14:魔神の油断
服屋を出て、次に向かったのは雑貨屋だ。食器やヘアブラシなどの日用品が揃っている。
最高級品なんて物を買おうとするなら其々の専門の店か、職人の工房へ行った方がよいのだが、今日のようにさまざまなものを購入したい場合には広く浅く品物を取り扱っている雑貨屋は都合が良い。
ひとまずここで日常生活に困らない程度に必需品を揃え、今後、より良い物が欲しくなったらその時は専門店を利用することにして、使い勝手の良さそうなシンプルな食器や調理器具を適当に選び、マグカップやスプーン等は各自で選ばせた。
「選んでいいんですか?
じゃあ…僕はこれがいいです。」
「俺はコレ!」
先程の服屋では遠慮ばかりしていた彼らだったが、躊躇いなく高額の料金を支払う私を見て吹っ切れてくれたのか、ここでは素直に買い物を楽しんでくれているようだ。まぁ先ほどの服屋と違って、この雑貨屋の品物はそこまで高価ではないからかもしれないが。
リュイとアスがにこにことはしゃいだ様子で持ってきたカップを受け取り、店員へと渡す。
「レウムは… それがいいのか?」
相変わらず無言のレウムを振り返ると、彼もきちんと選んでいたようで大事そうにカップを持って立っていた。
やはり顔は無表情だが、尻尾がぱたぱたと嬉しそうに揺れている。
その他、各自で欲しいものがあれば選ぶように言い、私はヘアブラシを選びに行った。
ブラシはなかなか多種多様に揃えてあり、目の粗い物、細かい物、櫛と其々選ぶ。
あとはもっと大きな、馬などの大型獣の手入れに使うブラシが欲しい。
「店主、大型の獣の手入れに使うような大きなブラシはあるか?」
「それでしたら、こちらはいかがでしょうか?
これは毛足の短いものから長いものまで万能に使えます。
特化したものを揃えたいのであれば、こちらが毛足の長いもの用、こちらが短いもの用となっております。」
ヘアブラシと同じく、こちらもなかなかに充実した品揃えで、それぞれのブラシの特徴を丁寧に説明してもらった。
勿論、万能ブラシと長毛・短毛特化ブラシ、全種類の購入を決めた。
これらのブラシを駆使して獣形のアスとレウムのブラッシングを楽しむ予定である。(※09:魔神の提案参照)
選んだ品物を店主に渡して、他の3人の様子を見に戻ると、既に店内を見終わったらしいアスとレウムが清算用机のところで待っていた。
「終わった?何買うの?」
「ブラシだ。」
「あぁ、ノワール髪長いもんなぁ。
でもすごく綺麗な髪だから手入れも楽しそうだな。
なぁ、あとで俺がノワールの髪の手入れ、してもいいか?」
私の買い物内容に納得したアスは、期待に瞳を輝かせながら髪の手入れを申し出てきた。
アスは髪を弄るのが好きなのか?別に魔神である私には必要のない手入れだが、やりたいというなら構わない。
しかし買ったブラシはあくまでアス、レウム、リュイ用だ。そこは譲れない。
「構わないが… 私もアスのブラッシングをさせてもらうからな。
大型獣用のブラシも買っておいた。」
「ええっ ノワールが手入れすんの?
しかも大型獣用って…もしかして獣化状態ですんの?」
「何だ、私では嫌か?」
獣人にとって毛繕いとは愛情表現の一種である。
特に獣形態の時はいわば裸であるし、人形態時よりも聴覚、嗅覚といった一部の感覚が鋭くなるということも理由となって、家族や恋人など親しい者や信頼している者でなければ触れさせないのが普通である。
「あ、いや… ノワールなら、いい、んだけど…
ノワールこそ、いいのかと思って…」
アスは意外とシャイなのか、耳を半分寝かせ、尻尾を落ち着きなくぱたぱたと揺らしながら、しどろもどろに返してくる。
長身で格好良いアスが、時々こうして恥ずかしそうに照れているととてつもなくかわいく見える。
「私がやりたいんだ。」
「う…わかった。よろしく頼む。」
「ノワール、俺も…」
「あぁ勿論レウムもするからな。」
レウムはアスと違って真っ直ぐだ。
珍しく会話に入って言葉で自己主張してきたレウムに快諾すれば、嬉しそうに元気に尻尾を振り回しながら抱きつかれた。
大型犬に懐かれた感覚ではあるが、それはそれでかわいいので、とりあえず背に手をまわしてその大きな背中を撫でておいた。
「それで、アスとレウムは何か買いたい物があったか?」
「俺たちは爪の手入れ用の鑢を…」
「あぁ、なるほどな。他にも必要な物があればどんどん言ってくれ。」
さて、リュイは…と見渡すと食器の並ぶ棚にいたので、隣から棚を覗きこむ。
「リュイ?欲しいものがあったか?」
「あ、ノワール様。これをお願いできますか?」
リュイが差し出してきた物は紅茶を淹れる時に使う保温用のポットカバーだった。
そういえばリュイはお茶を淹れるのが上手かったし、今いる棚もティーセットの並ぶ棚だ。おそらくお茶が好きなのだろう。これは後で茶葉を買い揃えておかなければならないな。
「わかった。ティーセットはいいのか?」
「もうティーポットは買っていらっしゃいましたし、これは…いいんです。」
「気に入ったのなら買えばいい。
リュイの淹れた茶は美味かったし、また淹れてくれ。」
高価な品になるとやはり遠慮がちになるリュイに、私もお茶を淹れてほしいのだと伝えると、リュイは一瞬驚いた表情を浮かべたかと思うと、ほんのりと頬を紅潮させこぼれるような笑顔を見せた。
「ッはい!またお淹れいたします。
あの、ではこれを… ありがとうございます。」
いつも柔和に微笑んでいる印象のリュイだが、今のような素直で屈託のない笑顔は初めて見る。
こんな表情もできるのかと驚きつつ、これからもっといろいろな表情が見たいと思った。
リュイの選んだティーセットを受け取って支払いを済ませると、今度は喫茶店へ向かった。
体力の落ちている3人のための休憩と、この後の希望を聞くためである。
テラスのあまり目立たない席に落ち着き、適当に飲み物と軽食を頼むと、食欲旺盛な2匹が嬉しそうに齧り付いた。
「さて、これから私は食料品を買いに行くが、3人はどこか行きたいところや欲しい物はないか?
ここからは各自の自由行動にしようと思う。
金を渡しておくので好きな物を買ってくるといい。」
「僕はノワール様と一緒に行きたいです。」
「俺は適当に見て回ってくるよ。」
「屋台」
「レウム、まだ食べるのか…まぁ好きにしていい。
じゃあ1時間後くらいにまたこの店に集合だ。
何かあれば私を呼べ。君たちが呼べば聞えるから。
くれぐれも無理はするな。」
一人で行動させるのは多少心配ではあるが、私と一緒では遠慮するだろうし、もし何かあったとしてもすぐに転移で駆けつければいいと判断した。
後にこの判断を後悔することになるのだが、この時はそんなことになるとは思いもせず、アスとレウムに金を渡して一時解散とし、リュイ、琥珀とともに食料品の市場へと向かった。
まだ片腕再生前なのに、うっかり両手になっていたのをご指摘いただきましたので修正しました。ありがとうございます。
(修正前)両手でカップを持って立っていた。
(修正後)大事そうにカップを持って立っていた。




