バスケットボール
「よーし! 次は四角パスだ! はいっ、きびきび動く! ボール2個、100回連続でパスが続くまでは、続けるからな。後、パススピードは絶対に落とすなよ」
「はいっ」
今日も練習に精が出る。中学生って言うのは素直でいい。自分が教えたことはどんどん吸収して、鍛えれば鍛えるほど伸びていく。けど……。
ドタドタドタドタ……ドタドタドタドタ。
……1人、とてつもなく走るのが遅い人間がいる。
いや、正確には走るのが遅いというわけではない。走り始めるのが遅い。反応速度がほかの人に比べ、ダントツに遅い生徒が一人いるのだ。
あの音は……山杉だな。足音を聞くだけで山杉って分かるというのも、不思議な気分だ。
「はいっ、松田君! ナイスパースッ! 44、45」
声は大きな声でしっかり出すし、背も高いし、何よりとても熱心に練習に取り組む。けれど……いかんせん反応速度が鈍すぎる。
1体1をしてもすぐにフェイントに抜かれるし、リードパスにはまず反応できない。
「それと、あいつの足音ってなんか変なんだよなあ」
ほかの生徒の走り方は「きゅっ、きゅっ」とバッシュがきれいな音をさせて体育館の中に響く。山杉の場合は全く別だ。「ドッタンバッタン。ドタンバタン」と大きな音が体育館に響き渡る。音だけ聞いていると、全く同じスポーツをしているようには見えない。
「何が原因なんだろうなあ……」
走り方矯正教室、のようなところがあれば入れてみたいぐらい、走り方が変だ。
「先生! 四角パス終わりました!」
考え事をしていたら、ちょうど考えていた山杉から、報告を受けた。
「おし、それじゃ次は……ふむ、今から20分の休憩、ただし、フリースロー連続3本入れた奴から! その後、ボールハンドリングな」
「はいっ、了解しました。全員、フリースロー連続3本入れた奴から20分間の休憩ー!」
『うおっしゃああああ!』
……休憩をそこまで喜ぶというのも、中学生らしいといえば中学生らしい。まあ、さっきまで、休みなしにひっきりなしに走らせてたからな。
全員が我先にとゴール前のフリースローラインに並ぶ。1年間かけて、フォームはきちんと矯正したから、ほとんどのフリースローはきれいな弧を描いて、ゴールに吸い込まれていく。
その中で、真っ先に3本決めて、水飲み場に向かう生徒がいた。自分の中学校の中で、おそらく一番うまい松田。こいつが入ってきてくれたおかげで、今年のメンバーは、中総体、東海大会までは狙えるんじゃないかと思っている。
「ああ、松田、ちょっといいか?」
「え? ……あ、はい、なんすか?」
休憩に行こうとしたところを呼びとめられて、ちょっと構えたような顔をしてこちらを向く松田。気にせず俺は話を続けることにする。
「いや、山杉の事なんだけどな。生真面目で練習熱心なのはいい事なんだが……」
「ああ、山杉ってとろいっすよね。背高いのにもったいない」
いや、まあそうなんだけどな。言いにくいことをいきなりはっきり言うな。
「そんでな、どうにかして反応速度を上げることできないか、考えてんだが……思いつかなくて名。お前の視点から見てなんかあるか?」
「や、自分も小学生ん頃足遅かったんで、山杉が遅い理由、わかるっすけど。ほら、あいつの足音聞けばなんとなくわかるじゃないっすか」
分からないから聞いてるんだ……くそ、駄目な指導者だよ、俺は。
「山杉って、ディフェンスの時でも走り始めの時でも、かかとを地面につけてるんすよ。そうすると、走り始めがすごく遅くなるんす。それで慌てるからドタバタ走りになるし、走っているときも、かかとが地面にべったりついてるから、同じ方向に走り続ける分には遅くならないけど、方向転換された瞬間、反応できなくなるんすよ。ほら、反復横とびってかかと浮かせてるじゃないですか。あれと同じっすよ」
「……なるほど」
確かに自分も意識していなかったが、言われてみれば、かかとを浮かせることで速く反応できるよう、無意識にしていた。
他の人も、意識的にか無意識的にかは不明だが、かかとを浮かせているということか。
「サンクス、ちょっと山杉にアドバイスしてくる」
「ういっす」
山杉も今、フリースローを連続3本決め、休憩に入ろうとしていた。
今はこのフリースローを連続3本、ちょろまかして休憩行こうとしていた生徒もいたが、ちょろまかしたことが判明した瞬間、連帯責任で外周10周行かせていたら、誰1人ごまかそうとする人はいなくなった。そういう生徒が何人もいる中、山杉は自分の本数をごまかすこともなく、きちんと3本入るまでやり続けていた。なかなか入らず、休憩時間が無くなってるときは少し不憫に思ったが。
「山杉、ちょっといいか?」
「はいっ、なんでしょうか」
先ほどの松田とは返事の仕方も違う。言葉使いもしっかりしている。こういう生徒に駄目だしするのは、あまり好きではないのだが……仕方ない。
「えっとだな……ちょっとお前にアドバイスをしようと思ってだな」
「はいっ! ありがとうございます!」
うっ、そこまでキラキラした目で見ないでくれ。こういう時、松田のような生徒だと、「お前は知るフォーム変すぎだよ。わはは」ぐらいに気軽にいえそうなのに。言いづらいから少しだけオブラートに言い直そう。
「えっとな……お前、すこーし、すこしだけな。地面に足がつきすぎてると思うんだ」
「地面に足がついてる……ですか? すみません、よくわからないのですが……」
「お前なら考えればわかる。地面に足をつけすぎないように。よく考えてみてくれ」
「えっと……はいっ、わかりました!」
まるで敬礼でもしそうな勢いで返事をする。……授業中はああいう学生ばっかりがいいなあ。
何とかアドバイスをした後に、休憩後もみっちりと練習し、今日の練習は終わった。
そして、次の日の朝練。山杉がやってきた。
「おう、おはよう山杉」
「へーい! ぐっどもーにん、てーちゃー! いえぃ!」
……はて、こいつは誰だ? 日本語かぶれの意味不明な英語を話す、昨日とはまるで別人になっている山杉。
「どした! 山杉? そんな浮ついちゃって」
まるでうれしくて興奮しまくって、足が地についていない状態のような……ん? あれ?
「やだなー! 先生のアドバイスのおかげっすよ。先生も朝だからってテンション低いっすよ。もっと浮ついていこうぜぃ! いぇいいぇい!」
…………どうしてこうなった。