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魔神と”私”が溶ける刻  作者: 美雷
第2章:揺れる魔神は世界を巡る
24/28

21:魔神の散歩

「さて、どういう制限を掛けるかな。なるべく負担を少なく…」


あの後、買い物は午後からとして一旦解散し、私は森へと散歩に出かけた。座って考えるよりもこうして身体を動かしている方が、脳に刺激がいって考えがまとまりやすいのだ。

それに、ここの森は前世ではなかなかお目にかかれないような本物の手付かずの原始林だ。なぜか懐かしいと感じてしまうこの森は、深魔(しんま)の大森林と呼ばれ、樹高は最大のものなら優に70m~80mはあるだろうか。他にもさまざまな高さの樹木が生育し、それらが林床、林冠と層を作っている。

また、明確な山はないが、唐突に谷があったり崖があったりと起伏に富む地形で、樹木と合わせてまるで規模の大きすぎる立体アスレチックのようだ。

勿論、ほとんどの者にとってはアスレチックなんて生易しい(モノ)ではないのだが、魔神の身体能力は凄まじく優秀で、魔法で飛翔せずとも木々を足場に林冠まで軽々と跳躍できてしまう。

ここまで自在に動けるとまさに爽快としか言いようがない。


(ノワール、今日は飛ばないの?)


枝から枝へ、木から木へと飛び移りながら移動していると、相変わらず私に巻き付いたまま散歩に付いてきていた琥珀が問いかけてきた。


「ああ、今日は身体を動かしたい気分なんだ。適度な運動は気持ち良いぞ?」

(じゃあ、我も自分で飛ぶー)


琥珀はするりと私から離れると、跳躍を続ける私に並んで飛行しだした。

魔法のなせるわざだと分かってはいるが、未だに翼も持たない琥珀が空を飛ぶこの姿を不思議に思ってしまう。

まぁそんなことを言えば、いつも魔法で飛翔している私だって同じなのだが。


「随分と魔力操作が上手くなったな。」

(うん!もう飛びながら精神感応(テレパシー)だって使えるんだよ!)

「凄いな、琥珀は。えらいぞ。」


複数の魔法の同時展開は何気に制御が難しい。

生後半年に満たない幼体の琥珀が、まるで呼吸するかのように自然に飛翔と精神感応(テレパシー)の2つの魔法を使っていることは称賛に値する。

それに飛翔魔法は実は難易度が高い。大気を操り揚力を発生させ、風を起こして推進力とする。安定した飛行をするには、極めて精緻な魔法の制御を必要とするのだ。

飛翔するタイプの竜はどの種もこの飛翔魔法が得意で、種の本能的に操ることができるのだが、それにしても琥珀のような幼体で、ここまで安定した飛行を行えるということは稀である。


(我、ノワールに相応しい立派な竜になるんだー)

「そうか。琥珀ならきっとどの竜よりも強く美しく立派になれる。楽しみにしているよ。

だけど、無理はするな。私は琥珀が健やかでいることが一番嬉しいんだからな。」

(えへへー、ノワール大好きー)

「私も琥珀が好きだよ。」


琥珀のいつもの”大好き”に、私もいつものように応えると、琥珀は嬉しそうにくるくると身体を回転させて喜びを全身で伝えてくれる。

無邪気に私を慕って、いつでも全幅の信頼と好意を寄せてくれる琥珀―…孵化からずっと辛い目に遭っていたというのに、この純粋さは何なのだろうか。

毎日些細なことに驚き、何をしても、何を見ても、いつも楽しそうにしているこの子を見ていると、とても微笑ましくて私までいつのまにか笑っている。

だけど少し…胸が、痛い。

本当に日常の小さなこと一つ一つに大騒ぎするこの子は、今まで―…


この子には幸せでいてもらいたい。

私が名を与え、守護する者となったその責任だけではなく、あの研究室で聞いた苦痛に満ちた声を、もう二度と聞きたくはない。

いつでもこんなふうに楽しそうにしていてもらいたい。


「ああ、そうだ。今度、竜に会いに行こうか。」

(本当?うん!会ってみたい!)

「そうか。竜はな、琥珀以外にもいろんな種がいるんだぞ。

最も飛行速度が速く風を操るのが得意な飛竜、深海に生息する海竜、それから岩場や洞窟などを好む土竜―…琥珀はどんな竜に会ってみたい?」

(えっとね、全部!いろんな竜に会ってみたい!)


私の質問に迷わず”全部”と答えた琥珀は、好奇心と期待に瞳をキラキラと輝かせている。

苦しかったはずの過去のことなんて感じさせず、いつでも素直で前向きな琥珀―…君が望むなら私に否やは無い。

竜に逢いに世界を巡る、それもいいじゃないか。

今までが閉じた世界だったなら、これからは私がいろんなものを見せてやる。

この世界の広さを、深さを、輝きを、美しさを―…


私は世界のことを”知って”いるけれど、この眼で実際に見たわけではない。

琥珀と見る世界なら、きっともっと美しい。

皆と巡る旅ならば、きっとずっと楽しい。


「じゃあ竜に会いに世界のあちこちに行ってみるか?」

(わぁ!行く!ノワールと、皆と、いろんなとこに行きたい!)

「ああ。じゃあ帰ったら皆に話そうな。」

(うん!)


まだ見ぬ景色に想いを馳せているのか、琥珀は嬉しそうにくるくると回転しながらはしゃいで上空に向かっていった。

琥珀と話している間にすでに林冠の最上層部分まで来ていたので、琥珀を追って私も空へと飛翔する。


(キレイだね!空も、光も、樹も、森も、水も、ノワールの見せてくれるものは皆キレイ。)

「ああ、奇麗だな。これからもっといろんな景色を見に行こうな。」

(うん!)


それから琥珀としばらく空の散歩を楽しみ、すっきりとした気分で屋敷に戻ってきた。

しかし、何か忘れているような…


「あ!”制限”の内容、考えてない…」


散歩に出た目的をすっかり忘れて、琥珀と遊び呆けるとは…まぁとても楽しかったので構わないか。

それに、今なら良い考えも浮かびそうだ。


とりあえず、お茶でも淹れながら考えることにしよう。

2013/8/19 森に関する記述を変更・追加

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