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魔神と”私”が溶ける刻  作者: 美雷
第1章:当代の魔神は家を欲す
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08:魔神の賄い

腹が減っていることを自覚した途端に情けない顔になった猫系獣人…もう猫と犬でいいか、それと、腹はなっているのに一向に表情の動かない犬、なぜかにこにこ笑っているエルフを茶の間に待たせて台所へ移動した。

彼らが起きた時のためにと用意していた食糧で何か消化に良い物を作ることにした。


なお、この世界には病人食というものが存在しない。

香辛料はなかなかに豊富だが、出汁をとるという食文化は存在しない。

そもそも、王侯貴族など一部の富裕層を除いて、農耕を営んだり狩りを行っている一般の村人たちは生きるのに精一杯で生活に余裕がない。

だから、より味の良い農作物を作る、野生動物を家畜化してより質の良い肉質のものを育てるといった創意工夫を行おうという考えの生まれる余地がないのだ。

そんなわけで、品種改良の進んでいない農作物と、臭味のある野生動物や魔物の肉を美味しく食べるために、香辛料で強めの味付けをする。

つまり、香辛料を使った強い味で素材の悪さを誤魔化す方向に食文化が発達したのだ。


また、貧しい農村では、わざわざ働けもしない病人用の料理を作る余裕なんてなく、健康な者は多少体調を崩しても少し休めばすぐ元気になるので、病人食が必要ではない。

一方、王侯貴族などは治療に特化した魔法師を抱えているのが普通であり、大抵のことは魔法でさっさと治してしまうため、やはり病人食が必要ではない。


そして何より、弱者は生きている必要がないという常識がある。

弱い者、弱った者はなるべく有効活用してから処分するのが普通で、弱者救済という考え方は持っていないのである。

とはいえ、私はそんな風習を受け入れるつもりはない。


私の拾ってきた彼らは長らくまともな物を食べていない状態で、胃腸が弱っているはずである。

なので、この辺りで主食となっている麦をメインにその他の穀物を適当に加えて雑穀粥を作ることにした。

米もあるにはあるが、主要な穀物ではないので彼らは食べ慣れていないだろうし、日本米の記憶がある私にはこちらの米は不味すぎる。

出汁は肉食系?が2人いるので、予め作っておいた鳥系魔物でとった鶏がらスープもどき、具は鳥系魔物肉の酒蒸しと香りの良い葉物野菜、煮込み時間は魔法で短縮して最後に塩胡椒で味を整える。


