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魔神と”私”が溶ける刻  作者: 美雷
第1章:当代の魔神は家を欲す
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13:魔神の買い物

アスとレウムの脚は無事再生完了したものの、かなり筋力が落ちてしまったこともあり、2人ともよたよたとした頼りない足取りだった。

そこで、皆を連れて街に買い物に行く予定だったが、まだ時間が早いので出発の前に歩行訓練を行うことにした。


「今日は皆の服や日用品を買いに街に行く。見ての通り何もないからな。

…だが、その前にアスとレウムは歩行訓練だ。

片脚だった感覚が抜けてないだろう。少し庇ってしまって重心が落ち着いていない。」


「うーん…確かにもう脚が無いのが普通になってたからなぁ。

自分の身体なのにままならないもんだな。」


「…力が入らない。」


私の指摘に、喜び一色から少し憮然とした様子になった2人に苦笑しつつ、手を引きながらゆっくりと室内を歩かせる。一度完全に切り離されたという意識があるので、元の感覚を取り戻すには多少の時間が必要だ。

だが、私の心配を余所に2人の歩行はみるみるうちに滑らかになっていく。

この分なら戦闘などの激しい運動はともかく、普通に歩いたり軽く走ったりする分にはすぐに問題なくなるはずだ。

2人とも強い精神(こころ)と優れた運動神経を持っているのだろう。

私はなかなか良い拾いものをしたようだ。


        ・

        ・

        ・


「2人とも歩く分にはもうほとんど問題ないな。

少し休憩してから出発しよう。」


小休止を挟みつつ2時間ほど歩行訓練を行うと、2人ともゆっくりならばよろめかずに歩けるようになった。

ここまでくれば買い物するくらいは問題ないだろう。本当に素晴らしい回復力だ。


「はぁ~~~…… 疲れた。

まさか自分の身体にこんな苦労させられるとは…

でもホントまだ信じられないほど嬉しいな。」


ぐったりと座り込みながらも嬉しそうなアスとレウムに、自然と心が温かくなった。

独りではこんな気持ちは得られない。

広く浅い表面だけの付き合いは御免蒙(ごめんこうむ)るが、気の許せる相手との触れ合いは心地良いものだ。

いつか彼らとも互いにそんな関係になれると良いと思う。


「皆さま、お疲れさまです。お茶を入れましたよ。」


「リュイ、ありがとう。」


「やったー お茶!」


アスとレウムを見ながらぼんやりと考えていたら、リュイが全員分のお茶を持ってやってきた。リュイには朝食の準備を手伝ってもらった時に、台所を好きに使ってよいと言っておいたのだ。

残念ながら料理はそこまで得意ではないようだったが、お茶を淹れるのは上手かった。

皆でちゃぶ台を囲んで和やかにお茶を楽しむ。


すると、私たちの会話で目が覚めたのか、歩行訓練の間は巣で丸まって寝ていた琥珀が起きてきて、「きゅぃー」とやや寝惚けた声で鳴きながらするすると身体に巻きついてきた。

琥珀はどうにもこの状態がデフォルトと化しつつあるが、私としても大歓迎なのでいつものように頭や首筋を中心に撫でてやる。

こんなふうな時間を過ごしていると、なんとなく懐かしいような気持ちになる。

あまり詳細は覚えていないが、前世でもこんな時間があったのだろう。


適当にのんびりと休憩しているうちに、陽は真上になり、街に出かけるにはちょうど良い時間となった。

ちなみに、この世界の食事は朝と夕方の2食が一般的である。

そんなわけで昼食はとらずに皆で買い物に出かけることにして、ずっと着っぱなしだった入院着のようなものから、昨夜奴隷商のところで適当に失敬してきた服に着替えてもらった。

行先はこの世界で最も他種族が集まるヒューマンの街だ。

そこならば獣人向けの服も、ヒューマンやエルフ向けの服もどちらも購入できるだろう。

まずはそれぞれに合った服の調達だ。


準備が整った3人を連れ、付いてくると言って聞かなかった琥珀は身体に巻きついてもらい、転移で一気に街の上空に飛ぶ。

上空から見つけた人通りのない裏路地にさらに転移する。

驚きから呆然と立ち尽くす3人を促して何気ない様子でメインストリートに出ていく。

前任の魔神が消滅の際に派手にいろいろとぶっ壊して一度発展が途切れたせいか、建物は2階建てまでしかない。

だが、石造りのどっしりとした建物の並びは、ヨーロッパ的な古き良き街並みを彷彿とさせる。

メインストリートには綺麗に石畳が敷き詰められ、カラカラと小気味良い音を立てて馬車が行きかっていた。


「さぁとりあえず皆の服と靴を整えよう。」


アスとレウムの負担にならないようゆっくりとした歩調で、予め”検索”で見つけておいた上中流向けの服屋へ向かう。

3人は始終きょろきょろと物珍し気に視線を彷徨わせながらも素直に後を付いてくる。

並ぶ店を適当にチェックしつつしばらく歩いて、目的の服屋に到着する。

被服を模した絵柄の看板が下がっている扉を押し開くとカラランッとドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


すかさず品の良い紳士といった容貌の店員が、流れるような所作で礼をしながら声をかけてくる。


「…ッッ!!

