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明日に乾杯を

「あんたの言った条件だと、今言った四つだな」

 カウンターの向かいにいる男が、クローディアの返答を待つ。

 クローディアは、軽く考える振りをしてから、「もう少し考える」と答えた。

「そうかい」と男は不機嫌ではないにしても、少し残念そうな顔で言った。

 手間を取らせたことに対する礼を述べ、クローディアは空いているテーブルを探し、腰を落とした。

 適当に給仕役を捕まえ、ワインを持ってくるよう頼む。

 給仕が立ち去ると、入れ違いで見知った顔の女がやってきた。

「久しぶり。元気にしてる?」

 腰に手を当て、快活な声色でそう言ったのは、マーガレット。クローディアと同じく冒険者であるが、容姿の美しさも然ることながら、その派手で瀟洒しょうしゃな出で立ちから、余り冒険者には見えない。

「あんたは相変わらずね」

 マーガレットの黄色を基調とした冒険者に似つかわしくない小奇麗なドレスを揶揄するように、クローディアは苦笑した。

「あなたも偶にはお洒落でもしてみたらどう?」

「するときは、あんたを参考にしないよう気を付けないとね」

 マーガレットの挑発的な態度に、毒を効かせるクローディア。

 それに対し、マーガレットは笑みを漏らし、クローディアの向かいに腰掛ける。

「なんだか浮かない顔してたみたいだけど、何かあったの?」

 マーガレットの問い掛けに小さく唸り、「そろそろ身の振り方考えた方がいいのかなって」と答えた。

「身の振り方?」

 何の話をしているのかと、マーガレットが疑問を表す。

「このまま一生、冒険者って訳にはいかないでしょ。あんたも私も」

 呆れたように、クローディアがたしなめる。

「先のことなんて考えたって仕方ないでしょ」

 癇に障るほど脳天気な物言いで、クローディアをいなすマーガレット。

「そんなこと暗いこと考えてないで、何か明るいことでもやったら?」

「明るいこと?」

「化粧でもしてみるとか」

 普通の人間なら、憚るような無神経な発言に、クローディアも呆れ、溜め息をつく。

「この眼帯面で化粧してどうすんのよ」

 自嘲するように、自らの眼帯で隠した左目を指差す。

「だからこそよ。化粧なんてものはブスのためにあるんだから」

「それだとあんたもブスってことになるんだけど」

「私は例外よ。世の中には例外が付き物なの」

 わざとらしく、「そんなことも知らなかったの?」と言うように、呆れてみせるマーガレットに、励まされているような気がして、思わず笑みが溢れる。

「それじゃあまたね」

 席を立ち、別れを告げるその姿すらも、マーガレットは陽気で別れの寂しさを感じさせない。

「何しに来たのよ」と笑いながらクローディアはマーガレットの別れに応える。

 マーガレットが立ち去り、物憂げに安物のワインを口に運ぶクローディアの下に、一人の男が近付いてきた。

 最初は、気のせいかとも思ったが、その足取りと男の視線から自分の下へ向かってきているのだと確信した。

 確信と同時に、クローディアの胸中に雲が掛かる。

 女だてらに冒険者などやっていると、例え、容姿に多少の欠点があろうとも、何かと悪い虫がたかってくるものだ。

 男はクローディアの下にくると、無遠慮にその向かいに腰掛けた。

「よう元気か? 見たところ暇そうだな」

 も当然のように話し掛ける男に、クローディアは警戒心を抱きながら、返事をする。

「あんた誰よ」

「おいおい、覚えてないのかよ」

 クローディアの返答を聞いた男は面食らったように言った。

 見たところ、男は青年風で歳は三十に届かない程度、風体から見るに魔術を使い、場数もそれなりにこなしているようだ。

