22:魔神の安全対策-1
お待たせしました。続きです。
暑くて脳味噌が働かず文章がなかなかまとまりませんでした…
台所で茶葉を選び、お湯を沸かしながら、先程うっかり忘れてしまった”制限”について考える。
「情報秘匿のための制限か…」
素直に考えるなら、この屋敷外で秘匿対象となる情報を話せなくなる、という感じではあるが…
問題点は、会話が不自然に途切れる可能性があるため、周囲に不審に思われる恐れがあること。
外での会話がかなり制限されるため、買い物などの外出時の会話に不便が出ること。
そして最も重要な点は、身体に直接作用する制限なので、皆に掛かる負担が心配なことだ。
他に方法はないものか…
水道やコンロや洗濯機なんて単語だけを聞くなら何のことか分からないんだろうけどな…
「ああ、そうか。”分からなければ”いいんじゃないか?」
つまりは他の者に認識されなければ良いのだ。
秘匿対象の情報に認識阻害を掛け、鍵を持つ許された者しか私たちの言葉を正しく認識でないようにすればいい。認識できていないことすら分からないほど強く認識阻害を掛けておけば、周囲に不審を与える可能性はずっと低くなるだろう。
これならば彼らに与えるのは、情報にアクセスするための鍵だけだから身体への負担は無きに等しい。
あとは、念のために思考を読まれないように精神感応防御を掛けて、私たち以外の魔力波形の持ち主を弾くように設定すればいいか。
”情報”なんていう形のないモノへの魔法干渉は、とてつもなく大量の魔力を必要とするが、幸いにも私は魔神だ。おそらく問題なく展開できるだろう。
しかし精神感応防御か…こちらは常時掛けておくような魔法ではないな。ひとまずは外出時だけ掛けておくことにして、あとは移動用として作る予定の魔道具に機能を盛り込むか。
いや、どうせなら精神感応防御だけじゃなく、あらゆる物理攻撃、魔法攻撃を防ぐ防御を掛けておこう。服で粗方の攻撃ダメージが防がれるとはいえ完璧ではないし、顔などの露出している部分はダメージを通してしまう。彼らが傷付く姿はもう見たくない。
あの街の倉庫で血濡れになったアスの姿が目に入った瞬間の、心臓を鷲掴みにされたような衝撃は、もう二度と味わいたくなんてない。
なんだったら展開する防御障壁に反射機能でも付けるか。彼らを傷付けようとする者には、それなりの報いがあってもいいんじゃないか?10倍返しくらいで…
あぁ、楽しくなってきた。これはますます気合いを入れて作らなければ。
ちなみに、そこまで影響は大きくないため彼らには伝えていないのだが、名を授けた琥珀だけでなく、実はリュイ、アス、レウムにも私の”祝福”が与えられている。
これは私が意図したことではなかったのだが、彼らを拾って看病していた際、口移しで水を飲ませた時に無意識に付与してしまったものだ。
祝福や加護といった類は、要するに私が意図や望みを持って魔力を分け与えることで相手と結ばれ発生するものである。
あの日は私がこの世界に発生した初日で、冷静なつもりだったがどこか混乱していたところもあったのだろう。瀕死の彼らを助けることだけに集中していて、いつの間にか魔力の制御が甘くなっていたようで、無意識のうちに私は魔力を微量ながら体内から漏らしてしまっていたらしい。
その結果、飲ませた水を通じて彼らに魔力を分け与えてしまった。
彼らへ与えてしまった祝福は、琥珀のものと違って、意識せずに与えてしまった微量の魔力に因る祝福なので、そう強いものではない。
精々が生命力や腕力などの全能力値を1割ほど底上げする程度のものだ。
本当は、彼らにも琥珀と同じように…いや、琥珀にも、私の望む全力の”加護”と”祝福”を与えたい。
それらは、つまりは私と彼らを繋ぐ確かな絆となるからだ。
だけど、それは出来ない。してはいけない。少なくとも今はすべきではない。
今するならば、それは私のエゴでしかない。
魔神の力とは、他の生物にとっては種の根幹さえ変えてしまうほどの力だからだ。
そんなものを私の勝手で押し付けるわけにはいかない。
だから琥珀にもある程度、力を抑えて名付けの儀式を行ったのだ。
だけど、いつか…私たちが依存の関係から抜け出し、互いに自分の足だけで立てるようになった時、それでも互いを必要としたならば…必要とされたならば…
「なぁ琥珀、依存心と愛情の境目ってどこなんだろうな?」
「きゅ?」
「いや、いい。忘れてくれ。」
琥珀に対して思わず馬鹿な質問をしてしまった自分に苦笑が漏れる。
私は何を望んでいるんだろう。
”お前の欲する物はきっとそのうち手に入る。大丈夫だ。”
そう私に行ったのは誰だったか…
時々、無性に”逢いたい”という気持ちが湧きあがる。
私は誰に対してそう想っているのか。
(ノワール?どこか痛い?大丈夫?)
「琥珀…大丈夫だ。ありがとう。」
ついまた考え込んでしまった私に、琥珀が心配そうに顔を覗きこんできた。
琥珀にこんな不安そうな顔をさせてはいけないな。
だけど、私の些細な変化にも反応して心配してくれる存在がいるというのは何とも嬉しいものだ。
なんとなくくすぐったいような気持ちになる。
いつの間にか湧いていたお湯をティーポットに注いで、お茶が出来上がるのを待ちながら、心配させたお詫びと感謝を込めて琥珀を撫でた。
気持ち良さそうに目を細める琥珀の表情が私は好きだ。




