17:魔神の帰還
「16:魔神の暴走」にてノワールが屋敷に転移で返したメンバーについて、琥珀が抜けていたので追加修正しました。
屋敷に返したのはリュイとレウムと琥珀です。
「醜い、醜い、みにくい、ミニクイ…」
羨望、嫉妬からの転嫁、逆恨み、八つ当たり…なんて醜い感情―…
誰もが持つ人間らしい感情は、少しだけならばエネルギーにもなるだろう。
だが度を越したならばこれほど醜いモノはない。
”ならば断ずれば良い。裁く権利は我にある。”
「自ら努力することを忘れ、他者を陥れることしか考えられなくなった者など、存在する価値もない。」
”ならば世界へ還せば良い。ヒューマンは増えすぎた。”
「そうだ、ヒューマンは世界に還すべきだ。
今のヒューマンに生きる価値などあるものか。
土地と資源を奪い合い、争いばかり―…
他の種族は自らの土地を富ませ、協力し合って生きているというのに、そんな他種族の土地を奪い、命を奪い…何故ありのままを受け入れない。
過剰な種の繁栄が世界を圧迫し、自らの首をも絞めていることに、何故気付かない。」
『目先の利益を求めた開発に継ぐ開発で進んだ環境破壊、
外来種の安易な輸入とその挙句の駆除、
動物の棲む場所を奪っておいて、自分がその動物から被害を受けることは受容しない。
環境保護を訴えながら、自分は文明の利器に囲まれて生活する。
なんて滑稽で、自分勝手なのかと思う。』
「身勝手で、浅はかで、目先の利益に目を暗ませて、どこまでも欲望を肥大させる。」
”ならば―……”
「世界に還してしまおう。ヒューマンを、この欲望に塗れた街ごと―…」
黒く渦巻く魔力が心地良い…まるであの滝壺の底にいた時のように心が凪ぐ。
だけど、おかしい…あの時のような心地良さはない。寒い…
街を、ヒューマンを、壊してしまえば、還してしまえば、こんな気持ちは消えてなくなるだろうか。
「増えすぎたものは、減らす。ただそれだけだ。」
そして私は、今も育ち続けている魔樹に街を呑みこませるべく、腕を振るおうとした。
それはこの世界に発生して数日ですっかり慣れた魔法を使う時の私の動作だ。
だが、ここで私は自分の腕が何かで塞がっていることに気が付いた。
ナニカを抱えている。
ダレカを―…
「………ア…ス? アス!」
私の腕の中で無防備に眠るアスを認識した瞬間、不意に思考がクリアになった。
そして私は、先程までの自分が如何に異常であったかを自覚した。
それまでの私は、魔力の暴走は半ば故意に、私自身が起こしていると思っていた。
魔力を暴走させているだけで、思考はいつも通り冷静だと思い込んでいた。
その状態こそが、暴走した魔力に呑まれている状態だったというのに…
「なんて愚かしい…」
自分の暴走に気が付いたことで、黒く渦巻いていた魔力は光の粒子となって拡散した。
それはキラキラとした光を撒き散らし、新緑を揺らす魔樹群を幻想的に彩った。
周囲を探ってみると、魔樹は私を中心に半径100m程を覆ったようだ。
建物を貫き、青々とした葉を茂らせ、もはや小さな森といってもいいほどの状態になっている。
だが、場所が町外れの倉庫街だったのは幸いだ。
中心部よりは大きな損害にならないし、人気も少ないから混乱も多少はマシだろう。
それに魔樹に喰われたのは、アスを襲っていた奴らだけだ。
魔樹は私の意志に従う存在だから、暴走して溢れ出ていた魔力を糧に成長はしても、私の望まない、関係のない者は襲わなかったのだろう。
だけどもしあの時、自分を取り戻すことができなかったならば―…
「アス、ありがとう。君のおかげで私は留まることができた。」
穏やかに眠るアスの髪を感謝と親愛の気持を込めて撫でると、アスの寝顔にうっすらと微笑が浮かんだ気がした。
「帰ろうか。私たちの家に。」
魔樹は枯らすこともできるが、あえてそのままにしておく。