それにしても私は前世で料理が得意だったんだろうか。

何やらいろいろとレシピは出てくるし、妙に自然に身体が動く。

私自身は食物を摂取する必要がないので、料理ができてもあまり意味はないのだが…

ちなみに、魔神の食事は魔素だが、娯楽もしくは嗜好品として通常の食事をとることもできる。

なので今回は私も彼らと一緒に食事といこう。


「あとは果物でも用意するか。

果物なら君も食べるだろ?」


「きゅぃきゅぃ!」


調理している間も巻き付きっぱなしだった霊獣に問いかければ嬉しそうな声が返ってきた。

シャイニードラゴンは主に森林を棲みかとし、果物や花、葉などを食べる。

食事量は身体の大きさからしたらかなり少なく、省エネで森に優しい生き物だ。

霊獣の例に洩れず高い知能を有し、年を重ねて成獣になる頃には流暢に言葉を操るようになる。


「君は幼いから言葉を操ることはまだ無理かな。

でも意味はきちんと理解しているね?」


「きゅ!」


肯定するように元気よく鳴いて頭を擦りつけてくる。

やはり言葉を解していると見ていいだろう。

研究所での生活でも魔法師から言葉を学んでいたらしい。


「さ、準備ができたぞ。」


果物の汁で汚れた手を浄化して霊獣の頭を撫でてやる。

もはや手が空いていたら撫でているような状態だ。

なにせ触り心地が抜群に素晴らしいのだ。このすべすべの感触は癖になる。

しかも巻きついているのでいつでも撫でられる。そしてかわいい。


茶の間の布団代わりのマットレスを一時的に異空間に収納し、空いた中央に看病の合間に作ったちゃぶ台を置いて座布団もセットする。

この世界には床に直接座る習慣がないので3人とも不思議そうな顔をしていたが、食事を並べると猫と犬はそちらに釘付けになった。

犬は相変わらず無表情だが、背後で尻尾が嬉しそうに揺れている。

なるほど。表情には出なくとも尻尾は感情に素直なのか。


「初めて見る料理です。これは…?」


「私の郷土料理だ。

口に合うか補償はできないが、ひとまず食べよう。」


エルフが器を覗きこみながら聞いてきたが、涎の垂れそうな者が約2名いるので適当に流して食事を促した。

それぞれの種族の食前の決まり事なのだろう、3人3様の動作で食べ始めたので、私も手を合わせて”いただきます”と呟いてから食べ始める。

―…うん、我ながら良い出来だ。

皆も問題なく食べれるようで何よりだ。


それにしても、猫と犬は片腕だというのに実に器用に食べている。

2人のあまりの食べっぷりの良さに、粥の具にも使った鳥系魔物肉の酒蒸しも出してやると、呆れるほどの勢いで食べていく。


結局、私は軽く味見程度に食べただけで、あとは霊獣に果物を食べさせながら彼らの食事を見ていることにした。

霊獣は数切れ食べただけで満足したらしく、私に巻きついたままうとうとしだしたので、ゆっくりと首筋を撫でて眠りを促してやる。


        ・

        ・

        ・


「美味しかったです。ありがとうございました。」


霊獣を撫でながら彼らの食べっぷりを眺めていたら、のんびりしたペースで粥2杯を食べきったエルフが静かに器を置きながら礼を言ってきた。

獣人組はまだ食べているので、食後のお茶を出してやり、ともに飲む。


「何から何までありがとうございます。

あ、僕はリュイラヴェールといいます。リュイと呼んでください。」


「私のことは…ノワールとでも呼んでくれ。」


魔神には名前がない。この世界で唯一無二の存在であるため必要ないのだ。

今のところは魔神だと伝えるつもりはないので適当に名乗った。

ノワール…フランス語で”黒”だ。

髪が黒いのでという理由の、あまりにも安直な名だがこの世界で分かる者はいないのだから問題ない。


「分かりました。ノワールさま。

改めまして、助けていただいてありがとうございました。」


「”さま”は要らないが…」


「いいえ。ノワールさまは僕の恩人ですから。」


なぜか”さま”付けしたいようだが、まぁ、気にしないことにしよう。

不思議なことに、魔神となった影響なのかそんなには気にならない。


「…んむ。俺はアスファル!アスでいいよ。

ノワール、料理上手いな~もう一杯もらっていいか?」


リュイと話していたら、4杯目を食べ終えたらしい猫―アスが口をもごもごさせながら会話に入ってきた。


「分かった。

しかしよく食うな。腹は大丈夫か?」


「平気だよ。それにそっちの兄さんの方が食べてるぜ?」


アスが”兄さん”と示した先にはちょうど5杯目を食べ終えようとしている犬がいる。

こちらもおかわりを要求してきそうな気配である。


「レウムだ。俺にも頼む。」


私たちの視線に顔をあげた犬改めレウムが空になった器を差し出しながら名乗った。

それにしても予想以上に2人が良く食べたので、作った分がなくなってしまった。

異空間に収納しておけば時間が経過しないので、夕飯にもするつもりで大量に作ったというのに驚きの食欲だ。


「2人ともそれが最後の一杯だ。

また夜にも作ってやるから今はそれで我慢しておいてくれ。」


「分かった。ちょっと残念だけど夜も楽しみにしてる。」


最後の一杯を心持ちゆっくりしたペースで味わうように食べる2人に苦笑が漏れる。

まぁこれだけ美味そうに食ってくれるなら作った甲斐があったというものだ。


さて、この2人が食べ終わったら、皆がこれからどうしたいかを聞かないとな。

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