20:魔神の打明け話
「なぁノワール、そろそろ食糧買い足した方がいいと思うんだ。
レウムがマジでシャレにならないほど食うし…」
翌朝、食後のお茶を飲みながら昨夜考えていた内容をどう伝えるか思案していると、アスが食料の買い足しを提案してきた。
そういえば、アスは身体の回復とともに食事量が落ち着いて、普通に男性の1人前くらいの量で満足するようになったのだが、レウムは逆にさらに良く食べるようになった。軽く5~8人前は食べている。
なんて燃費が悪いんだ。料理する者の身にもなってほしい。切実に。
「…たしかにな。じゃあ今日は街に買い物に行くか。
ついでにアスとレウムの服も買い足そう。」
ちなみにアスとレウムには前回の買い物で3着づつ服を買ったのだが、今は2着づつしかない。彼らはそれなりに動けるようになると其々森の探索に行くと言って、服の耐久力も考えずに森の中を駆け回ったのだ。そして2人揃ってその1着を破って駄目にした。
それからは、アスとレウムの服と、ついでにリュイの服にも、状態保存や防御、撥水、防塵の魔法を掛けるようにした。
なので、見た目は痛みやすそうなお洒落な服なのに、はっきり言ってそこらの鎧よりも丈夫で、物理攻撃も魔法攻撃も8割以上防ぐ規格外の優れ物になった。
「その…せっかく買ってもらったのに1着ダメにしてごめん。それと、ありがとう。
んでな、今更なんだけど、ここってどこなんだ?屋敷周辺の森を探索してみたけど、全然分からなかったんだ。
今後も買い物は必要だし、現在地さえ分かれば食料品の買い足しくらい一人で行くぜ?」
「そうですね。僕も森を見て回りましたが、見慣れない植物も多いですし、場所の見当はつきませんでしたね。」
「ん。」
そういえ私が魔神だということだけでなく、この場所についても話していなかった。今まで何も言ってこなかったが、密かに各々気になっていたらしく、アスの言葉にリュイとレウムも続いた。
ここは世界の中心であり、概ね大陸の中心と言っても相違無い。大陸の中央部は魔族と魔獣以外は住まない特殊な土地なので、魔族ではない彼らが分からないのも無理はないのだ。
私は、場所を告げるついでに私の正体についても話してしまうことにした。
「ここは大陸の中心だ。それから、これも言ってなかったんだが私は魔神だ。」
「え、大陸の中心って…魔族の土地ですか?ノワール様、魔人って…魔族だったのですか?」
「そっかぁ。欠損した腕や脚を再生させるし、俺たち全員を連れて転移するし、どんな魔力量かと思ってたけど、魔族なら…まぁ納得か。」
あまりにもさらっと簡潔に伝えすぎたのか、魔族だと思われた上に”魔神”を”魔人”と勘違いされてしまったようだ。
ちなみに、魔族とは魔素から発生した存在のことで、それ自体が魔素の塊みたいなものだ。
世界を満たす魔素には”流れ”があり、卵を逆さにした形の世界の一番底からまっすぐ上昇し、卵の天辺まで到達したらそこから四方八方に散りながら沈んでいく。そして一番底まで沈んだなら、また上昇する。そんな過程を繰り返しながら対流している。
だから大陸の中央部が最も魔素濃度が高く、魔族は主にその地で生まれる。
そして通常の食事は必要とせず、魔素を空気中から直接取り込む。そのため、魔素濃度の高い地を好むし、短期間ならばともかく、長期的にはそういった土地―…つまり魔素濃度の高い大陸中央部でないと存在を維持できず、消滅してしまうのだ。
私も魔素から発生したという点では魔族と同じだし、その他、似た特徴を持ってはいるが、魔族と違って魔素濃度が低くとも消滅することはない。魔神は自ら消滅を選ぶ以外に、死ぬということがないのだ。
したがって魔神は、魔族とは根本的に異なる存在である。
「私は魔族ではない。”魔人”ではなく”魔神”だ。」
仕方がないので、魔方陣を描く要領で、魔力を使って空中に文字を書きながら訂正した。
