび上がってくるものが・・・」
まさに、今のそなたのようじゃのう。老婆は笑う。
「何故自分だけが生き残ったと考えても仕方のないことじゃ。それは、歳をとってから何度でも考えられることぞ・・・・・そなたは、まだ若い。答えはいくらでもある」
「・・・・はい・・」
まぼろは、頷いた。心が、少し晴れていくような気がした。もう、泣きはしないだろう。そう、きっと大丈夫・・・・・まぼろは、顔を上げた。今は、やるべきことがあるじゃないか。
「お婆様・・・ありがとう・・・」
約束をした、絶対に助けると_____牢獄の中に今も一人でいる少年との約束。
老婆は、笑みを深めた。
「・・道は見えておるようだね」
時に、これから如何する気でいるのじゃ?老婆が、唐突に聞いてくるのでまぼろは目を丸くした。
「・・・・あっ!」
そういえば・・・何も考えてはいなかった・・・・・まぼろは、自分を戒めた。なんて愚かなのだろう・・・
ミクニを探すのだって何も手がかりがないし何しろ里から一歩も出たことがないまぼろにとって里以外の世界は未知の領域だった。
老婆は、笑うと混乱するまぼろをいなめた。
「安心なされ、実はわしらは明日ここを出て行くのじゃよ。わしらは放浪のみ___旅芸人じゃ、どうじゃ・・わしらと供に行く気はないかえ?」
まぼろは、呆然と老婆を見つめた。考えても見なかった提案にまぼろは、暫しの間黙り込んだ。
今差し伸べられた行為を無碍にすれば自分はきっと今度こそ死ぬだろう。それだけは、避けなくては・・・・・旅芸人なら様々な土地に行くそうすればきっとミクニへの手がかりが得られるはず。
まぼろは、自分の中に希望が湧いてくるのを感じた。
「はい、よろしくお願いします」
まぼろは、頭を下げた。




