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魔神と”私”が溶ける刻  作者: 美雷
第2章:揺れる魔神は世界を巡る
21/28

18:魔神の日常

「やっと落ち着いたな。」

「本当ですね。皆わがままばっかり言うから…」

「ちょっと待て。お前だって大概だったろ!」

「ん。」


もうすっかりと聞きなれてしまった2名+1名の軽い言い合いを聞き流しながら、今日もさらさらすべすべな琥珀を撫でつつ、リュイの淹れてくれたお茶を飲む。

この世界のお茶は乾燥させて完全発酵した所謂紅茶が主流で、今回は仄かに甘い花の香りが付けられているリュイのお気に入りのお茶だ。

お茶請けはアス作成(レシピは私が教えた)のドライフルーツ入りクッキーで、お菓子作り初心者のくせに美味い。


さて、初めてのヒューマンの街訪問から、早いものですでに1週間が経過していた。

食料をかなり大量に買い込んでいたおかげで買い足しに行く必要がなかったこともあり、皆して屋敷に籠っていた。

別に全員そろって引き籠りというわけではない。

翌日にアスとレウムの腕を再生させてから、2人のリハビリをしたり、屋敷の部屋割りを決めたり、茶の間や台所など共用スペースの掃除当番や洗濯当番、調理担当を決めたりと、屋敷での生活基盤を整えていたら、いつの間にかそれだけの時間が過ぎていたのだ。


本当は掃除などの家事は、魔法で済ませられることも多いのだが、これには琥珀を除く全員から反対された。

ちなみに琥珀は話し合い自体に不参加だ。まぁ霊獣だし、まだ生後半年(推定)だし当然だ。いつものように私に巻き付いて昼寝をしていた。寝る子は育つ。良いことだ。

というわけで琥珀は置いといて…

家事をする必要はないと言う私に、人型の3人は家事をやりたいと言い張った。

曰く、そういった生活の負担は共に暮らす皆で分担するものだということだった。

家事を行う程度の魔法の行使は、私にとっては負担でもなんでもないのだが、彼らの気持ちが嬉しかったので好きにさせることにした。


丸1日に及ぶ(なぜそんなにかかったのか甚だ疑問である)話し合いの結果、調理担当はアスと私、お茶淹れと皿洗い担当がリュイ、掃除と庭の手入れの担当がレウムで、洗濯はリュイ、アス、レウムの当番制となった。


なお、レウムには”台所立ち入り禁止令”を出してある。

腕を再生させてから、食事を作ろうとする私の手伝いを全員が申し出てくれ、それにより判明したのだが、レウムには徹底的に料理の才能がない。

肉体再生の影響で身体が萎えていたことを考慮しても致命的、かつ壊滅的に欠如しているといっていい。


そして、料理どころか皿洗いさえできない。いや、させられない。むしろ、させたくない。

根気強く練習させればそのうちできるようになるのかもしれないが、それまでに一体何枚の皿やカップが犠牲になるのかなど考えるだけで恐ろしい。

特に、街でリュイに買ったティーセットの1客を、レウムが魔法で修復できないほど粉々に割った時のことを思えば…

うん、絶対にレウムには触らせてはならない。


反対に、アスは驚くほどに料理が上手かった。

しかも意外なことに、この世界では珍しい薄味(といっても私基準では濃いめ)の料理を作る。

聞けば、身体の弱い妹に合わせていくうちに、だんだんとそうなったのだとか。

だからなのか、アスは私の作る出汁を利用した薄味の料理にやたら感心してくれ、食事を作るたびに少しづつ日本の料理レシピを教えるようになった。


また、それだけではなく、ここ2~3日はクッキーやパウンドケーキなどの簡単なお菓子類のレシピも教えている。

実は、こちらの世界では甘味といえばドライフルーツくらいしかないのだが、それでは物足りなかった私がクッキーを作ったのが切っ掛けだった。

アスはお菓子作りでもなかなか優秀で、基本のレシピを教えただけで、あとは木の実入りだとか、ドライフルーツ入りだとか、勝手にアレンジして作ってしまうし、作るたびにより美味しくなっていく。

傭兵業より料理人の方が向いていたんじゃないかと思ってしまうほどの腕前と応用力だ。

そのうち私が教えられることなどなくなって、台所はアスに任せることになるのかもしれない。


ちなみに、初め、私は家事分担の話し合いに入れてもらえなかった。

既に、私が食べる必要の無い肉体であり、服も魔力で創っているため洗濯もしなくていいと話してあったため、家事は私を除くメンバーで行うと言っていたのだ。

しかし、楽しみとして少しくらいは食事をするつもりだし、美味しいお茶も飲みたい。

ならば、私も家事に参加すべきだし、調理担当ならば前世の記憶を活かして、こちらには無い料理を作ることもできる。

そんなわけで、ほとんど無理矢理に調理担当に入れてもらったのだが、なぜかリュイとレウムの猛反対を受けた。だけど、アスには大喜びされた。

全く訳の分からない状況ではあった。


だいたいこの3人は、協力して家事をやっているようではあるし、順調に打ち解けて仲良くなっていっているとは思うのだが、よく分からないところで争うというか、張りあうというか…

例えば、食事やお茶の度に私の両隣の席を取り合う。しかもぎゅうぎゅうとくっついてくる。食べにくくはないのだろうか。

または、琥珀に果物を食べさせている様子をレウムがじっと見ていたので、なんとなくレウムの口にも一切れ放り込んでやったら、それを見たアスとリュイが我も我もと騒いだことがあった。

