演じる者の真
ちょっと頑張って色めかしく
……書けませんでしたorz
一応三題話です
お題を想像しながらどうぞw
バイトから帰ると彼女が無駄毛処理の真っ最中だった。
「あ! てめっ、俺のシェーバーをワキに使うなって何度も言ってんだろ!」
「いいじゃん、やりやすいんだよ」
「よくねぇ! 俺はそれを口元に当てんだよ!」
「男が細かいこと言わない」
「いや断じて細かくない! 全然細かくない!」
もっと言ってやりたいが、これ以上何を言っても
彼女はのらりくらりとかわすだけだと分かっている。
俺は仕方なく肩を落としながら、
新しいシェーバーの隠し場所を頭の中で巡らせた。
俺と彼女は同期で、学部もサークルも違うものの、共に最寄の大学
(最寄といっても、ここから車で三十分以内に着く大学はあそこしかない)
に通う二回生だ。一回生の夏から付き合いだし、もう半年以上経つが、
同棲をはじめてまだ一月も経っていない。
結婚の事は、彼女は知らないが俺はまだまだ考えていない。
大学生なんてそんなもんだ、と思ってる。
俺が彼女に見つかりなさそうな場所にシェーバーを隠し終えて、彼女に目を戻すと、
(我が家は水場のついたリビングとトイレの計ニ部屋だ)
彼女がさっきと同じ床にぺたんと座り込んだまま、
じっと紙を凝視していた。
A4くらいの白い紙――コピー用紙だろうか?――が束になっていて、
全部で何枚あるのか見当もつかない。
彼女はその紙をじっと真剣に見つめたまま、
ブツブツと唇だけで何かを呟いている。
出来るだけ邪魔をしないように彼女の視界の外、
左後方に二メートルほど間を取って腰掛け、彼女の後姿を眺めた。
彼女は演劇サークル(正式名称は何とか劇団だったはずだ)に入っていて、役者だ。
恐らく今眺めているのもそれに関するもの――どうせ台本だろう。
彼女は劇団に命を懸けている。
将来その職に就くかどうかはまだ決めていないそうだが、
卒業までは全てを捨てるつもりでやると公言し、
デートよりも練習優先は当たり前、
その辺の高校野球時よりもはるかに激しい情熱を注ぎ込んでいた。
彼女は女性特有の、足を折り曲げたままぺたんとお尻をつく格好で座り、
ぴんと背中を張っている。童顔とまで行かずとも、
比較的幼い風貌の顔を、これ以上ないくらいに張り詰めさせ、
胸の前で持った台本に自然な形で視線を下ろすその姿は、
まるで聖歌隊のようだ。
俺はその姿を眺めるのが好きだ。
全力で、真剣に、全てをかけて物語を台本からなぞるその姿は、
凛としていて、何処かの女神像のように荘厳で、美しく輝いて見えた。
何もかもを総動員する彼女の姿は、何時間見ていても飽きないほど美しく、
まぶしくて、見ているこっちまで誇らしくなる。
しばらく眺めているつもりだったが、
十数分経つと彼女は俺のほうを向いた。
「練習終わり?」
「いや、ちょっと手伝ってほしいなぁ、と思って」
珍しい。彼女は比較的なんでも頼ってくるし、相談もしてくる人間だが、
劇に関する事で俺を頼った事はない。一度手伝える事はないかと聞いたが、
邪魔をしないことだと一蹴された。
「何か出来る事あるのか?」
「うん、その……ここの部分なんだけど」
彼女は俺に近寄ってくると、台本の一部を指差した。
「ここの台詞読んでくれる?」
「いいけど……素人の俺でいいのか?」
彼女はもちろんといって微笑むと、両手を組んで額に押し当てた。
急いで台本に目を落として任された台詞を読み上げる。
『本当に、いいんですか?』
『もちろん、わたくしは貴方を愛するためにここにいるのですから。
そしてこれからも、貴方の愛のためだけに生きてゆくのです。
貴方だけを愛し、生きてゆくのです
他に何も望みません。求めません。
わたくしはただ貴方を求め、
ただ貴方を愛した、このわたくしから変わる事はありません』
『そのために貴女は穢れを背負う事になる。
神を冒涜し、卑しくも挑もうとする、この世で最も愚かな行為だ』
『それが一体なんだというのでしょう!?