「は?魔神??……え?魔神って伝説上の……??」
「魔神って―……”世界の監督者”と言われる魔神様ですか!?」
「神…」
「「ええええーーーーーーっっ!!??」
その日、私は初めて知った。この世界の住人にとって魔神は、ほとんど目撃例のない、口伝で存在しているらしいことだけは伝えられている伝説上の存在であることを…
・
・
・
「はぁ…まさかこんなに驚かれるとは…」
「いや、驚くって!魔神なんて子どもの頃に聞くお伽噺にしか出てこないんだぜ?俺は、まさか実在しているなんて思ってなかったよ。」
「そうですよ。エルフは長命種なので他の種族よりは確かな話も残っていますが、魔神様が最後にお姿をお見せになられた話なんて何千年も前のことです。」
その後、予想以上の驚き振りを見せた彼らをなんとか落ち着かせ、しみじみと呟いた私だったが、即座にアスとリュイからツッコミが入れられた。レウムも無言ながらしきりに頷いている。
琥珀だけは変わらずマイペースに私に巻き付いたまま寛いでいるのが唯一の救いである。なでなでと今日も変わらず滑らかな鱗を撫でながら気を落ち着かせる。
それにしても魔神とはこの世界に住む人々にとっては随分と存在があやふやなものであるようだ。
しかし、よくよく考えてみればそれも然もありなん。
なにせ魔神は、ぶっちゃけて言うと超のつく程の引き籠りなのだ。
まず、基本的にこの世界の中心地である魔神の領域から動かない。そして、睡眠は必要ないくせにほとんどの時間を休眠中のような低活動状態で眠って過ごし、たまに起きては増えすぎている生き物を間引く。
間引く方法も、私のようにわざわざその地に行くようなことはせず、領域内から適当に密集している場所を狙って天変地異を引き起こすだけで済ます。なので、人目に付かない上に、魔神の起こした現象と自然に起こった天災との区別が付かない。
おまけに、前の魔神が消滅してから私が発生するまでだけでも1000年だ。これは多くの種族にとって非常に長い時間である。
これはもう在るんだか在ないんだか分からなくなっても仕方ないだろう。
それに、たまにこっそり街に遊びに行ってもわざわざ魔神だなんて名乗らないしな。
「あの…ところでノワール様は一体何歳なのですか?」
「そうだ。魔神ならば数千年は確実に…」
一人考えこんで納得していたら、何やら緊張しているような強張った表情でリュイとアスが問いかけてきた。
どうやら、彼らが伝え聞いてきた話の中の魔神と私が同一だと誤解しているようだ。
「いやいや、私はつい先日―…あぁそうだった、君たちを連れ帰ってきた日に生まれたばかりだから、年齢といわれるとまだ生後…えぇと何日だ?まぁ1月も経ってない。」
「ええ!?魔神ってそんなぽこぽこ生まれるもんなのか?」
「といいますか、魔神様って世界にただ御一人だと思っていたのですが…」
「世界にただ一人というのは正しい。魔神は代替わりするんだ。前の魔神が消滅したのが約1000年前で、私が当代の魔神だ。基本は不老不死だから、自ら消滅を選ばない限り死ぬことはないし、当代の魔神が存命の間に次代の魔神が生まれることもない。」
「はぁ…なるほど、代替わりですか。それで、伝承に出てくる魔神様の容姿にばらつきがあったのですね。」
リュイの呟きから察するに、伝わっている話しに出てくる魔神が全て同一であると考えられていたらしい。
容姿に食い違いがあっても、口伝なんて途中で多少変化することもある不確かなものだから、流していたといったところか。
「そういえばもう一つ気になってたんだけどさ。ノワールはいつも夜に出かけてるよな?それってもしかして魔神であることと関係あるのか?」
「…気付いてたのか。」
「俺の種族は気配に敏いから…
訊いちゃいけないことだったなら、聞かなかったことにしてくれ。」
「いや、そういうわけじゃない。