果物は目の前に置いてあるのだから自分で取って食べれば良いと思うのだが…


しかし、彼らの行動は不可解ながらも、私の利となることもあった。

それは何を隠そうアスとレウムのブラッシングである。

アスは初め、獣化の状態でブラッシングされることを酷く恥ずかしがっていたのだが、レウムがさっさと獣化して率先して私にブラッシングされにきたため、アスも張りあうように獣化するようになったのだ。

今ではお風呂出の2人のブラッシングは習慣になっているし、そのままの流れで就寝までは獣形体で過ごすのが常となった。


2人の獣形体は想像以上に美しく、初めて見たときにはその形状美、筋肉美、毛艶、存在の全てに感動を覚えた。


レウムはフェンリルかと思うほど立派な体躯の白銀の狼であり、人形体の時の精悍な印象そのままに雄々しく逞しい姿だった。

キラキラと光を反射するレウムの髪と同じ灰青色(はいあおいろ)の毛並みはたっぷりと重量感があり、冷たく鋭い光を放つ白藍(しらあい)の瞳と相まって威厳に満ちている。

まぁレウムはレウムでしかないので、そんな威風堂堂たる風貌でありながら行動は食い意地の張った大型わんこなのだが。


アスは地球の生物に当て嵌めることこそできないが、ネコ科の動物の特徴であるしなやかさを持った高貴で美しい姿だった。

大きさは豹くらいで、虎並みのレウムよりも一周りか二周り程小さく、すらりとしたスレンダーな体型、地球のネコ科猛獣と同様の金色に黒の斑紋が入った毛並みは艶やかで気品を感じさせる。

体長の3分の2ほどもありそうな長い尾をゆらりゆらりと揺らめかせる姿は優雅の一言に尽きる。


そんな美しいとしか表現できない2匹の大きな獣がゆったりと寛いでいる様は正に眼福で癒される。

また、2人とも進んで背もたれ代わりになってくれ、毛皮にも触りたい放題で、毎日存分に”さらさら”と”もふもふ”を堪能し、非常に充実している。

ちなみに”さらさら”がアスの毛並の感触で、”もふもふ”がレウムだ。

どちらも違った楽しみと魅力がある。


「ん?ノワール、どした?ニヤニヤして…」


3人の掛け合いを横目に回想に耽っていたら、いつのまにか顔の表情筋が緩んでいたらしい。

アスに見咎められてしまった。


「あぁ、ちょっとアスとレウムの獣化した姿を思い出していた。」

「え、あー………

なんだったら家にいる間は常に獣化してようか?」

「いや、人の姿も好きだからな。今のままでいい。」

「う……」


アスは意外と純情なのか、こういうことを言うと面白いくらいに照れてくれる。

いつも何やら小声でぶつぶつ言ってはいるのだが、特に嫌がっている風でもないので、すっかりからかうのが癖になってきた。


「ノワール様、アスとレウムばかりズルイです。」

「うん?リュイの髪も私が手入れしていいのか?

人用のブラシもいろいろと買ってあるぞ。」


アスで遊んでいたら、リュイが横から私の袖を引っ張りながら抗議してきたので、これ幸いとリュイの髪の手入れも提案する。

私は動物のブラッシングも好きだが、人の髪の手入れもわりと好きなのだ。

自分の髪の手入れは面倒極まりないのに、自分でも謎だ。


「え、あの……

はい。お願いします。」


リュイは一瞬逡巡した後、少し顔を赤らめつつ了承した。

今後はきっと、リュイの髪の手入れも日常の習慣の一つとなるだろう。


毎日、こうして他愛無い会話を交わし、少しづつこの世界での習慣が増えていく。

思えば、冷静なつもりでも、やはりどこか混乱していた部分があったのだろう。

この世界での生活に馴染んできたと感じる度、馴染めていなかった自分を自覚する。


正直、まだまだ不安はある。というより、考えれば考えるほど不安は増えていく。

毎夜、魔神の食事として命を狩るたびに、少しづつ変容していく心。

暴走時のこと、要所要所で私の思考を誘導した”存在(ナニカ)”、そして前世の”私”だと思われる言葉―……


私は魔神として、今までの魔神と同じく、この世界に発生したその時から”完全なる魔神”であると思っていたが、何か欠けているのかもしれない。

私がこの世界に魔神として転生したのは、単なる偶然ではないのかもしれない。

あれから時折”何か大切なことを忘れている”そんな焦燥に駆られることがあるのだ。


だけど私はこの世界に独りではない。

今はそれだけで良いとも思うのだ。

2013/7/4 誤字修正、表現変更

(変更前)今日もつるつるすべすべな琥珀を撫でつつ

(変更後)今日もさらさらすべすべな琥珀を撫でつつ


(誤)早いものですでに1週間が経過してした。

(正)早いものですでに1週間が経過していた。


(変更前)これには琥珀を除く全員に反対された。

(変更後)これには琥珀を除く全員から反対された。


(誤)食い意地の張ったの大型わんこなのだが。

(正)食い意地の張った大型わんこなのだが。


(変更前)要所要所で私の思考を誘導した”思考”

(変更後)要所要所で私の思考を誘導した”存在(ナニカ)


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