魔樹は魔神の求めに応じて発現する魔素の塊のような魔性生物だ。
見た目は普通のどこにでもある樹木そのもので光合成も行うが、厳密には植物とは異なる生命体である。
根からは、水や養分とともに地中深く世界の底に揺蕩う魔素を吸い上げて生育の糧とし、余分を呼気とともに空気中に排出する。
その成長の過程を通じて世界を巡る魔素の循環を助け、促進させるのだ。
また、魔神により生み出された魔性生物であるので、魔神が望む特性をある程度付加することもできる。
今この街の一部を覆っている魔樹に与えられた特性は”四魔吸収”であり、過剰な執着や欲望などの負の感情を吸い取る。
その効果はさほど大きくはないが、この魔樹がここに在ることで、街に滞る負の感情を吸収・浄化して瘴気の発生を防ぎ、街の治安維持に力を貸してくれるだろう。
私は、よろしく頼むという気持ちを込めて森の中核となっている一際大きく太い魔樹の幹を一撫でし、アスを抱いて皆が待つ屋敷に転移した。
靴を履いているので移動先は屋敷の玄関だ。
「ノワール様!アスは…」
転移した玄関には、先に屋敷に返しておいたリュイとレウム、琥珀が待機していた。
心配して待っていてくれたのだ。
まだ体力も万全ではなく、きっと疲れていただろうに…
「大丈夫だ。今は眠っているが心配いらない。」
「ノワール様も… お怪我はありませんか?」
「あぁ、問題ない。」
「心配しました… また、失うのかと不安で……」
はらはらとリュイの瞳から涙が零れ落ちた。
リュイを泣かせたのはこれで2度目だ。
「リュイ…」
アスを抱えているために以前のように撫でてやることができなかった私は、リュイに唇を寄せて、その涙を舐めとった。
「ノワール様…」
リュイは両手をいっぱいに広げて私とアスを包み込むように抱きついてきた。
抱き返すことができないのをもどかしく感じたが、大柄なレウムが身体と片腕を精一杯使って私たちをまとめて抱きしめてきた。
さらには琥珀も長い身体でくるくると囲って絡みついてくる。
そこはとても温かかった―…
しばらく皆して玄関で言葉もなく抱き合っていたが、そのうちだんだんと気恥ずかしくなってきた。
離れる切っ掛けがないのである。
しかし、いつまでもこうして皆して突っ立っているわけにもいくまい。
さて、どうしたもんか…と思案していると、実にタイミングよく間抜けな音が響いた。
ぐぅぅぅぅ~~~~…
レウムの腹の虫である。
「…ふっ ははははっ ははははははっ」
「…ふふふふ」
思わずリュイと目を合わせて、二人して大笑いした。
「きゅぃーーーっっ」
そこに自分も交ぜろとばかりに琥珀が入ってきてさらに笑っていたら、あまりの騒ぎにアスが目を覚ました。
「…ん?なんだ、なんだ?何の騒ぎだ??」
目を白黒させて戸惑うアスの様子が面白くてまだまだ笑っていたら、気が付いたらなぜかアスも大爆笑に交じっていた。
そうしてひとしきり笑ったら随分とすっきりした。
アスも憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしている。
「さて、レウムが腹減ったらしいから、少し早いけど飯にするか。」
「おう!」
「はい。」
「きゅあっ!」
私の宣言に、アス、リュイ、琥珀がそれぞれ応えてくれ、レウムはぱぁぁっと顔を明るくさせて尻尾をはち切れんばかりに振るのだった。
2013/6/27 修正
(誤)魔樹は枯らすこともできるが、あえてそもままにしておく。
(正)あえてそのままにしておく。
【補足】
四魔・・・大辞林 第三版の解説より
人々を悩ませ,仏道修行を妨げる4種類のもの。人間のもつ執着や欲望である煩悩魔,苦しみを生じさせる陰魔(五陰魔・五蘊魔),死そのものの死魔,人々が正しい道に進むことを妨げる他化自在天魔(天魔波旬)をいう。