そうだな…せっかくだから魔神の特性と、私自身について話そうか。」
それから私は、魔神の食事や睡眠、不老不死などの身体の特徴、そして、私が前世の記憶を一部持っていること、この屋敷や料理はそれらの知識によるものであることなど、思いつくままに話した。
「なるほど、この珍しい意匠の屋敷や、今まで見たことのない味付けの料理はそういう訳だったんですね。腑に落ちました。」
「そうだなぁ、かなり変わってるよな。もう慣れたけど、初めはびっくりしたし…トイレとかスイドウとかコンロとか…」
「そうですね、あとお風呂も…あのシャワーって便利ですよね。」
「センタクキも衝撃だったな。」
この世界は定期的な魔神による大破壊のせいで、文明があまり発達していない。当然、日本における家電のような機能の道具は発明されていないので、初めの頃、この屋敷の魔法式家電を見るたびに彼らは驚いていた。それこそ、私からすれば大げさなほどに一々騒いでいたのだ。
たった1週間ほど前のことではあるが、その頃の驚きを互いにしみじみと呟くアスとリュイ、無言のまま頷いて肯定を示すレウムを見ていると、なんだか私まで懐かしく思えてしまう。短い間で本当によく馴染んだものだ。
「ところでノワール、こういう特殊な物の情報って俺たちが知ってていいものなのか?その…知れ渡るとかなり混乱が起こると思うんだ。もちろん言いふらすつもりはないけど…」
「そうですね。それに、もし情報が漏れて似たような道具が広く使われるようになれば、かなり便利になりますから…」
「ヒューマンが増える…か。」
「はい。」
確かに、今まではほとんど屋敷の中だけで生活していたから問題はなかったが、これから自由に移動できるようにして其々が独自に活動しだすとなると、いつどんな形で情報が漏れるか分からない。
各々に広めるつもりが無くとも、どこからか漏れてしまう。それが情報だからだ。
それに、ヒューマンの人口増加に対する懸念だけでなく、私の前世の記憶の情報が他に知られるのは好ましいことではない。前世の世界とこの世界では文明に格差がありすぎるのだ。
「そうだな…確かに君たち以外の者に私に関する情報や私の持つ情報が漏れるのは避けたい。
君たちが情報を故意に広めるようなことはないだろうが、私は、これから君達には自由に行動してもらいたいと考えているし、そのための移動手段を用意するつもりでいる。そうなると、どうしても情報が漏れる危険は増えるだろう。
だから、君たちが了承してくれるなら、ここで得た一切の情報を秘匿するよう君たちに制限をかけたい。これは一種の呪いのようなものだ。それでもいいなら…」
「構わない!いいに決まってる。俺もその方が安心だ。」
「僕もです。是非、厳重にお願いします。」
「頼む。」
「…ありがとう。」
私の都合だけで施したい”制限”だというのに、彼らは私の言葉を遮る勢いで即座に了承した。
その瞳は真摯で、私を想ってくれているということがよく伝わってくる。
自分が大切に想う相手に想ってもらえること、それがこんなにも嬉しくて幸せなことだとは思わなかった。
身体の芯からこみ上げてくるような温かさ、この感じを心が温まるというのだろうか…
(ありがとう。ありがとう―…)
2013/7/24 表現変更、大幅加筆
(修正前)せっかく買ってもらったのに1着ダメにしてごめん。ありがとう。
(修正後)せっかく買ってもらったのに1着ダメにしてごめん。それと、ありがとう。
(修正前)口伝で辛うじて存在しているらしいことだけは
(修正後)口伝で存在しているらしいことだけは
◆加筆部分
「その日、私は初めて知った。この世界の住人にとって魔神は、ほとんど目撃例のない、口伝で辛うじて存在しているらしいことだけは伝えられている伝説上の存在であることを…」
以下、魔神の存在があやふやである理由を含むエピソードを追加




