15:豹獣人の救い
ここでアスのターン!アクシデントの話じゃなくてごめんなさい。
無駄に長い、そして暗い、ていうか設定がシリアス?
半分は設定説明回なので、下半分だけ呼んで前半は読み飛ばしても大丈夫かもです。
俺はフリーランスの傭兵として身を立てていた。
この世界は土地が狭い。たった一つの大陸と、その周囲に点在する島を巡っていつも争いが起こっている。
といっても戦争をしているのは大抵ヒューマンの国だ。
魔族は、魔素濃度が高いために他種族には住みにくい土地である大陸中央部に国を構えて動かない。
エルフは森守の民とも言われて森林地帯に村単位で住み、やはり森林地帯から出てこない。
ドワーフは地中を好み、岩穴を掘って地底国家を築き、地上には進出してこない。
獣人の各種族は、それぞれに適した環境で村規模の群れ単位で生活しているものが多く、群れ同士の衝突はあれど、他国家に侵攻するということはない。
其々の種族が個人でヒューマンの街に出てくることはあっても、国や村、群れ、種族単位で戦争を仕掛けることは決してないのだ。
争いを起こすのはいつもヒューマンで、土地と資源を奪い合って国同士で争ったり、森の資源を求めて獣人やエルフの土地に攻め入ったり、強力な武器・防具を求めてドワーフの地底国家に略奪を仕掛ける。
そして争いを通じてヒューマンは発展した。
魔法や薬草を利用した治療術、数を強みとした戦略と戦術、武器と防具の技術とそれらを利用した戦闘技術、少ない魔力で効率的に運用する魔法技術ー…
略奪と戦利品の研究を続け、他種族の技術を取り込みながら独自の技術も磨き、力を付けていったのだ。
いつしかヒューマンは、身体能力や魔法適正で劣る種族にもかかわらず、総合技術と数で他種族を上回り、大陸の中央を除く全土に勢力を広げていった。
そんなヒューマンの国々では、傭兵という武力を提供する職業が広まった。
何せ常に何所かしらでは戦争が起こっている。需要は腐るほどある。
国としても、自国で育てた兵力を失うことなく戦争ができるので都合がよく、前線などの危険な戦域には傭兵を用いるのが主流となっていった。
傭兵になる輩には、ヒューマンの他に俺のような獣人やエルフといった他種族も多い。
というのも、ヒューマンの街で俺たち他種族が付けるまともな職業なんてほとんどないからだ。
その点傭兵という職業は、力があり、死にさえしなければ、普通の職業よりも多く金を稼ぐことができたし、己の身体能力以外の力を持たない者でもまともな生活ができた。
武力にしろ財力にしろ相応の力を持っていなければ、ヒューマンの街で尊厳のある生活などできない。
力を持たない者は強欲なヒューマンたちに利用され搾取されるだけだ。
弱みを見せては駄目だ。常に力を示し、警戒を怠らず、神経を研ぎ澄ませていなければならない。
それでも俺はヒューマンの国に居続けた。
種族の中でも優れた部類に入っていた身体能力を活かし、ヒューマンの戦闘技術を盗み、己の戦闘能力を高めてフリーランスの傭兵としてそれなりのランクに就くことができた。
全てはたった一人の妹を守るために…
俺だけならば種族の村で暮らすことができた。
能力に優れた俺は、狩りでも活躍できるし種としても優秀で女にモテた。
だけど妹は駄目だ。
白化個体として生まれ、光に弱く、視力も弱い。
光に弱いせいで太陽の出ている昼間には長時間外にいることができず、日の陰っている時でも視力が弱いせいで満足に動き回ることはできない。
そんな生活だったから身体の発達も悪く、俺からしたら驚くほどの小さな身体にそれに見合っただけしかない力、ヒューマンに比べても脆弱だった。
俺の村に限らず、妹のような弱い個体は生きていけない。
群れや村に利をもたらさない者に差し伸べられる手はない。生きている価値を認められない。
俺も妹に出会うまでは、弱い奴らに生きている価値なんて無いと思っていた。
それなのになぜ妹の面倒を見る気になったのか、今でも正直よく分からない。
だけど一途に慕ってくる妹の笑顔をかわいいと思った。
毎日閉じこもっているからと外の話をしてやれば、いつも無邪気に喜んだ妹の鈴の音のような笑い声を心地良いと思ったんだ。
だから、妹が10歳の時、村から完全に見捨てられて処分される前に、妹を連れて村を出た。