本日はどういったものをお探しでしょうか。」


ゆっくりと顔を上げた店員は、私に絡みつく琥珀を認めるとハッと一瞬息を詰めたが、すぐに気を取り直して用件を聞いてきた。なかなか良いプロ根性である。

私は一歩引いて、背後に引っ込んでいた3人に前に出るよう促した。


「彼の服を、そうだな…5,6着ほど見繕ってくれ。

こっちの2人は2,3着づつでいい。事情があって一時的に肉が落ちている状態だから、少し余裕のあるサイズのものを頼む。」


リュイはある程度纏めて買っておいても構わないが、アスとレウムは今の体型に合わせて買うとすぐにキツくなってしまうだろう。

ならば今は少なめにしておいて、また買いに来ればいいし、その時はオーダーメイドで作ってもらうのもいい。

とりあえず今日はすぐに着れる物ということで、店員に生地や色、デザインの希望をざっくりと告げ、合いそうなものを持ってきてもらう。


「えっそんなにたくさん要らないですよ!?

しかもこんな高そうな店で…」


「そうだよ。古着で十分だって!」


店員とあれこれと選んでいると、それまでぽかんとその様子をただ眺めていたリュイとアスが焦った様子でストップをかけてきた。

もちろん言い分を聞く気は毛頭無い。


「リュイ、あそこで着替えてもいいそうだから行って来い。」


「えっノワール様!?」


リュイのために選んだ服のうちの1着を押しつけて試着スペースに追いやる。

着替えが終わるまでの間に、アスとレウム用にとキープしておいたベストやらシャツを2人の身体に合わせてみて、どんどん選んでいく。


「ちょっ… ノワールってば、おいっっ」


ぶつぶつ言いながら、手を上げたり下げたりと落ち着かないアスの主張を無視して、着替えが終わったリュイと入れ替わりに試着スペースに送る。


「あの… ノワール様…」


所在無さ気に佇むリュイを少し離れた位置から眺める。

リュイに選んだ服は、ぶかぶか過ぎずぴっちりし過ぎない、適度に身体に沿って流れるラインが美しい足首までのロング丈ワンピースで、腰に飾り布を巻くデザインだ。

袖と裾に細かな刺繍が施されおり、リュイの繊細な雰囲気にぴったりだ。

色は今着せているクリーム色の他、淡いパステルカラーで揃え、飾り布は多めに選んだので気分でいろいろと遊べるだろう。


「リュイ、良く似合うよ。奇麗だ。」


「ありがとうございます。

でも…あの、本当によろしいのですか?」


遠慮しながらもどこか嬉しそうなリュイがかわいくて、頷きで答えてやりながらついつい頭を撫でてしまった。

そうこうしているうちにアスの着替えも終わったようなので、最後にレウムを試着に促して、リュイの時と同じようにアスの全身を眺める。


アスとレウムは尻尾があるので、獣人用の切れ込み入りのパンツを選んだ。


アスは細身のしなやかなラインを活かしたスリムなローライズパンツで、靴に編み上げのロングブーツを合わせ、ブーツインスタイルにした。

シャツは短めで動きに合わせてちらちらと形の良い(へそ)が覗く。

完全に私の趣味だが、どこか蠱惑(こわく)的な色気を感じるアスにはとてもよく似合っている。


「うん、いいな。格好良いよ、アス。」


「う…そんな風に言われたら何も言えないよ。

その…ありがと。」


そっぽを向きながら恥ずかしそうに礼を言うアスの頭も上機嫌に撫でる。

私に撫でられて居心地悪そうにしながらも、嫌がる素振りは見せないアスにこっそりと笑みを零した。


最後に試着スペースから姿を現したレウムは、アスよりもゆったり目のパンツにショートブーツを合わせたブーツインスタイルだ。

それにかっちりとしたシャツとベストを合わせて、軍服のような印象になっており、レウムの精悍な容姿を引き立たせている。


「おおっ男前が上がったな。」


私は、3者3様の仕上がりにすっかり満足して上機嫌になった。

着させた服はもちろんそのまま着て行くことにして、残りの服は異空間にしまっておく。

さて後は日用品の買い出しだ。

見違えるほどに印象の変わった3人を引き連れ、意気揚々と店を出た。

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