神への冒涜? ええ、いくらでも冒涜して見せましょう。
卑しい? ええ、ええ、いくらでも穢れて見せましょう。
この愛のためなら、どんな裁きとて怖くない。
断頭台も、地獄の大穴でさえ、わたくしは易々と耐え忍んで見せましょう』
ここでまで二人で読み上げると、
8秒、と謎の表記があるだけで台詞がない。
首をかしげ、彼女に尋ねようと顔を上げた瞬間、
視界が暗くなった。
頭の後ろをかきむしる様に求める指。
激しく、中へ中へと押し入ろうとする、柔らかく暖かい唇と舌。
漏れる小さな声と吐息。
真っ白の頭で、それが彼女だと分かったときには、
彼女は何事もなかったかのように元の位置にいて、
さっきと同じように指を組みなおすと、
本当に愛しそうに、背筋に寒気が走るほど深い愛情を以って、
溢れんばかりの労りと慈しみをこめて、
『これがわたくしの想いの証です』
にっこりと、妖艶に笑った。
演技練習を終え、俺は大学のレポートをまとめる作業を始めたが、
彼女のことが気になって全くはかどらなかった。
彼女はさっきから、床にぺたんとお尻をつけて座り、
鏡を三つも広げてうんうん唸っている。
「何してるんだ?」
「どうやって自分の耳を自分で掃除できるか考えてる」
「は?」
「だから、どうやって自分の耳を自分で掃除できるかを」
「いや、俺の疑問はそこじゃなくて。
なに? 自分で耳掃除した事ないの?」
「あるけど、この前やりすぎて外耳炎になったから慎重にしようと思って」
「そうですか」
「どうしよう」
もっともらしく腕を組んで悩んでいるが、
なぜかときどき俺のほうをチラチラ見る。
「……あのさ」
「なに?」
「やって欲しいなら素直に言おうぜ」
「?」
何の事? といわんばかりに腕を組んで
首をキレイに45度に曲げる。
こいつ……。
「まあいい、一人で悩んでろ」
構い続けると延々付き合わされる。この辺で突き放すに限る。
くるりと背を向けると、後から甘い彼女の声。
「ねぇ取引しよう」
「話は聞いてやろう」
「君は私の耳を掃除する、そうすれば君は私を膝枕できる。
…………どう?」
「どう? じゃねぇよ。それ俺にどんなメリットがあるんだよ」
「もれなく私の横顔が眺め放題!」
「それ、結構頻繁に見てる気がする」
さっきの練習時の凛とした横顔はどこへやら、
ゆるゆると頬を持ち上げ、無邪気な笑みを顔いっぱいに浮かべている。
「じゃあお返しに揉んであげる。
ゆっくりと足先から、指先まで。
今日工事現場のバイトだったんだよね?
――――どう?」
じろりと色々な不の感情を込めて睨んだが、
彼女は相変わらず無邪気な笑みだった。
「なぁ」
「ん?」
「ホントにするのか? あれ」
「何のこと?」
俺は彼女の耳を覗き込みながら、
さりげなく聞いてみる。
彼女の頭は今、片膝をついて、倒した左足に乗っている。
世間一般の方法とは違っても、正座は足が痺れるからこっちの方がいい。
「ホラ、最後の……」
「ああ! …………やっぱり気になる?」
「そりゃぁまぁ、一応恋人を与ってる訳ですし?
一緒に住んでる訳ですし?」
なぜか敬語な俺。
ちょっとだけ自己嫌悪。
「うん、しないよ」
「ああ、もっと軽い感じで」
「いや、キス自体しない」
は?
指と思考が止まる。
「あれね、創作なんだけど。
あの時私は指を組むんじゃなくて、
座ったまま作り物の生首抱えて、それに話しかけてたんだ」
「は? え? いや、ちょっと待てよ。
俺が読んだ台詞はなんだったんだよ」
「あれは愛しい人を殺してまで手に入れた化け物の
横でうろたえてる神父さん」
な、なんだそれ。
「手が止まってるよ」
「いや、その前に……それマジか?
え? あの8秒ってのは?」
「うん、作り物の生首抱えて、それにキスして、
しばらくした照明が切れるから、
大体8秒ほどの間に舞台袖にダッシュするって事」
期待はずれ感と安心感の入り混じって気持ち悪い。
俺が軽く頭を抱えていると、
「あれ? やっぱり他人とされるの嫌?」
「そりゃな、仕方ないとはいえ」
「いい事教えてあげよう」
彼女は無邪気な笑みを浮かべたまま
寝返りをうって俺をまっすぐ見上げる。
「私は劇の演技で人間とキスした事は今まで一度もないし、
これからもするつもりはないよ」
「そんな訳ねーだろ」
流石にそこまで騙されはしない。
「本当だよ」
ふと彼女の顔を見下ろすと、
そこにいつもの無邪気な笑みはなく、
あるのは演技を練習するときの、凛とした、挑戦的な笑みだった。
「私は演技に命をかけてる。
どんな物だって賭けてやる。
けどね、魂まで売るつもりはないんだ」
そのまま彼女の腕が伸びて首に絡みつき、
俺も彼女の頭を抱えるように持ち上げ、
お互いがお互いに近づいて、重なる。
さっきとは打って変わって、
静かに、優しく、けれど確かめ合うようにしっかりと…………
「私は、一番大切な想いだけは、譲らない。
他の何を失くしてもいいけど、
一番大切なこの二つだけは絶対に手放さない」
顔を少し離し、彼女の顔を覗き込む。
表情はすでにいつも通りの無邪気な笑みだ。
「本当に?」
「もちろん」
そう言って、今度は彼女のほうから顔を近づけ、
軽くついばむ様にキスをした後、
『これがわたくしの想いの証です』
頬を重ね、耳元で、背筋に寒気が上るほど妖艶に囁く。
驚いて顔を離すと、彼女はいつも通り可愛らしく幼く微笑んでいた
お題分かりましたでしょうか?
答えは
”剃刀” ”耳掻き” ”劇団”
でした(シェーバーは電気剃刀だ!)
まぁ下手糞ではありますが、
もしお楽しみ頂けたならこれ以上の喜びはありません
もしそうでなくても、
ここまでお読みいただいて、
本当にありがとう御座いました