 カマを掛けているのかとも思ったが、それらしき風貌の人物と面識があるような気もした。

「誰だっけ?」

 探り探りの聞き方など性に合わないと敢えて取り繕わず訊ねた。

「ヴェンディルだよ。前に一緒に仕事したろ?」

「そうだっけ?」となおも首を傾げるクローディア。少し心当たりは出てきたが、ヴェンディルの焦ったような態度が面白く、思わず意地悪くしてしまう。

「ほら、前に十数人でやった時の」

 男の具体性を帯びた説明にようやくヴェンディルのことを思い出す。

「ああ、あの時の。話したことあったっけ?」

「ああ。三秒ほど」

 臆面もなく吐かれた台詞に溜め息混じりで答える。

「それで、大親友のヴェンディルさんは私に何かご用件でも?」

「あんたを弓使いと見込んで頼みがある。手を貸して欲しい」

 そう言ってから、「勿論、冒険者として」と添えた。

 その言葉を受け、クローディアは周囲に軽く視線を送り、答える。

「弓使いなら何人かいるみたいだけど?」

「そうだけど、どうせなら知り合いに頼みたいだろ? それに他の連中にはさっき断られたよ」

 やれやれ、とおどけてみせる男に、クローディアは呆れながら、「知り合い、ねえ」と皮肉気味に返しながらも、「まあ、いいけど」と執り成した。

「それで、屈強な男共が遠慮した危険な仕事を女の私に頼みたいわけね」

「まあ、そう邪険にしないでくれよ」

 男はそう言うと、クローディアを説得しようと話を続けた。

「射手のあんたにそれほど危険はないし、そもそも弓使いを探してるのは安全策としてだ。それに報酬はかなり高額だ」

 ヴェンディルの言葉は、僅かにクローディアの興味を惹かせた。特に言葉の最後の部分が。

「もう少し詳しく聞かせて。話によっては引き受けてもいいわ」

 クローディアが興味を持ったことに、満足そうに頷くとヴェンディルは話を続けた。

「まず弓使いを探してる理由だが、これは毒矢を使って貰いたいからだ。ナイフや剣に毒を塗って使ってもいいんだが、近付いて戦うには少々危険な相手でな」

「なるほど」と顎に手を当て、クローディアは次の言葉を待つ。

「そして肝心の報酬だが――」と男は話しながら、腰の小物入れから小さな布袋を取り出した。そして、そこから何かを取り出すと、それを、そっとクローディアの前に置いた。

 男の手が退けられ差し出された物に視線を落とすと、クローディアの瞳に四つの光が入ってきた。

 男が提示したそれは、銅貨でも銀貨でもなく、ましてや魔術師や錬金術士が心血を注いで作り上げた、不思議な力を持つ珍妙な逸品などでもなく、至って普通の四枚の金貨だった。善良な聖職者も悪辣な強盗も虜にして止まず、人々を駆り立てる魔性を持った正真正銘の金貨。たったの四枚だが、それだけで二年は暮らしていける。それがクローディアの目の前にあった。

 言葉を失うほどの驚きをクローディアが見せたのは、一つしかないまなこには四つの輝きが眩し過ぎたからか、それとも単に男の差し出した金額の高さ故か。クローディアがそれを判別する間もなく男は話を続けた。

「前金で四枚。成功報酬で十枚払うそうだ」

 ヴェンディルの言い足しでクローディアの胸中は更に揺さぶられたが、逆に一回りして冷静さも目を覚ました。

「引くくらい高い報酬ね。一体何をさせるつもり? それに、『払うそうだ』って依頼主は別にいるってこと? ギルド経由の仕事じゃなさそうだけど」

 疑いの眼差しを光らせ、質問を重ねるクローディアに、ヴェンディルは順番に質問の答えを出した。

「報酬の高さは仕事の危険度の高さの現れだろうな。詳しくは話に乗った人間にしか話せないが、ある魔獣を相手にする。察しの通り、依頼主は俺じゃない。そして、あんたの言う通りこれは正規の依頼じゃない」

