07:エルフの願い
僕はあの日―…僕たちの罪が断罪された日に、村の皆とともにヒューマンに捕まって、奴隷商の元に送られた。
僕を買っていったのは白いローブの魔法師だった。
村の男たち十数人と一緒に纏めて買われた。
男娼としては売れない年をとった者、魔力が弱く戦奴隷として使えない者、そして、美しい容姿の者が多いエルフの中にあって地味な見た目の僕。高値で売れない僕たち。
そして連れてこられたのが、この何かを研究しているらしい施設だった。
僕は、あれからずっとここにいる。
耐えがたい苦痛が果てしなく続くだけの日々に、時間の感覚なんてすぐになくなった。
仲間の気配が消えていくのを感じる時だけが、時間の経過を感じる時だった。
だけど、それももうずいぶん前になくなった。
僕と一緒に連れてこられた村の仲間の気配はもう感じない。
僕一人になってしまった。
僕はいつまで生きているんだろう。
いつもと変わらず、実験台に固定された身体を切り刻まれる。
果てしなく、いつまでも…
もう何もかも全て諦めているのに、与えられる苦痛になぜか身体だけが反応する。
生きる意思なんてとうにないはずなのに、痛みにもがき、何とか逃げ出そうと暴れる。
先に逝った仲間が正直、羨ましい。
僕はいつまでこの苦痛を味わわなければならないのか…
これが僕に科せられた罰なんだろうか。
僕はそんなにも他の者よりも罪深かったんだろうか。
あいつは確かに苦しんだんだろう。
あの日、僕たちの前に再び姿を現すまで、あいつがどうやって生きてきたのかなんて僕は知らない。
村を焼かれて捕まった僕たちを、あいつは暗い歪んだ笑顔で見ていた。
だけど、僕ももう十分に苦しんだと思うんだ。
皆がどんどん死んでいく中、僕だけが死ねなくて、生き続けて、切り刻まれ続けて…
どうして僕だけ、僕だけが、どうしてどうして…
僕を殺して。早く殺して。僕を開放して。
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痛みに朦朧としながら、霞がかった意識の片隅で今まで感じたことのない大きな力の発動を感じた。
今度こそ死ぬのだと、やっと解放されるのだと思った。
けれど違った。僕に向けられた魔力の波動は優しかった。
そして僕は導かれるように深い眠りに落ちていった。
ずいぶんと久しぶりに感じた安らかな眠りの気配、意識がなくなる直前に優しい声が聞こえた気がした。
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それからどのくらい眠っていただろう。
大きな魔力の衝撃で一気に目が覚めた。
不思議な意匠の部屋。獣人が2人。
そして、今まで見たこともないほど強固な結界と、その中にいる暴れているらしい霊獣、その霊獣を抱きしめ宥める黒髪の人物。
彼の長い髪が、嵐に揉みくちゃにされているみたいに激しく踊る。
結界の中で起きているらしい尋常ならざる事態に、ぞくりとした。
あの結界がなければ僕なんて一瞬で塵になっているだろう。
暴走した霊獣の力に曝されて無事でいるなんて彼は何者なんだろう。
彼は暴れる霊獣を撫でながら何度も何度も優しく声をかけた。
……あぁ
僕は… 僕は、知ってる。
この声は、あの時、眠る直前に聞いた声だ。
眠っている間も、ずっと夢現で聞いていた気がする。
あれは幻聴ではなかったんだ。
きっと、あの手の感触も、僕は知ってる。知っている。
彼だ。彼なんだ。
僕を開放してくれた人―…
彼は僕を殺してくれるだろうか。
僕は、彼に殺されたい。
あの優しい手で、僕を殺してほしい。
「―――あの…」
僕は高揚して逸る気持ちを抑えて、いつのまにか霊獣を鎮めてしまった彼に声をかけた。
僕の神
僕の、死神―…