閑話01:服屋の情熱
「17:魔神の帰還」は追加分を本文に統合しました。
途中、いろいろ出してしまいました。うっかり見てしまった方には申し訳ございませんでした。
その日の午後、僕は運命に出会いました。
僕の家は服屋です。
服屋といっても、扱っているのは服だけではありません。
帽子やベルトなどの小物に鞄や靴などの革製品、変わったところではぬいぐるみや人形まで、かなり多様な品揃えが自慢です。
そして、それらの製品のデザインから裁縫まで、全工程を店の人員のみで行っているのが特徴です。
店の人員といっても、兄と妹、あとは最近引退気味の両親と、要するに家族です。
皆で得意分野を生かして、この店の多種多様な品揃えを実現させているのです。
ちなみに僕の担当は服飾デザインと店番が主です。
デザインは得意なのですが、手先があまり器用ではなかったからなのですけど、僕以外の家族は良くも悪くも典型的な職人タイプばかりで接客が苦手だったから、僕は重宝がられています。
そのようなわけで、その日もいつものように空いた時間にデザインを描きつつ店番をしていました。
いらっしゃったお客様に既成の服を見立てたり、サイズ直しを請け負ったり、オーダーメイド希望のお客様のご要望をお聞きしたりと、それなりに忙しく過ごしているうちに午後になりました。
そして運命の時は来たのです!
カラランッと聞きなれた軽やかなドアベルの音が店内に響き、僕は即座に「いらっしゃいませ」と笑顔でお客様をお迎えしました。
そしてゆっくりと顔を上げてお客様を拝見した瞬間、息が止まるかと思いました。
それほどの衝撃を受けたのです。
不覚にも見惚れてしまい、素の表情を晒してしまいました。
その方は、艶やかな長い漆黒の髪に、少し黄緑が交じった不思議な色合いの金の瞳が印象的な男性でした。
整った顔立ちながら美人だとは言い切れない、どちらかといえば美人の部類に入る、そんな程度の美貌です。
僕は服屋の店番としていろんな方とお会いしてきましたから、彼よりも優れた美貌の持ち主もたくさん見てきました。
だけど、そんなことは関係ありません。
今まで見た絶世の美貌と言ってもいいような方々よりも、僕は彼を”美しい”と思いました。
彼の美しさは単純な顔の美醜ではないのです。
纏う雰囲気…オーラとでもいえばよいのでしょうか、内側から溢れ出るような美しさ―…こんな”美”もあるのだということを初めて知りました。
こんな方に出逢えた今日という日は、なんて幸運で素晴らしい日なのでしょう!
しかし、あぁ…どうすればよいのでしょうか…
彼は今まで見たことがない風変わりな衣服を着ています。
それは彼の持つどこか神秘的ともいえる雰囲気にとてもよく似合っていて、彼の魅力を十二分に引き立てています。
この服よりも彼に似合う服は、今のこの店には無いでしょう。
せっかく訪れてくれた彼に、より似合う服を提供できないとは…なんたることでしょう。
だけども彼が望んだのは彼自身の服ではありませんでした。
僕は少しの安堵と落胆を覚えつつ、彼の示した3人に目を向けました。
といいますか、彼に見惚れていて他の方々が目に入っていませんでした。
彼に巻きついていらっしゃる可愛らしい霊獣さまにさえ気付いていませんでした。
全くこんなことでは店を守る者として失格ですね。
それにしても彼のお連れの皆さんは揃いも揃って素敵な方々でした。
まずはエルフの彼、彼にと選んだ服、正直あれが似合う人に出逢えるとは思いもしませんでした。
男性用でありながら女性的で繊細なデザイン、女性であれば似合う方もそれなりにはいるでしょう、ですがあの服はあくまでも男性用なのです。
実は、この店のほとんどの服は僕のデザインですが、あれは数少ない例外で、妹のデザインした服なのです。
女性用として作れと何度も進言しましたが、妹は「男性が着るから良いのだ」と言って聞こうとしませんでした。
案の定、いつまで経っても売れませんでしたが、妹は「似合わない人に買われるくらいなら、売れなくていい。むしろ売りたくない!」という始末で…ほとんど妹の趣味といってもいいような服でした。
だけどこの彼には、そんな着る人が非常に限られるこの服が文句無く似合っています。
それはもう彼のためにデザインされたと言っても納得するほどに。
今、この場に妹がいないのが残念で仕方ありません。
彼がこの服を着ている姿を見れば、喜ぶことは間違いありませんのに、妹は運の無いことです。
獣人の2名にと選ばれた服は僕のデザインした物で、この店でも人気が高く売れ筋のデザインでしたが、あそこまで着こなす方は滅多におられません。
もう他のお客さまには売りたくなくなるほどよく似合っておられました。
試着して出てこられた姿を見て、顔がにやけるのを我慢するのが大変でした。
今度は是非、彼らのためだけにデザインした物を着てほしいですね。
彼らのおかげで新しいデザインが次から次へと頭に浮かんできますし、絶対にオーダーメイドで仕上げたいです。
どうやら彼らは僕の服を気に入ってくれたようですし、きっとそのうちにこの願いは叶うのではないでしょうか。
自慢ではありませんが、僕のデザインのような服は他ではあまり見られません。
完全な僕のオリジナルです。
それに加えて、僕のデザインの真意を正確に読み取り再現する兄と妹の職人としての腕、これらは僕たちの誇りです。
彼らにお買い上げいただいた服は、彼らだけのために作られたオーダーメイドではありませんが、それでもこの店に置いてある服で手を抜いている物なんて一つもありません。
だからきっと、彼らはまたこの店に来てくれるでしょう。
その時のために、彼らのためのデザインを描きためておきましょう。
きっと役に立つはずです。
もちろん妹にも声をかけておきますよ。
さぁ、腕が鳴りますね!
あ、そうだ。
霊獣さまをモデルにぬいぐるみと抱きぐるみを作るのもいいですね。
あのように美しく可愛らしい霊獣さまがモデルなら、きっと人気が出るでしょう。
作るのが楽しみで、思わず手がわきわきしてしまいそうです。
2013/7/1 誤字修正
(誤)まずはエルフの彼、彼ににと選んだ服
(正)まずはエルフの彼、彼にと選んだ服