 ヴェンディルが話し終わると、僅かな間ができた。

 依頼の内容に胡散臭さを感じてはいたが、クローディアは、この依頼を受ける心づもりとなっていた。

「あんたは何でこの依頼を受けたの?」

 破ったと言うほど大仰なものではないが、束の間の沈黙はクローディアによって崩された。

「腕に自信あり?」と返事を待たずに問い重ねるクローディアにヴェンディルは相好を崩して答えた。

「実は、古い友人の頼みなんだ」

 そう言ってから、「尤も、自信もあるけどな」と無邪気な表情を見せた。

「なら安心ね」

 クローディアは、自らの決意を表すように目の前の硬貨を手に取る。

「それで出発は?」

「準備ができ次第すぐに発つ」

「今から向かうってこと?」

「いつがいてくれるとは限らないからな。急ぐに越したことはない」

 クローディアの逡巡する素振りを見て、ヴェンディルは、「一日くらいなら待ってもいいけど」と付け加えた。

「準備とかは要らないと思うけど、そろそろ依頼内容聞かせて貰える?」

 クローディアの指摘で、思い出したように内容の説明をする。

「おっと、そうだった。内容は至って単純さっきも言った通りある魔獣の相手をする」

「魔獣って?」

「マンティコア」

 若干声を潜めはしたが、臆面もなくその名を口にしたヴェンディルに、クローディアは表情を曇らせた。

 燃えるような赤い外皮、悪魔の如き漆黒の翼、猛毒を宿した鋭い尾、たてがみを持ち怒りの形相を浮かべる人面、それらを持つ魔獣の姿を想像し、クローディアは憂鬱の海に体を沈めた。

「なるほどね。報酬の額に尻込みした男たちは賢い選択をしたわけだ」

 自嘲するような溜め息は、諦念を表すかのようだった。

「今日の夜には俺の話を蹴った奴らが地団駄を踏むことになるさ」


 幾許いくばくかの時間の後、クローディアは指定された門の付近に到着した。

 ヴェンディルはクローディアを見付けると、手を上げ場所を示した。

 合図に気付いたクローディアがヴェンディルの元へ向かうと、そこにはヴェンディルの他にもう一つの人影があることを確認した。

 近付いてみると、その人影の異様さに面食らってしまった。それもそのはず、その人物は、ボロ布のような外套を着込み、顔は頭巾ですっぽりと覆い隠していたのだ。そして、何よりクローディアが不気味に感じたのは、僅かに外気に触れている両の手が、包帯で隙間なく包まれていることだった。

「準備はできたみたいだな。それじゃあ出発しよう」

 何事もないかのように、ヴェンディルは門の外へ向かおうとするが、クローディアはそれを止める。

「その前に、彼は誰?」

 おおよそ予測は付いていたが、聞かずにはいられない。

「依頼者だよ。俺の友人の」

 やはりと思いつつ、幾つかの質問を吐き出そうとするが、ヴェンディルに遮られた。

「おっと、質問は道中で頼むぜ」

 命懸けの仕事故、本来食い下がってもいいとこであるが、クローディアは敢えてヴェンディルの言う通りにした。いざとなれば囮にして逃げる腹積もりなので、それまで機嫌を損ねさせないようにしておきたかった。