妹は貧しくても構わないから傭兵なんて止めて、街中で安全で安定した職に付いてほしいと言っていた。
傭兵のランクが高くなればなるほど、報酬も高くなるがその分危険も増えるから。
だが、妹には言わなかったが、獣人がヒューマンの街で得られるありきたりの職ではとても妹を養うことなどできなかった。
妹は身体が弱く、頻繁に体調を崩しては治療を必要としたから。
だけどそれでも妹を切り捨てようとは思わなかった。
自分でも訳のわからない不可解な気持ちだったけど、不思議と不快ではなかった。
今にして思えばかなり無茶な稼ぎ方もした。
俺は、俺と妹だけが大事で、それ以外のものは利用するためだけの存在だった。
誰の恨みを買おうが、自分は強いから大丈夫、妹だって守れると、そう自惚れていた。
ある日、依頼で長期留守にしていた時を狙って妹が襲われた。
勿論、俺はそういった事態にならないよう予防策を張っていたのだが、その全てが破られていた。
そして妹を盾に取られた俺は、奴らに散々痛めつけられ、もう抵抗したくてもできなくなった頃に目の前で妹を犯された。
俺が抵抗しなければ、妹には何もせず解放するという約束なんて、守られるはずもなかったんだ。
身体の弱い妹は、遠慮の無い乱暴な輪姦に耐えきれずに死に、奴らに「使えねぇ」と唾を吐き捨てられた。
神経も焼き切れようかというほどの怒りに駆られたが、それでも俺は指をぴくりと動かすのが精一杯で、妹の泣き叫ぶ声を聞いているしかなかった。
次に気がついた時には頑丈そうな冷たい鉄の檻の中に手枷足枷を嵌められた状態で転がされていて、俺は奴隷商に売られたことを悟った。
だけどもうそんなことはどうだってよかった。
俺は抵抗もせずにぼんやりと檻の中で過ごし、そして、あの悪魔のような魔法師に買われた。
それからは正に地獄だった。
これが妹を無残な目に遭わせた自分の受けるべき報いだと思っていられたのは初めのうちだけで、やがて、いつ終わるともしれない痛みのみの日々に、早く死にたい、いっそ殺して欲しいと切に願うようになった。
腕を切り落とされ、脚を切り落とされ、唯一誇れた己の力を奪われ、俺は全てを諦めた。
こんな状態では万が一、この状態から抜け出せたとしても生き残れる見込みなど無いことは明白だった。
後悔も懺悔も希望も絶望さえも…全ての感情を捨てて、ただ己の終わりを待った。
そして俺は救いに出逢った。
あの地獄から俺を連れ出してくれたノワール
ぼろぼろの身体を癒してくれたノワール
悲鳴を上げ続けていた心を優しく包んでくれたノワール
そして―…
俺の力を、誇りを、もう一度手にするチャンスを与えてくれたノワール
初めは、それでも俺は疑っていた。警戒していた。何か企みがあるのではないかと。
霊獣が懐いているのだから邪な思いを抱いている可能性は低いと分かっているけれど、手放しで信じることはできなかった。
だけど俺を助けてくれたことには違いないので、できる範囲で何かを返したいと思った。
もはや棄てたはずだった命だ。もう守るべき者もいない。
ならば、たとえ後で裏切られようとも受けた恩を返そうと思った。
空っぽの心でもそれくらいはできると―…
だけどあの日に俺が出逢ったのは、ノワールは、正しく俺の救いだったんだ。
ノワールに連れて行ってもらったヒューマンの街、そこで、何の因果か俺は俺を陥れた―俺の妹を嬲り殺したあの連中に遭遇した。
俺をあれほど恨んでいた相手だ。俺も奴らの顔を忘れることはなかったが、奴らも俺の顔をしっかりと覚えていたようだ。
奴らは俺をあれほどの地獄へ叩き落としておいて、それでも満足しなかったのか…
囲まれて、連れ込まれて、抵抗したくても片腕は失ったままだし、脚は戻ったとはいってもまだ何とか歩けるレベルでしかない。
また、あの地獄へ戻るのかと―…
気が付いたらノワールの名を呼んでいた。
そして全てを破壊しながら俺の救いは舞い降りてきた。
もうノワールから向けられる気持ちを疑うことは止めよう。
俺の全身全霊でノワールへ同じだけの想いを―…いや、注いでもらった以上の想いを返そう。
俺の唯一、空っぽになった心にまた息吹を吹き込んでくれた―…
与えてもらった心だから、その全てをノワールに捧げよう。




