虹色レンズ-下
前回がすごく中途半端に終わってたけど。
章分け的なことを一切してないので、仕方ないよねと笑ってください。
その目は優しく笑っていて、こんな顔出来るんだというほどに柔らかかった。
楠木君はこちらには気付いていない。立ち去るべきか否か迷っていると、やがてふっと楠木君が顔を向けた。何か音でも、立ててしまったかな。
私と目が合うと、あわててサングラスをつけキュッと口を結ぶ。
「──なんか、用」
せっかくの時間を邪魔してしまったのは申し訳ないけど、気付かれたのなら仕方がない。足元の草を気にしながら、楠木君の隣にしゃがみこんだ。
「これ、ありがとう。返そうと思って、探してた」
あぁ、と小さくつぶやいて、机に入れときゃ良かったのに、と付け加える。
「やっぱり直接渡したほうがいいもん」
と笑うと、そう、と頷き、
「──顔、見た?」
それが一番気になっていたのだろう、不安げな口調で聞いてくる。
「申し訳ないんだけど……」
見えちゃった、と続けると、楠木君は諦めたように息を吐いて、サングラスを外し空を見上げた。
「そんな目してたんだね」
楠木君の瞳に映った空を見ながら言うと、「似合わない?」と苦笑される。
「そうじゃないけど。優しい目してたんだなぁって」
よく分かんねぇや、と楠木君はつぶやき、足元に擦り寄ってくる猫に、ポケットから出したクッキーを差し出した。
「こんな猫、いるなんて知らなかった。よく3日で懐いたね」
「餌目当てだろうからな、どうせ」
そうつぶやく楠木君はどこか寂しそうで、
「猫って愛想振りまいたり出来るものかな」
その考えを変えるべく言ってみても、楠木君は何も言わなかった。
どうしてサングラスなんかかけてるんだろう。地面に置いてあるサングラスを見ると、疑問が最初のそこに戻った。干渉しないと決めたけど、気になるといえば否定できない。
「気になるなら、聞けばいい」
ふいに、楠木君がそう言った。驚いて顔を見ると、またも苦笑した顔で見つめ返される。
「そんなに大した答えも、用意できてないけど」
「──じゃあ、そのサングラスはどうしてかけてるの?」
言葉通り、気になったことを聞いてみた。楠木君は少しの間考えて、サングラスを渡してくる。
「かけてみて」
その答えに少し驚きつつ、そっと覗いてみると。
「……あれ?」
私が思うサングラスは、かけたら景色が黒くなるものだ。きっとそれが普通だと思う。でも、それを通して辺りを見回してみると、角度によっていろいろな色の景色になった。隣にいる楠木君や猫が、赤くなったり、黄色がかった色になったり、時には霧がかったりもする。足元の草も本も、緑になったり、青になったり。
冷たい秋の香りさえも、サングラスの色と同時に変わっていく気がした。
「すごい、虹色?匂いまで変わってるでしょ?」
感激して楠木君にそれを返すと、はじめて私に向かってにこりと笑った。
「何色かも分かんないけど、不思議だろ。匂いは、気のせいだと思うけど」
私も笑って頷くと、楠木君は大切そうにそれを持ちながら言う。
「本当、虹みたいなんだ。無機質なものでもなんでも、綺麗に変わるんだから。これつけてると、空気だって変わるような気がするし──やっぱり、匂いも変わったりしてるのかな」
この毛並みは、直接見るほうが好きだけど。と、楠木君は猫の背を撫でた。
「でも、そんなサングラスはじめて見た。特注品とかなの?」
まさか、と楠木君は首を振る。
「これ、ガラスで出来ててさ。そういうのいっぱい創ってる店があったんだ。そこのガラス玉が好きでさ、そのとき覗いてたのも、こんな風に色が変わるやつだったんだけど。ずっとこんな景色だったらなぁって言ったら、おじさんが奥から持ってきてくれて。木で出来てる店の中ではかなり浮いてたんだけど、かけてみたら見た目とは真逆で、ガラス玉から見たのと同じ景色が見えたんだ」
そういう店があった、と過去形なのは、そのお店がもうなくなってしまっているからだろうか。楠木君は、懐かしむような、寂しげなような、よく分からない目で遠くを見つめていた。
「おじさんは、虹輝っていう名前にぴったりだからってくれたんだけど、その時初めて自分の名前がすきになれて。虹って女みたいだと思ってたけど、こんな綺麗な景色はそういえば虹色なんだなって。それが嬉しくてずっとかけてたら、いつしか普通の景色が怖くなって、何かある度に虹色の世界に逃げるようになってた」
弱いよなぁと、呆れたように楠木君は首を振る。そんなことないよ、と言いかけたとき、「でも、」とサングラスをポケットに入れて、声を明るくした。
「もういらないや。帰って、机に仕舞っとくよ」
「どうして?」
外すに越したことはないと思うけど、あまりにもいきなりで、思わずそんな言葉が出てきた。
「やっぱりありのままが一番かなぁって。それに、」
「それに?」
楠木君は、口をキュッと上げて笑った。
「見た目以外にも、色は存在するんだなぁって思ってさ。だって今、俺にはお前が虹色に見えるもん」
その言葉に首を傾げると、楠木君も首を傾げてみせる。
「こんなに人と喋ったの初めてで。人付き合いって、苦手だったから。でも今は楽しかったし、なんかほっとした気もするし、話せてよかったなぁと思えたから。虹色の景色みたいに、俺を変えたから」
そう言って、楠木君は立ち上がった。チャイム鳴るだろ、と言いつつ歩き出す。猫も、自分の居場所らしきところに戻っていくところだ。私もついて行こうと立ち上がると、ふいに楠木君が振り返った。
「あと、直接っていうのもいいよな。本手渡しに来てくれたの、嬉しかったし。そんな人を色越しに見るって、申し訳ないだろ」
私も、楠木君と直接向かい合えてよかったよ。そう言ったけど、その時鳴った予鈴でその言葉はかき消された。楠木君が首を傾げ、私はそれに笑ってみせる。つられて楠木君も笑って、急ごう、と手を伸ばしてきた。
私が今見た楠木君の笑顔だって、虹色に輝いていた。
ドーナツの次は景色が虹色になりました。それでもって、人が虹色に見えるって某アニメの変身中みたいだな、と描きながら思ってました。
あと、一部どこかで見たことある文章だなーとか思った人は、私の壷にはまった人です。なんか共通させるのって面白そうだなぁと思ったので、何の意味もなくやってみました。
というわけで、次はまたいつか。本当は12月の話だったんだけどなー^^;