 ただ、これだけはどうしても言っておこうと思い、その言葉を口にした。

「彼、門で止められない?」


 小気味いい金属音を立てながら、グリザードと名乗った異様な姿の男は、クローディアに話を振った。

「ああいう手合は結構、これで簡単に転ぶもんだ」

 そう言いながらグリザードは数枚の銀貨を手と宙の間を行ったりきたり遊ばせている。

「一杯やってくれって額じゃないからな。転ぶでしょ」

 クローディアの返事を待たずに、先頭を歩くヴェンディルが口を挟む。

「どこかの御曹司だったりするの?」

 クローディアの言葉にヴェンディルが、「こんな不気味な貴族がいるかよ」と大袈裟に振る舞う。

 だよね、とクローディアも心の中で同意する。

「闇商人ってやつさ」とヴェンディル。

「闇商人?」

 何を言っているのかと訝しがるようにクローディアが聞き返す。

「そうそう。ギルドに内緒で、禁術の行使や特別な魔術道具の密売なんかをやってる」

「それって商人って言うより黒魔術師とかなんじゃ?」

 クローディアの疑問に、グリザードが含み笑いを漏らす。

「そんな大層なもんじゃないさ。やってることはせこい商人と変わらんからな」

 とても人とは思えない容姿のグリザードが人間らしく笑みを零したことでクローディアはどこか安心感を覚えた。

「ところでそろそろ依頼に関して詳しく聞きたいんだけど」

 頃合いを見計らってクローディアは、男たちに依頼の内容を問い合わせる。

 ヴェンディルはグリザードの方を向き説明を促す。

 ヴェンディルの合図に頷き、クローディアへ説明をする。

「マンティコアという魔獣を捕らえる手伝いを頼みたい。できれば秘密厳守で」

 神妙な雰囲気を醸すグリザードの口から物々しく出た魔物の名前に、クローディアは頭を抱えた。

 溜め息を一つ。

「それで、私は何をすればいいの?」

 一応、毒矢を使うことは事前に聞いていたが、改めて自分の役割を問い質す。

 グリザードはクローディアの問いに答えるように、荷物から小瓶を取り出した。

「それは?」

「この毒を君の矢に塗って貰う。その矢をマンティコアに当てるだけでいい」

「いくつ当てればいいの?」

「一発でも十分倒せるほどの強力な麻痺毒だ。当てる部位は特に問わない」

「頭とか心臓に当ててもいいの?」

「当てても構わんが、表皮や筋肉に阻まれて致命傷にはならんだろうな」

「なるほど」

 納得するように頷く。

 受け取った小瓶を丁重に扱い、矢に毒を塗っていく。四本の矢に毒を塗り終わったところで、小瓶の中身が空になった。

 道具をしまい、再び歩き始める。

 数十分歩き続けたとこで、平原に一つの影を見付けた。

 うずくまった獣のようなその影を指し、ヴェンディルがグリザードに、「あれか?」と問い掛ける。

「ああ」とグリザードの返事でクローディアも覚悟を決める。

 姿を確認すると男二人の動きは速い。距離を詰め、クローディアに目配せをすると、筋書きをなぞるように、攻撃に移っていった。

 先行した二人の接近に、臥していた魔獣は、突然起き上がり、一喝した。

 ながら晴天の雷の如き怒号は、距離を置いていたクローディアの耳にも鮮明に届いた。

 咆哮にも思えたそれが、はっきりと人間の言葉に聞こえたことで、クローディアは得も言われぬ不気味さを感じた。

 一瞬、恐怖に睨まれたクローディアをよそに、二人の男は動じることなく、立ち回った。

 すぐに役割を思い出し、矢をつがえるクローディア。目の前の光景に僅かな後悔を覚えるが、弓を持つ手に不手際は生じない。

 魔獣の側面に回ったグリザードが呪文を唱えると、獣の咆哮は掻き消えるように静まった。

 声を封じられたことに怯んだその隙を付き、最初の矢を放つ。

 弓から離れた矢は風を切り、責務を果たすため、突き進んでいった。

 しかし、距離や風向きを見誤った上、魔獣が姿勢を変えたことも手伝い、刃は虚しく宙を突いた。

 貴重な一射目を外し、軽い焦りと失意が生まれる。

 攻撃を外したことでクローディアに気付いたのか、マンティコアはその面妖な人面に怒りを浮かばせ、食い殺さんと躍りかかろうとした。

 しかし、ヴェンディルがそれを許さず、得意の魔術で足止めを試みた。

 クローディアに意識が向いたことで、注意が散漫になったのか、ヴェンディルの放った風の球が、内臓の詰まった横腹に直撃し、大きな一撃になった。

 仰け反りつつも、尾の毒針を食らわせようと、狙いを定めるが、グリザードの魔術が寸でのところで間に合った。

