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魔神と”私”が溶ける刻  作者: 美雷
第1章:当代の魔神は家を欲す
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11:魔神の名付け

霊獣の卵を見つけたのは傭兵崩れの盗賊、そいつらから卵を買い取り私欲としたのが正規の商売の裏で違法行為を行う奴隷商だった。

どちらもそれなりの規模の団体だったが、奴らを全滅させることなど造作も無い。

盗賊の根城を潰した時には、ついでに周辺の盗賊も手当たり次第に私の糧とした。


もう殺した人の数を覚えておくのは止めた。

そんなことは無意味だ。魔神にとっても、そして、私にとっても―…

初めの時のように、下衆(げす)を前に怒りに駆られることもない。

覚悟を決めた。ただそれだけで、不思議なほどに心が凪いでいた。


手早く目的を果たして屋敷の上空に戻る。

屋敷に風呂も作ったのだが、今夜は少し泳ぎたい気分だ。

上空から重力に身を任せて滝壺へと身を躍らせる。

水面を抜け水底へ、深く深く潜る。

ここは魔神の誕生の地―…高密度の魔素が溶け込んだ水は心地良く私に沁みる。

目を瞑り、しばしの時を水に身を任せて揺蕩(たゆた)えば、私の中に僅かに残ったわだかまりさえも溶けていくようだ。


……そろそろ戻るか。

程よく頭が空っぽになったところで満足して浮上する。


「っは!あー…気持ち良いな。」


水中から出て水面に浮かべば、空に浮かぶ2つの月から降り注ぐ柔らかな光に包まれた。

濡れた肌に風を感じる。滝の水音に交じって生き物の息吹が聞こえる。


「あぁ…心地良い、な。この世界も、美しい。

ここが新しい私の世界―…」


月光の中、水上を歩いて屋敷に向かう。

足裏に感じる水の感触を楽しみながら、茶の間で寝ているだろう皆の気配を探る。


「…ん?霊獣が起きたのか。おいで。」


「きゅぃーーーっっ」


目を覚ましていたらしい霊獣は、私を探して部屋をうろうろしていたようだ。

まだ寝ている他の者を起こさないように、霊獣を転移で呼びよせると必死な様子で絡みついてきた。


「どうした。不安になったのか?」


すべすべの鱗を撫でてやると、霊獣は実に気持ち良さそうに目を細めた。思わずこちらの顔まで緩む。

しかし、いつまでも水上に浮いているのもどうかと思ったので、適当な近くの大岩に腰を下ろした。

そうしてしばらく無言で霊獣を撫でて構っていたが、ふと今更なことに気が付いた。


「君、そういえば名前ないよな。」


「きゅぅ…」


少し寂しそうな鳴き声が返ってきた。

竜種は個体数が少ないせいか、とても仲間を大切にする。

仲間が孵ったのを感じると、必ず成竜が現れて生まれたばかりの幼竜を守護する。

ところがこの子は卵の時に攫われて、他の竜に感知されないよう結界に閉じ込められていた。

名前は普通、守護しにきた竜が祝福をこめて幼竜に贈るものであるから、この子には名前が無いのだ。

祝福の強さで考えれば私が名付けても構わないのだが、問題はこの子がどうしたいかだ。


「君、ちょっと思念を繋げるよ。」


魔力で私と霊獣の思念を繋げ、思念での会話ができるようにした。

いわゆる精神感応(テレパシー)というやつだ。

慣れれば口頭での会話と同じように、相手に伝えたい内容と自分の思考とを分けることができるようになるが、この子のように幼い者や慣れていない者では全てがだだ漏れになってしまうので私はあまり好かない。


(どうだ?繋がったのが分かるか?)


(わあ!あたまにのわーるのこえがきこえるよー)


(これが精神感応(テレパシー)だ。君ならすぐに自分でできるようになる。)


(そうしたらのわーるとおはなしできるんだね。がんばるー)


思念なのにどこか舌足らずなのは幼さゆえか…

まぁ魔力の扱いに長けた霊獣であるのですぐに上達しそうではあるが。


(さて、君のこれからについて相談したいんだが…

君は自分が竜であることは分かっているか?)


(うん。しってるよ。りゅうはうまれたときからしってるの。

だけどなまえとかごをもらってないから、しんのりゅうになれてないの。)


(あぁ、そうだな。)


霊獣はこの世界でも高位の存在であるので、魔神と同じように生まれながらに知識と力を持つ種も多い。竜もその一種であり、孵化直後から結界に閉じ込められていたこの子もそこは同様であるらしい。

魔神とは異なる竜種の特徴的なところは、守護竜からの名付けに伴って祝福と加護を得、大きな力を発現できるようになる点だ。

もし、この子が名前を得ることができていたならば、結界など物ともしなかっただろう。


(それでな、君が名前を得られるようにしたいと思う。

君を保護し、導いてくれる竜のところに行くか、君が望むのなら私が名前を贈ろう。

君はどちらを望む?)


(ほかのりゅうにはあってみたいよ。

だけど、それよりものわーるといたいの。

のわーるからのなまえがほしいよ。)


(分かった。それでいいんだな?

では、私が名前を贈ろう。)


座っていた大岩から腰を上げ、月光の降り注ぐ滝壺の中央へと移動した。

竜の名付けはある意味で儀式だ。座ったまま適当に行うものではない。

この子も分かっているので、自然と絡まっていた私の身体から離れて、足元に恭しく身を伏せた。

伏せた竜の頭に手をかざし、魔力を高めて言葉を紡ぐ。


「我は魔神―…そなたに名前と祝福を…

そなたの名は”琥珀(こはく)”、受け取れ、琥珀よ。」


言葉とともに祝福を込めた魔力が竜”琥珀”の中に流れていく。

魔神の力は強い。その祝福を受けて、琥珀の全身の細胞が変質し覚醒していく。

琥珀色の角も虹色に煌めく純白の鱗もその輝きを増し、内側から淡い光を発す。

発現した大きな力は風を巻き起こし、ノワールの髪を躍らせ、水面を波立たせた。


(ノワール、ありがとう。琥珀、我は琥珀。)


琥珀から喜びの思念が伝わってきた。

力を得たせいか、先ほどよりもずっとしっかりした思念になっていた。


(”漢字”はこちらの世界にはないから、他の者に名を名乗るときはコハクやハクと名乗るといい。)


(うん、わかった。

琥珀は我とノワールだけの名前だね。嬉しい!

ノワール、大好き!)


琥珀が溢れんばかりの喜びの思念を発しながら、私の周りをくるくると飛び回った。

さすが竜、力を得て生命力も段違いに跳ね上がったのか、もう完全に回復しているようだ。

琥珀の魔力に反応してあちこちで水が飛び跳ねている。

私も同じように水を操って水球を飛ばしたり水柱をたてたりと、しばらく琥珀と水遊びを楽しんだ。


明日には、アスとレウムも肉体再生ができるくらいに回復しているだろう。

そうしたらまず脚を治して皆で街に買い物に行くのもいいかもしれない。

必要な物も多いし、街も見てみたい。楽しみだ。

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