 凄まじい重圧が妖獣の上に伸し掛かり、平伏させる。しかし、それも束の間、魔物は非常識的な危険度を象徴するかの如く、猛々しく立ち上がり、グリザードの術を打ち払った。

 マンティコアの無詠唱魔術を封じるべく、常に妨害を掛けていたことが仇となりグリザードは舌打ちをする。

 しかし、術が払われる前に組み立てていた術式がなんとか完成し、直後に四肢の動きを奪うことに成功する。

 術の成立を確認したヴェンディルが叫ぶ。

「クローディア!」

 期待に応えるように、クローディアはできるだけ距離を詰め、渾身の力で弦を引き、息を吐き、整え、定め、射った。

 二の矢はクローディアの期待を裏切ることなく、無事マンティコアの右肩を射抜いた。

 皮膚を引き裂く痛みに、怒りの形相を自らの敵に向けるが、それも一瞬のことに終わった。

 痛みとも痺れともつかない虚脱感がマンティコアの体を襲い、肉体の自由を奪った。

 一旦、倒れるように四肢を崩したが、魔獣の矜持からか立ち上がり一矢報いようと、牙を見せた。

 しかし、接近しながら放たれたクローディアの毒矢を次々に受け、さすがの魔獣も息も絶え絶えとなった。

「やりすぎ」

 横たわる魔獣の姿を見て安堵するすクローディアにヴェンディルが苦笑いを向ける。

「ごめん」と謝意を全く感じさせない言葉を出すクローディアに、「いや、元々全部使う予定だったんだ。丁度いいさ」とグリザードがマンティコアの側にしゃがみながら言う。

 魔獣の怨めしそうな眼光に気圧され、顔を逸らすクローディア。完全に沈黙したとは言え、数百の軍勢を瞬く間に喰らい尽くすと噂に名高い獣を前に恐怖を隠し切れない。

「動き出したりしないでしょうね」

 視線を逸しつつ、伺いを立てる。

 クローディアの目の端で、グリザードは魔獣に向かって何かの呪文を唱えていたようで、返事は帰ってこなかった。

「心配ならもう少し離れてな」

 ヴェンディルの言葉に、数歩後ろに下がる。

 下がったと同時に、マンティコアの足元に魔法陣が描かれる。

 魔法陣が刻まれていたのはほんの数秒で、すぐに術が完了したのか、その幾何学模様は長くクローディアの瞳に留まらなかった。

 事が済み息をつくグリザードに、ヴァンディルは容赦なく、報酬の請求を行う。

 差し出された右手を冷ややかに一瞥すると、グリザードは懐に入った袋を取り出す。

 念のため金袋の紐を緩め、中身を確認してからヴェンディルに手渡す。

「これからどうするんだ?」

 受け取った袋から自分の取り分を出し、残りをクローディアに手渡す。

「どうもしないさ。暫くはまだこうして各地を巡ることになる」

 そうかと頷くヴェンディル。

 男二人の会話をよそにクローディアは袋の中を確認する。見ると、金袋の中には自分の取り分よりも多くの金貨が入っていた。

「ねえ、少し多いみたいだけど」

 グリザードが間違えたものと思い、僅かな期待を込め、残りを返そうと袋を差し出す。

「もう少し集まると思ったんでな」とグリザードが言うと、それに便乗するように、「貰っとけ貰っとけ」とヴェンディルが笑った。

 呆れたようなグリザードの視線に、「どうせ全部使うつもりだったんだろ?」とねだる。

「まあいいさ。取っておけ」

 そう言うと、グリザードは二人に背を向け歩き出した。

「嬉しい誤算だな」

「それはいいんだけど、これはどうするの? 捕獲したことになってるの? これ」

 クローディアはグリザードがマンティコアを持て余すと言うように、指差した。

「やることはやったみたいだしそのままでいいんだろ?」

 若干の無責任さを見せながら答える。

「動けるようになったら、報復にきたりしない?」

「グリザードの魔術で縛られてる以上その心配はないが、ここに長居するのも嫌な感じだな。さっさと町に戻るとしよう」

「そうね」と早速足を町の方に向けるクローディア。ヴェンディルはそれに追随しながら、声を掛ける。

「あんたはこれからどうする? 大金片手に冒険者を続けるのか?」

 ヴェンディルの言葉で改めて自分の手に莫大な金額が握られていることを意識する。

 余りに現実感のない出来事だった故に、いざ考えようとすると思考が追い付かず、言葉が出なかった。

 その様子を見たヴェンディルは明るい声で、クローディアの絡まった思考を解いた。

「取り敢えず、町に戻って乾杯するか。考えるのはその後でいいだろ」

「乾杯? 勝利に?」

「明日に!」


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